18

決闘の場所に選ばれたのは、館の裏手にある森を抜けた所の小高い丘の上だった。
夕刻と言ってもまだ日は高く、空は今だ茜色に染まるまでにはいたらなかった。
丘を覆う草は膝丈よりも少しばかり低く、今は丘を渡る風に吹かれて小波の様にそよいでいる。
そして今その丘の上には3人の男達、その周りを遠く囲んで、数人の人々が中心に立つ男たちを固唾を飲んで見守っていた。

「時刻だ・・・・両者とも覚悟はよろしいか。」

この決闘の立会人となったアリオスは、胸の前で剣をささげ持ち、にらみ合う男たちを交互に見つめた。
レヴィアスは不敵な笑みでそれに答え、オスカーはそのアイスブルーの瞳に闘志を漲らせてうなずいた。

「では神の御名において、レヴィアス・アルヴィースとオスカー・フレイアスの決闘を行う。それでは始め!」

合図と共に二人の男はパッと間合いを取るように剣を構えて離れた。
じりじりとした緊張が辺りを包む。
2人を見つめる人々にもそれは伝わり、誰一人として声を出すものはいない。
アンジェリークはその人の中で祈るような気持ちで二人を見つめ立ち尽くしていた。
一人は兄、そしてもう一人は愛する男。
彼女の心は複雑だったが、兄が自分にしたことを思えば今兄のことを心配するよりも、オスカーに対する心配の方が強かった。
だがだからと言って、レヴィアスの命が奪われた方がいいとは思わなかった。
レヴィアスは卑劣な手段で、自分を落とし入れ、多くの命を奪った。
そして、自らがほしいままに自分を蹂躙した。
それは決して許されることではなく、アンジェリーク自身もそれ自体を許すことは出来なかった。
だが、それまで兄が自分を愛し、慈しんできたことには変わりが無かった。
自分がなんの不自由も感じることなく、彼の庇護の下幸せに暮らしてきたと言う事実は認めざる負えない事だった。
そしてそのことがアンジェリークの心の中で、レヴィアスに対して非情になりきれなくさせていたのだった。
でも、オスカーの命がかかっていると言えばそんなことも言ってはいられない。
今、アンジェリークはただただオスカーの命が奪われないことことだけを祈って息を殺し、事の成り行きを見つめていた。

 

決闘をする二人の間には切り込むタイミングを計り合う微妙な駆け引きが続いていた。
先制の機会を二人が互いに見計らっている。
その均衡が崩れ、一撃を加えて来たのはレヴィアスだった。
右斜め上段からの激しい振り落としがオスカーの肩口に向かって迫る。
オスカーはそれを受けず体を交わし、踏みこんでくるレヴィアスの首に向かって剣を振り落とす。
が、寸前でレヴィアスの切り返しの剣によってオスカーの剣が鋭い音と共に弾かれた。

「やるな。」

オスカーは久しぶりの好敵手に思わず口の端を上げて笑った。

「フッ。お前もな。」

レヴィアスも不敵に笑ってオスカーを睨む。
また2人の間に緊張が張り詰める。
今度の攻撃はオスカーからだった。
左下から上への切り上げ続けざまに右から左へと切り返す。
レヴィアスも後ろに下がりながらその斬激をかわすと、すぐさま上段より、オスカーの頭部をめがけて剣を振り落とした。
こうした二人の攻防はしばらく両者一歩も引かぬ状態で続けられた。
オスカーは今まで王城での騎士修行の中で苦戦を強いられた事は1度としてなく、今もまだこの戦いを楽しむような余裕があった。
オスカーにとって剣での試合で互格に戦える相手がいない事が、騎士として王城に留まる事を躊躇させる要因の一つとなっていることは否めなかった。
そして今、レヴィアスとの戦いでオスカーは心からこの戦いを楽しんでいたのだ。
レヴィアスは思いのほか剣の使える相手だった。
この相手との出会いは、オスカーの剣士としての本能を激しく刺激していたのだ。
逆にレヴィアスはオスカーの剣技に驚きを隠せなかった。
レヴィアスは産まれてから1度として自分の剣技に付き合える人物に出会った事が無かったのだ。
王城に行った事も無いレヴィアスは、教育に厳しかった父によって王都から呼び寄せられた一流の剣の師範に剣を教え込まれた。
その結果、レヴィアスはほんの数年でその師範の技を吸収し、その剣技の才能を開花させたのだった。
その時アリオスも共に学んだのだが、兄には遠くおよばなかった。
そのレヴィアスが出会ったはじめての好敵手がオスカーだったのだ。
だが、所詮たった一人で剣の腕を磨いてきただけのレヴィアスは徐々にオスカーの力量に押され始めたのだった。

 

決闘が始まって小一時間の時間がたっていた。
オスカーの重い斬激を受けつづけたレヴィアスは、次第にその腕に痺れを感じ始めていた。
その事がレヴィアスの心に焦りを生じさせて行く。
オスカーは徐々に防戦一方になりつつあるレヴィアスを追い詰めて行く。
そして必殺の一撃を加えようと剣を振り上げた瞬間、突如激痛に襲われたのだった。

「グッ!」

その痛みにオスカーは思わず膝を付く。
あまりに突然のオスカーの変化に一同が呆気に取られていた。
レヴィアスも何が起きたのかわからず反撃する事が出来なかった。
アリオスが慌ててオスカーに目をやると、彼の背中の肩辺りにナイフが突き立っていたのだった。

「!?誰だ!聖なる決闘を汚したのは!」

アリオスの言葉にはじめて人々はオスカーがレヴィアスではない何ものかによって傷つけられた事を知った。
どよめきが起こる。
その中からキーファが叫んだ。

「お館様!今こそ奴を!」

その声にレヴィアスは激昂した。

「貴様か!!キーファ!貴様俺が奴に負けると言うのか!許さぬ!」

レヴィアスはそう叫んだかと思うと、手に持った剣をキーファに向かって投げつけた。
剣はまっすぐキーファの胸に吸い込まれて行った。
周りから悲鳴が上がる。
オスカーは肩口のナイフを抜き取ると、レヴィアスに向き直った。
レヴィアスは今だ怒りにその目をぎらつかせながら、興奮した様子でアリオスに近づくとその腰の剣を奪ってかまえた。

「俺は負けん!負けんぞ!」

怒りに震えるレヴィアスはそう叫ぶとすぐさまオスカーにきりかかった。
オスカーの方もすぐにそれを返す。
肩に激痛が走ったが、オスカーはなんとかその攻撃を返すことが出来た。
だが、戦力の減退は否めない。
レヴィアスの執拗な攻撃は更に続き、オスカーの背中は徐々に血のシミを広げて行った。

 

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