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「オスカー、わかったわよ。」
俺のオフィスルームにレイチェルがそう言って入ってきた。
レイチェルはジュリアスさんの一人娘で、今は俺の秘書をしている。
そのレイチェルの言葉に俺の表情は自然と鋭いものになった。
そんな俺の顔に一瞬レイチェルは身を強張らせた様だった。「リモージュが見つかったのか?」
「そう・・・そうね。リモージュ氏の行方はわかったわ。でも・・・・あなたにとってそれはよい知らせじゃないかも知れないわ・・・。」
レイチェルのもったいぶったその返事に俺の眉間にしわが寄る。
「どう言うことだ?詳しく話してくれ。」
俺の言葉にレイチェルは少々言いにくそうに口を開いた。
「あなたのお父さんを裏切ったと言うルヴァ・リモージュ氏は、昨年癌で亡くなっていたわ・・・・。」
「?!」
俺のその時の顔は、とても表現できないくらいの衝撃を現していたことだろう。
その証拠にレイチェルは、まるで自分が悪いことでもしたかのようにばつの悪そうな表情で視線を外し、うつむいてしまった。「死んだ?奴が?この俺から何もかも奪った男が、死んだだと!!」
あまりの怒りに俺は目の前のデスクを思いきり拳で叩いた。
ジーンと広がる拳の痛みも、俺の怒りを納めることはかなわなかった。
怒りの為にからだ全体は震え、悔しさで歯がギリギリと鳴った。
そんな俺の様子を見ていたレイチェルはまた小さな声で、ぼそぼそと話し出した。「オスカー・・・・。これはあなたに伝えてしまって良いのかどうか私にはわからないのだけれど・・・リモージュ氏には一人娘がいるの・・・。リモージュ氏の妻は娘が生まれてすぐにすでに亡くなっているのだけれど、リモージュ氏はたった一人でその娘を育てていたみたいだわ。」
その話に俺はパッとレイチェルを見つめた。
話の続きを要求するその視線に、レイチェルはまた話の続きを語り出した。「娘の名前はアンジェリーク・・・・。私と同じ20歳よ。今スモルニィー大学の2年生だわ・・・・。」
その言葉に俺はどんな表情を浮かべていただろうか。
きっとこの憎しみの行き先を見つけて喜んでいたかもしれない。
レイチェルの表情はまたなんとなく曇って行った。「ねえ・・・オスカー。もう復讐なんて考えは止められない?」
レイチェルは悲しそうな眼差しで俺を見つめたが、その時の俺はそんな彼女の表情さえもよくわからないほどその言葉に激昂していた。
「止められる訳無いだろう!俺は奴の為に何もかも失った。両親も、財産も、そして最愛の妹もだ!ジュリアはまだ10歳だった。今も俺は忘れられない。沈み行く車窓に見えたジュリアの白く小さな手を!あんなに楽しそうだった可愛いジュリア・・・・。それが奴のせいで・・・そんなこと許せるものか!!」
俺は今でも毎晩悪夢にうなされてる。
この10年、その夢を見ない夜は無いくらいに・・・・。
それはあの日の湖に沈むキャンピングカーの夢だ。
俺はもうわかっているのに・・・・わかっているのにいつも夢の中のジュリアを助けることが出来ない。
ジュリアの悲痛な叫び声が耳から離れない。
ジュリアのあの差し出された小さな手を、いつもいつも掴んでやることが出来ないのだ。
ジュリアを失った俺の心の傷は想像もつかないくらい深く、そしてそこから生まれる憎しみは限りなく激しいのだ。
俺の怒りを見てレイチェルは哀しそうにうつむくと、わかったとだけ言って怒りに振るえ、ジュリアを思って涙する俺を残してオフィスを出ていった。
今、俺はスモルニィー大学の門に立っている。
この大学はこの辺りでは有名なお嬢様、お坊ちゃんのための大学だ。
もちろんそんな生徒ばかりが通っている訳ではない。
元に、リモージュの娘とか言うアンジェリークはそれほどの金持ちではなさそうだ。
父から奪った金をリモージュはどう使ったのか、その辺りはまったく俺にはわからなかったが、とにかくその金でとてつもなく成功した訳ではなさそうだった。
奪われた金はまったく有効には使われなかったとでも言うのか。
俺の怒りはそれを知ったとき更に怒りが増した。
俺は門をくぐり、校内に足を踏み入れた。
ちょうど、講義が終る時間帯を選んだせいだろう。
校内には学生が溢れかえり、これから始まるサークル活動に向かうものや、バイトに向かうもの、友人との談笑に夢中なものと、さまざまな学生達でにぎわっていた。
俺はそんな校内をリモージュの娘を探すため歩いていた。
俺は自分で言うのもなんだが、目立つ存在だ。
