19
アンジェリークはもう失神寸前だった。
オスカーの背中のシミが、アンジェリークが立っている所からもはっきりと見て取れるほどになっている。
このまま出血の為にその命を落としてしまうかもしれない。
そう思っただけで、もういてもたってもいられない気持ちでいっぱいだった。
もしも、もしも彼が死んでしまったら・・・・・。
アンジェリークはその現実に耐えられないと直感した。
限りない喪失感。
先ほど熱く愛を交し合った後だけに、彼女の心の均衡は今激しく崩れ始めていた。
その為なのか、アンジェリークはまるで吸い寄せられる様にふらふらと丘の上へと向かって歩き始めていた。
オスカーは顔面に冷や汗を垂らしながら、怒り狂うレヴィアスの斬激を受けていた。
背中の傷は思いのほか深かったらしい。
しだいに剣を持つ手に力が入らなくなりつつある。
オスカーはこの状況を打開する為に、最小限の力で防戦し、レヴィアスが疲れるのを待った。
怒り狂うレヴィアスの斬激も、いつまでも続けられるものではない。
激しいまでの打ちこみは、レヴィアスの体力を確実に削り取って行くのだ。
ふらふらと、戦いを続ける男たちに歩み寄るアンジェリークは、先ほどオスカーが投げ捨てたナイフを見つけた。
血糊がべったりと付くそのナイフを見て、アンジェリークの混乱しきった頭はさらにその理性を壊して行く。
アンジェリークは何がなんだか判断もつかずにその場にへたり込むと、そのナイフを手に取りその切っ先を呆然と見つめた。
オスカーが死んだら・・・・・彼の後を追おう。
アンジェリークの頭の中にはそんなことが渦巻いていたのかもしれない。
そして生気の抜けた目で、今だ戦いつづける男たちへとその目を向けた。
レヴィアスはとうとう疲れの為にその攻撃の手が止まってしまった。
大きく肩で息をして苦しそうだが、その目にだけは闘志を漲らせてオスカーを睨んでいた。
オスカーはようやくやってきた反撃のチャンスに、すばやく剣を構えなおし、その両腕に最後の力を漲らせた。
そして、オスカーの渾身の攻撃が繰り出され、レヴィアスもそれに答えようとしたその瞬間、レヴィアスの視界の端に血染めのナイフに見入られた様にそれを喉もとにあてがうアンジェリークの姿が入ってきた。
その光景が、一瞬彼の判断を遅らせ、レヴィアスはオスカーの渾身の一撃をその胸に受けたのだった。「アンジェ・・・・・・。」
愛しい妹の名を呼びながら口から血をあふれさせ、レヴィアスは崩れ落ちた・・・・。
うつろな瞳でその光景を見つめていたアンジェリークは、レヴィアスが地面に倒れこんだ途端に霧がかかったようになっていた頭の中に閃光が走った。「兄様?・・・・・・兄様ァぁぁああああ!」
正気に返ったアンジェリークは顔面蒼白になりながら、慌ててレヴィアスに駆け寄った。
オスカーの剣はレヴィアスの右胸に深ぶかと刺さり、彼の肺を傷つけていた。
アリオスもすぐさま駆けより、瀕死の双子の片割れを抱き起こした。
その傷の様子からレヴィアスの死は逃れられないものの様だ。
二人の弟妹に囲まれて、レヴィアスはその金銀瞳眼をうっすらと開いた。
愛しい妹が、今はその美しい瞳に自分の死をいたんで涙を浮かべている。「アンジェ・・・・・。」
「兄様!!」
力無く声を発する兄の姿に、今アンジェリークの脳裏には憎しみは姿を消していた。
「俺は兄としていい兄じゃなかったな・・・・・。でも・・・・俺はお前を心から愛していたよ・・・・。」
ゆっくりとレヴィアスの手がアンジェリークの頬に伸びる。
その手をすぐにしっかりと握ってアンジェリークは、その涙に濡れた頬を寄せた。
レヴィアスの目に微笑が浮かぶ。「レヴィアス!しっかりしろ!傷は浅い死ぬんじゃない!」
アリオスも声を震わせ兄に声をかける。
「フッ・・・白殿は本当に嘘吐きだ・・・・。もう俺は助からんよ。アルヴィースの後は任せたぞ・・・片割れ・・・・。」
