初恋
いつまでこの苦しみは続くのだろうか。
君の心は他の男のものだというのに。
まだ俺は君をあきらめられないでいる。
炎の守護聖オスカーは、夜の雨が降りしきる中、女王候補生寮の前で傘もささずに雨にふられるがままに立ちつくしていた。
今、彼の目線の先には明かりのもれている窓がある。
その窓に今、その部屋の主、金の髪に翡翠の瞳を持つ女王候補生アンジェリークの影が映る。
思わず手をさしのべその影を切なく見つめたが、すぐその手はひっこめられてしまった。
窓にうつる影は、ひとつではなかったからだ。
長身の明らかに男性の影が、彼女の影に近づくとそれはひとつに重なった。
その意味を理解したオスカーは思わず目をそむける。
そしてもう一度だけ窓を切なく見上げてから、おもむろに背を向けてこの雨の中をとぼとぼと女王候補生寮を後にした。
オスカーがこの切ない恋に落ちたのは、まだ彼女が誰のものにもなっていない女王試験が始まってから一カ月ぐらいした頃だったろうか。
その日オスカーは森の湖のほとりにある大木の根本に茂る低木の茂みで昼寝をしていた。
彼は執務に疲れると、よくこの茂みで昼寝をしていた。
いつものように昼寝をしていたオスカーの耳に、何やらパシャパシャと水のはねる音が聞こえてきた。
興味を覚えたオスカーは体を起こし、茂みのかげからそっと音のする方をうかがって見た。
その視線の先に見えてきたのは金の髪が光りにはえて美しい女王候補生のアンジェリークだった。
彼女は滝のところで何やら必死に水で顔を漏らしている。
一体何をしているのか。
オスカーはそのままアンジェリークの様子をうかがっていた。
そしてそのうち、彼女が顔を漏らしているわけがわかってきた。
彼女は泣いていたのだ。
その涙を隠そうと、彼女は顔にしきりに水をかけていた。「うっうう……。」
時折漏れ聞こえてくる彼女の嗚咽。
一体彼女はなぜあんなにも泣いているのか。
小さな細い肩がふるえていた。
オスカーは何やら胸を思いっきりわしずかみにされたように息ぐるしなり、無性に彼女に手をさし述べてやりたくなった。
その思いが体に伝わって身じろぎした瞬間、茂の葉音に驚いたアンジェリークが、慌てて滝の辺りから立ち上がりおびえるように走り去っていった。
それからオスカーは彼女を見るたびに、あの涙のわけを聞きたい衝動にかられることとなった。
だが、いつも彼女は明るく笑い可愛らし笑顔をすべての人々に向けている。
あの出来事がまるで夢であったかと思わせるほどだった。
彼女の心の涙を気にしているうちに、オスカーはだんだん彼女の姿を目で追うようになり、そしていつしか彼女に恋していた。
この甘くも切ない感情にとりつかれたオスカーは、戸惑いを隠しきれなかった。
オスカーにとって恋とは、今まで遊びの一つでしかなかった。
たった一夜の恋、ゲームのような駆け引きを楽しむ恋。
そんなただ通り過ぎるだけの恋なら、星の数ほど経験してきたが、こんな切ないもどかし感情に振り回されるような恋なんてこれまで一度も経験したことなどなかった。
彼女の声、彼女の笑顔、どんな些細なことでも彼女のことなら気になったし、今まで知らなかったことがわかるとなんだか彼女に近づけたような気がしてオスカーの胸が熱くなった。
思わず、彼女がふれただけの場所に彼女の手を感じたくて手を重ねたこともあった。
彼女を思えば思うほどいつものような軽口が言えなくなり、つい平凡な答えを返してしまう。
つまずいて転びそうになった彼女受け止めたときのことはとても忘れられないことだった。
やわらかな彼女の体の重みが腕に残り、一瞬香った彼女の匂いさえも今も記憶によみがえる。
あのときの胸の高なりは、自分が自分でなくなってしまうくらいのときめきだった。
そんな甘く切ない恋をオスカーはアンジェリークに告げる勇気が持てないうちに、彼女は彼の尊敬してやまない光の守護聖の恋人となってしまったのだ。