髪の色は真紅に近い赤色だし、身長も189cmもある。
容姿にもかなりの自信を持っている。
そのためだろう、校内を歩いていると俺に気付いた女子学生は、しきりに俺のほうに熱い視線を投げかけてきていた。
俺はリモージュの娘をまだ見たことが無い。
そこで、近くにいた女子学生達に、リモージュの所在を聞くことにした。
その甲斐あって、その娘がカフェテリアにいるとの情報を得て、俺は早速そこに向かった。
「え?アンジェリーク・リモージュ?ああ!アンジェね?それだったらあの子よ。アンジェ!アンジェ!」
カフェテリアの入り口で捕まえた女子学生が、店内にいた一人の娘に呼びかける。
その声に、その娘が反応を返した。
蜂蜜色の金髪の巻き毛の娘がうれしそうにその女子学生のもとに向かってきた。
俺はその娘をじっと見つめる。
だんだん彼女が近づいて来てその容姿がはっきりとわかるにつれ、俺の表情は驚愕へと変わっていった。「ジュリア・・・・・。」
俺のほうに向かって笑顔でやってくるその娘は髪の色こそ違うが、紛れも無いあの最愛の妹ジュリアだった。
あの大好きだった翡翠のようなキラキラと光る緑の瞳、頬にかかる柔らかな巻き毛、その笑顔さえもまったくジュリアそのものだったのだ。「なあに?マリア。」
ジュリアにそっくりなその娘は、その声さえもジュリアそのものだった。
友人から俺が訪ねて来たことを聞かされた彼女は、人懐っこい顔で驚きで固まっている俺を不思議そうに見つめて首を傾げた。「あの・・・・私に何か?」
そう彼女に声を掛けられて初めて俺は我に返った。
見れば見るほど彼女はジュリアにそっくりだ。
だが違う!違うんだ!俺は一生懸命そう心の中で叫んでいた。「あ・・・・君がアンジェリーク・リモージュ?」
俺はそう彼女に訊ねながら、実は彼女が頷かないことを密かに願っていたかもしれない。
だがそのジュリアそのものの顔で彼女はコクリと頷いたのだった。「あのぉ〜あなたはどなた?」
俺は動揺からなかなか立ち直ることが出来なかった。
だがそれでもなんとか言葉を搾り出していた。「俺は・・・・俺はオスカー・ハート。君のお父さんの知り合いだ・・・・。」
「まあ!父の?」
彼女の顔から旧知の友人にあったかのような親しみに満ちた笑顔がこぼれた。
そのことが、更に俺の心臓を締めつける。
俺はルヴァ・リモージュへの復讐の替わりに、その残されたたった一人の彼の血縁者であるアンジェリークへの復讐を誓った。
彼女を彼女の人生を俺が落とされたのと同じ生き地獄に突き落とすために・・・・。
それなのに・・・・・それなのにその憎むべきアンジェリークはこともあろうか俺の、俺の最愛の妹の姿で俺の前に現れたのだ。
俺が助けることが出来なかった愛しい妹が、今度は俺の復讐の対象として現れたのだ。
なんと言う皮肉だろう・・・・・。
俺は眩暈にも似た心境で彼女を見つめていた。「せっかくなのですが、オスカーさん。父は昨年亡くなってしまったんです。あなたはそれをご存知でしたでしょうか?」
アンジェリークは俺の訪問の理由を父親への訪問と捕らえた様だった。
俺は今や真っ白になった頭でなんとかそれに対して答えを返した。「ええ・・・先日偶然そのことを知ったのです・・・。彼のことをいろいろお伺いしたいと思っていたのですが、私は彼の家族についてはあまり存じ上げなかったものですから・・・・。あなたのような美しい娘さんがいたのですね。今日はご挨拶だけでもと思ってまいりましたので、後日またあなたをお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
俺のその言葉に彼女はなんの疑いも持たない様子で、うれしそうに微笑んだ。
「ええ。亡くなった父も喜ぶと思います。ご連絡下されば、私はいつでもよろしいですわ。私の知らない父の話も聞いてみたいと思いますので、どうぞお尋ね下さい。」
彼女の言葉に表面的には喜びをあらわして、俺はその場を逃げる様に後にした。
俺は今、心の中の混乱に支配され、何も冷静に考えることが出来ない状態にあった。
頭の中にあったのはただ一つ、ジュリアの面影だけだ。
何度も何度も頭の中でジュリアが微笑む。
その顔が今あったばかりのアンジェリークの顔に重なる。
何故なんだ!何故ジュリアなんだ!
俺は心の中で何度も叫んだ。
ジュリアを失った恨みを晴らしたい、その思いから復讐を思い立ったと言うのに、その復讐の相手はその失ったはずのジュリアそのものだった。
俺はその事実に打ちのめされて、もう何も考えられない状態に陥ってしまったのだった。