そう言うとレヴィアスはまた大量の血を吐いた。
「兄様!!」
「レヴィアス!!」
2人の呼びかけに彼の返事はもう2度と返る事は無かった。
こうしてレヴィアス・アルヴィースはその生涯に幕を閉じたのだった。
「兄様・・・・・本当にいいの?」
旅装に身を包んだアンジェリークが、今はアルヴィースの当主となったアリオスを見つめて言った。
「ああ・・・・。お前がいなくなるのはとても辛いが俺はレヴィアスと同じ過ちを犯すことは出来ないからな・・・・。お前が幸せなら俺は喜んでお前を送り出そう。」
そう言ってアリオスは愛しげに妹の頬を優しくなでた。
「ありがとう・・・・アリオス兄様・・・・。」
「アンジェ・・・幸せになるんだぞオスカー殿と一緒に・・・・。」
寂しげな瞳の兄をアンジェリークは思いっきり抱きしめる。
今日、アンジェリークはオスカーと共にフレイアスへと旅立つのだ。
決闘の後、オスカーは傷を癒してから正式に当主であるアリオスにアンジェリークとの結婚を申し込んだのだった。
アリオスにはそれを断る理由は見つからなかった。
いくらアリオスがアンジェリークを愛しいと思っていても、彼にはレヴィアスのような秩序を破ることなど出来ようはずも無かった。
むしろその甘い誘惑に負けない為にもアンジェリークを手放すことに同意したと言ってもよかった。
それはまさに身を切るほど辛い選択であったが、アンジェリークの幸せこそが大切だと言う気持ちの方がアリオスには強かったことがそれを決意させたのだ。「幸せに・・・幸せになるんだよ愛しいアンジェ・・・・。」
アリオスはそう言って妹の額に口付けてから彼女の背を押して送り出したのだった。
コレットはオスカーの出立の準備をしていた。
「コレット・・・・・本当にここに残るのか?」
オスカーは無心に働く彼女に声をかける。
「ハイ!私もオスカー様のように強くならなくっちゃって思ったんです。」
コレットは振り向いて笑顔を向けた。
「私もオスカー様を見習って好きな方の為に頑張りたいんです!」
そう言うコレットの顔は何か晴れ晴れとしていた。
「そうか・・・・・がんばれよ。」
オスカーはそう言って笑顔を向けると彼女の頭をくしゃくしゃとなでた。
こうしてオスカーとアンジェリークは、オスカーの愛馬に乗ってフレイアスの館に向かって旅立った。
森を抜けた時、アンジェリークはもう一度だけ館を振り返った。
もう今は森の木々に埋もれてその姿は見えなかったが、彼女の瞳の奥にはその姿が今も見えている様だった。「よかったのか?本当に・・・・。」
オスカーが、後ろから彼女を労わる様に抱きしめて呟いた。
彼女はそんな彼の胸にもたれながら頷いた。「ええ・・・・。私はオスカー様さえいてくださればそれだけで幸せです。」
オスカーは更に彼女を抱きしめる腕に力をこめる。
「幸せにするよ、絶対に・・・・。」
そう言って恋人の髪に優しく口付けた。
アンジェリークはうれしそうに微笑むと、ポロリと一滴だけ涙をこぼした。「泣くのはこれで最後にします・・・・。私の涙はこの地に残して行くわ・・・・。これからはいつもオスカー様の隣で微笑んでいたいの・・・・。」
そして二人は寄り添いながら幸せを手に入れる旅に再び向かったのだった。
END
いや〜「背徳の館」やっと終了致しました。
それにしても長かった・・・・。こんなに長い話になるとはしのちゃん自身思いも寄らない事だったわ。
とにかくこの話は最初っから筋が最後まで出来ていたという、しのちゃんにしては書きやすいお話だったの。
最初にレヴィちゃんとアンジェが兄妹で、禁断の間柄と言うことを決めたの。
それを面白くする為に、レヴィアスの対抗としてアリオス。レヴィアス達にオスカーがかかわる為にレイチェル。レヴィアスとアンジェの関係をオスカーが知る為にコレットが配役されたの。
それに所々味をつけてこのお話は出来たのでした。
お楽しみいただけたかしら?
また感想の程をよろしくね?