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それから俺達は恋人同士になった。
俺は彼女と付き合ううちに、ジュリアの面影を彼女に重ねることが無くなってきていた。
彼女の持つ彼女らしさは、俺の気持ちをどんどん惹きつける。
ジュリア的な要素ももちろん愛していたが、俺は彼女のアンジェリーク的な部分にどうしょうも無く惚れてしまっていた。
彼女が持つものの中で、唯一愛せないことはルヴァの娘だと言うことだけだったのだ。
ルヴァの娘でなければ、俺は無条件で彼女を愛し、心は満たされ、幸せを噛み締めることが出来ただろう。
しかし、彼女がルヴァの娘だと言う事実は変えようも無い。
俺は更なる葛藤の中に身を置くこととなったのだった。「オスカー・・・そろそろ私帰るわ。」
ベットからするりと抜けて帰り仕度を始めようとする彼女を、俺は無理やりベットに引き戻す。
「泊って行けば良いじゃないか。」
「ああ〜ん・・駄目よオスカー。明日は大学に早くいかなくっちゃいけないし、あなたもお仕事早いんでしょ?」
「君を帰したくないんだ・・・。」
俺はアンジェリークの白く華奢な背中に口付けを落とす。
胸に手を回して優しく愛撫すると、彼女の口からあまやかな吐息が漏れ始める。
そして彼女を引き倒すと、いつものように彼女が気にしている傷跡に舌を這わせ、愛しげに愛を呟く。
何度彼女を抱いても俺は彼女に飽きることは無かった。
俺の下であえぐ彼女の美しさに、いつもいつも俺はその欲情を突き上げられる。
この時俺の心は果てしなく満たされ、なにもかも忘れ去ることが出来る。
限りない幸せだけに浸ることが出来るのだ。
だが、いつも現実に引き戻されてしまう時はやってくる。
それが、彼女が俺の前から去り、一人部屋に残された時なのだ。
たった一人部屋に残されると、どうしても俺は失った家族のことを思わずには居られない。
そのたびに復讐をしなければいけないのだと思い知らされる。
アンジェリークを愛してしまった俺に復讐をしなければいけないのだと言う思いはまるで、強迫観念のようにいつも俺の心を責めつづけるのだ。
「やあ、オスカー来てくれたんだね。」
「お義父さん。お久しぶりです。」
この日、俺はジュリアスさんのオフィスに呼ばれていた。
ジュリアスさんに俺は引き取られたお陰で、今の自分が在るといつも俺は思っている。
だから、俺は彼に恩返しする為に俺の出来ることならどんなことでもしようと常日頃から思っていた。
だが彼はそんな俺に、恩返しなど考えなくても良いといつも言ってくれる。
本当に彼には感謝しても仕切れない。「オスカー・・・君に聞きたいことがあるんだが・・・・。」
ジュリアスさんは少々歯切れの悪い様子で話し始めた。
俺は怪訝に思いながらも、黙って彼が話すのをまった。「少々小耳に挟んだことなのだが、君は・・・・君はリモージュの娘と付き合っていると言うのは本当か?」
切り出された話は俺にとっては胸に突き刺さるものだった。
ジュリアスさんの俺の心を探るような視線が、俺を追い詰める。「はい・・・事実です・・・。」
その返事にジュリアスさんの表情が驚きと共に苦汁を現す。
それを感じた俺は慌てて弁解をした。「でも・・・でもそれは復讐を果たすためなのです。」
今度は別の意味でジュリアスさんの顔に驚きの表情が広がる。
「どう言うことだ?ルヴァの娘と君が付き合うことで復讐を果たすと言うのは・・・・。」
「俺は彼女を夢中にさせ、手ひどい方法で捨てるつもりです。彼女がもう二度と恋をしたくないと思うほどに、もしくは生きることさえも嫌だと思うほどに・・・。」
自分で言っていて俺は酷く胸が痛かった。
そう・・・確かに俺はそう思ってアンジェリークに近づいたのだ。
そしてそれは計画通りに現在進んでいる。
アンジェリークは今は俺のことを愛し始めている。
このままいけば、そのうち俺と言う存在が彼女の中で、一番大切な存在になるかもしれない。
いや、復讐のためにはそうならなければいけないのだ。
だが・・・・・。
ここで最大の誤算が生じていることを俺はジュリアスさんに告げることは出来なかった。
そう、俺こそが、アンジェリークに夢中だということを・・・。
俺にとってアンジェリークを地獄の底まで突き落とすと言うことが、すでに出来る状態ではなかった。
俺は彼女を手放すことが出来ない。
俺こそが彼女を一番必要としているのだ。
だがここでそれを明かすことなど出来るはずも無かった。「そうか・・・・君はそんなことを考えていたのか・・・・。」
ジュリアスさんは溜息混じりにデスクに視線を落とした。
俺は心の中にある思いを悟られたくなくて、表情を固くした。
そんな俺の思いに気付くことなく、ジュリアスさんはまた視線を俺に戻し、ある提案をしてきた。「オスカー・・・・君がその娘のことをそう考えているのならあまり問題ではないかもしれないが、君はレイチェルのことをどう思うか聞かせてくれないだろうか・・・。私は出来れば、娘と君が結婚してくれたら良いと考えている。娘はあまり口には出さないが、君に好意を持っているようだ。そして私も君のように優秀な青年に大事な娘を任せたいと思っているのだ。どうだろう君の率直な思いを聞かせてくれないだろうか?」
それはあまりにも唐突で、俺は驚きを隠せなかった。
確かにレイチェルは俺に対して好意を持っているかもしれないが、それはただの友人として、義妹としてのものだと考えていた。
彼女は今は義妹でもあるし、恩人の娘と言うこと以外の感情を俺は今まで1度も持ったことは無かったからだ。
だが、大恩あるジュリアスさんはそのレイチェルとの結婚を望んでいるのだ。
それをこの俺が断れるだろうか・・・・。
アンジェリークと結婚することは俺にとっては到底かなわぬ夢だ。
どんなに俺が彼女を愛していても、彼女は俺にとっては仇の娘なのだ。
この世で一番愛する女と結婚できないのであれば、どんな女と結婚しても俺にとっては同じことだろう。
ましてや、レイチェルは女だと思ったことは無かったが、別段嫌いな女ではない。
むしろ彼女は他の女達と比べてもかなりの美人だ。
流れるような長い金髪と、健康的な小麦色の肌に神秘的なスミレ色の瞳を持ち、誰もが振りかえるくらいすばらしく均整が取れたパーフェクトなボディーラインの持ち主なのだ。
普通の男だったら飛びつきたくなるくらいの提案だった。
だから俺は本当の気持ちを偽り、彼に返事をしたのだ。「レイチェルが望むならこのお話をお受けいたします。」
「そうか!じゃあレイチェルには私から話をしよう。オスカー私は嬉しい。これで君は本当の息子になってくれるのだからな。」
ジュリアスさんはとても喜んでいる。
俺はそんな彼に罪悪感を感じながらも、これで良いのだと自分自身に言い聞かせていた。