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俺は何度も何度も心の中で呟きながら、やっとそのドアまで辿り着いた。
今俺が立っているドアの向こうにはアンジェリーク・リモージュがいる。

「ジュリアじゃない・・・彼女はジュリアじゃない・・・・。」

自分の心に暗示をかけることで、俺はこの復讐を果たさなければいけないと心に決めた。
そしてやっと勇気を振り絞って彼女のアパートの呼び鈴を鳴らしたのだ。

「は〜い、どなた?」

中から明るく可愛らしい声が聞こえた。

「オスカー・ハートです。アンジェリークさん。」

俺は平静を装ってそう答えた。
覗き穴から俺を確認したのか、ドアの鍵が外されアンジェリークが顔を出した。

「オスカーさんいらっしゃい。どうぞお入りになって?」

ジュリアにそっくりなその笑顔で、彼女は俺を室内へと招き入れた。
こざっぱりとした室内は、アンジェリークの飾らない性格を現しているようだった。
彼女は居間に俺を案内して、ソファーに座るように勧めた。

「今お茶をいれますね?ちょっとお待ち下さい。」

彼女はそう言って微笑むと、キッチンへと姿を消した。
俺はその間、ぐるりと室内を見渡してそれを見つけた。
居間の片隅に置かれた飾りだなの上に、仲が良さそうに微笑むアンジェリークとその父ルヴァの写真が入った写真立てが並んでいた。
奴が・・・・奴がルヴァなのか・・・・。
俺の頭の中にあったルヴァの面影はおぼろげしかなかった。
だいたい俺は奴とは数回しか会ったことが無い。
印象に残っていた奴は、穏やかな目立たぬ男だというだけだった。
そして今この写真の中で微笑む奴も、娘を愛する普通の父親の顔をしていた。
穏やかに微笑むその顔で、この男は俺の父を、家族を死に追いやったのだ。
俺の心の中で、幸せそうな奴の顔にナイフを突き立てたいという衝動が沸き起こっていた。

「あら?どうかされました?」

いつのまにか写真立てを手に取り凝視していた俺の背後に、お茶をトレイに載せて運んできたアンジェリークがいた。
俺は慌てて写真を元の位置に戻すと、出来るだけ心の怒りを隠して微笑みを作ると、彼女の方に振り向いた。

「仲の良い親子だったのですね。」

その言葉に彼女を晴れやかに微笑んだ。

「ええ・・・父は本当に私を愛してくれていました。母が早くに亡くなって、父は男手一つで私をここまで育ててくれたんです。私、優しくて穏やかな父が大好きでしたわ・・・・。」

彼女の瞳になくなった父親への情愛が溢れ、その美しい瞳を潤ませていた。
彼女にとっては優しく、穏やかな本当に良い父親だったかもしれない。
でもそれを聞いた俺は、心の中で激しい怒りを燃え上がらせていたのだ。
彼女は俺にお茶を勧めた。

「父のお知り合いとのことでしたわね?父の話をお聞かせ下さいませんか?」

彼女は穏やかな笑みを浮かべ、自分もお茶を口に運びながら俺に話しかけた。

「実は私の亡くなった父がリモージュ氏の本当の知り合いなのです。リモージュ氏は私の父の秘書をしていたのです。ご存知ですか?」

俺の問いかけに彼女は少し首を傾げて考えこんでいた。

「ごめんなさい。私父の仕事のことはあまりよく知らないのです。実は私子供の頃は体が弱くて、ずっと病院暮らしをしていたんです。
10歳の時に手術をしてやっと人並みの生活を送ることが出来るようになったのです。その頃には父は以前までやっていた仕事を辞めて、私のそばにいてくれるために翻訳の仕事をしていたようです。ですから私が病院にいた頃していた仕事のことはほとんど何も知らないのです。」

彼女は申し訳なさそうにうつむいた。
彼女の話しからすると、金を騙し取ってからルヴァは翻訳の仕事をするようになったようだ。
そしてそれ以前の悪事を娘には一切口にしていなかったのだろう。
俺はそう解釈して、皮肉な笑みを心の中で浮かべていた。

「そうでしたか・・・・私の父は昔あなたのお父さんに大変御世話になったことがあって、私は父の会社を辞められてからずっと捜していたのです。その時の恩返しをしたいと思っていたのですが、先日すでに亡くなられたとお聞きして、せめて娘さんであるあなたのお力になれたらと思っているのです。」

俺はそう言って彼女に取り入るために優しく微笑んだ。
世話になった・・・・そう、それは良い意味ではなく、悪い意味で奴には本当に世話になった・・・・。
俺の心は暗い感情に浸っていた。
復讐してやる・・・・復讐を・・・俺の家族のために必ず果たしてやる・・・・。
そのためには彼女を俺に夢中にさせるんだ。

「あ・・・・ありがとうございます・・・。でもそんなお気を使わないで下さい。私のことは大丈夫ですから・・・・。」

遠慮がちに控えめに笑う彼女に俺は熱い眼差しで訴えた。

「そんなことを言わないで・・・・俺は君にそうしたいんだ・・・。」

急に変わった俺の口調に彼女は驚いて俺を見つめ、そして熱く見つめる俺の眼差しにぶつかって頬を染めた。
俺は自分がもつ男の武器を最大限に使うつもりだ。
この攻撃で陥落しない女はたぶんいない。
アンジェリークと言えどもその例外ではないだろう。
元に彼女は俺を強く意識してその頬を桜色に染め、居心地悪そうにもじもじしだした。
だがここで余り強引に出すぎると警戒して逃げられかねない。
俺は今日の所は、彼女に俺が男として彼女に好意を寄せていると思わせれれば良いのだ。
その目的はほぼ達せられたと思われた。
あくまでも好青年で、それでいて情熱的に彼女には男をアピールするつもりだ。
俺はすっとその熱い眼差しを和らげると、彼女に微笑みかけた。

「いや・・・すみません。つい本音が出てしまったかな?君に会ってから俺はちょっと少し変なんだ・・・・。気分を害したのならすまない。今日はもう失礼するよ、君に嫌われたくないんだ・・・・。でもまた君に会いに来ても良いだろうか・・・・。」

ちょっとおどけるように照れ笑いを浮かべて、俺は彼女を安心させるようにそう言った。
彼女もそんな俺に好感を持ったのか華やかな笑みを浮かべる。

「ええ・・・またいつでもお尋ね下さい。」

ちょっと節目がちに恥らう彼女を俺は暗い喜びを持って見つめていた。

 

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