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オスカーはアンジェリークの憂い顔を見かける度に心を痛めていた。
なぜジュリアスは、彼女にあんな表情をさせておくのか。
自分なら、そんな顔をさせたりしないのに。
そんな思いが、アンジェリークの表情から笑顔が減るたびに強くなっていった。

「育成のお願いに参りました。」

今日もアンジェリークの声は沈んでいる。
オスカーの顔が辛そうに歪んだ。

「お嬢ちゃん。」

オスカーはついに勇気を振り絞って彼女に声をかけた。
オスカーの真剣な声音にアンジェリークは驚いて、伏せていた顔をパッと上げた。
そこには何故か今にも泣きそうな表情のオスカーがいた。

「オスカー様。」

アンジェリークは、オスカーの表情の理由がわからず戸惑った。
なぜそんな哀しい瞳で自分をこの人は見つめるのだろう。
そういえば、いつもオスカーは自分を悲しげに見つめてはいなかっただろうか。
戸惑いの表情でオスカーを見つめるアンジェリークに、オスカーはもう自分を抑えることが困難になってきていた。

「お嬢ちゃん。君は…君は、本当に幸せなのか?」

オスカーが苦悩の末に絞り出した言葉にアンジェリークは声を失った。
オスカーが自分のことで思い悩んでいたとは思っていなかったからだ。

「どうして、そんなことを?」

アンジェリークはためらいながらもオスカーに尋ねた。
オスカーの顔にはいまだ苦悩の表情が現れている。
そして目線をそらしながら、

「君は、最近笑わ無くなった。」

とだけいった。
アンジェリークはオスカーが何をそんなに恐れ、苦しんでいるのかよくわからなかったが、彼が自分のことを見ていたことだけは理解できた。

「ジュリアス様と何かあったのか。」
「何も、何もありません。でもなぜ、オスカー様は私のことなど気になさるのです。私のことなどで思い悩んだりなさらないで。」

アンジェリークの返答にオスカーはひどくショックを受け、傷ついたように見えた。
アンジェリークはさきほどからのオスカーの様子がどうしても理解できずに眉をひそめている。

「俺の心配など要らないというわけか。」

何故か肩を落とし、目線を下方に向け自嘲気味に言うオスカーにアンジェリークはどうしていいのか戸惑っていた。

「オスカー様。オスカー様何をそんなに思い悩んでいるのです。私、そんなオスカー様を見ているのはつらいです。何か言ってください。」

彼女の震える声で、オスカーは顔をあげアンジェリークを見つめた。
アイスブルーの瞳が切なく揺れる。

「俺は…俺は君を…。」

そこまで言って言い淀むと、また苦渋をにじませる。
そしてまた、決意したかのようにアンジェリークを見つめ、

「君が好きなんだ。」

といった。
驚きのあまりにその翡翠の瞳を大きく見開いてオスカーを見つめるアンジェリークに、オスカーは今まで心に秘めてきた思いが堰を切ったように流れ出した。

「俺は、君がジュリアス様と付き合い始める前より、君が好きだった。でも俺には勇気がなかった。俺はこんな思いを抱いたのは君が初めてだったからだ。君がジュリアス様を好きなら、この思いは一生口にしないと思っていたが、最近の君は悲しそうだ。俺は、俺はもう耐えられない。こんな思いは君に迷惑かもしれない。だから、君がもし幸せならこのことは忘れてくれ。そしてもし、君がジュリアス様といて幸せでないのなら、俺にもチャンスをくれないだろうか。」

オスカーの切なる思いを聞いてしまったアンジェリークは、戸惑いを隠しきれなかった。
ジュリアスを愛していたが、彼が自分を愛しているかは自信がない。
だからといって、いまオスカーに心を移すことなどできるはずもなかった。
オスカーとて、アンジェリークがすぐに自分の方を向いてくれるなどといった甘い考えなどなかった。
ジュリアスを裏切り、こうして彼の恋人を奪おうとしている。
それだけでも彼の気持ちは罪悪感で一杯になっているのだ。
でも、もはやアンジェリークへの気持ちを偽ることは出来なかった。
彼女を誰よりも幸せにする自信だけはあったし、もはや彼女がジュリアスといることが幸せに思えなくなっていたからだ。
オスカーは、日頃から疑問に思っていたことをこの際アンジェリークに尋ねてみることにした。

「お嬢ちゃん。ひとつ聞いてもいいか。君はなぜ女王候補を降りないんだ。」

とたんに顔つきが悲しげに変化したアンジェリークをオスカーは見逃さなかった。
アンジェリークは押し黙っている。
オスカーはさらに続けた。

「ジュリアス様と君が本当に恋人になったのなら、君は女王にならないのだろ?なのになぜ試験を続けているんだ?君は女王になりたいのか。」
「いいえ、いいえ。私は女王になりたいのじゃないわ。」

アンジェリークの瞳に涙が浮かんできた。
オスカーはその涙に驚いた。

「じゃあどうして…。」
「ジュリアス様との約束なんです。私がもし、女王の器であるなら女王になれと…。そうでないなら、ジュリアス様の妻にと。」

その答えにオスカーは驚きとともに、彼女の憂い顔のわけを悟った。
今、アンジェリークはロザリアよりもリードしている。
このままいけばアンジェリークは女王にならねばならず、そしてそれはジュリアスとの別れを意味しているのだ。

 

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