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「オスカー?オスカー?どうしたの?なんだか上の空ね?」

アンジェリークと食事に出かけたというのに、俺の心は沈んでいた。
目の前にいる愛しい女を、俺は不幸のどん底へ陥れるための道をまた一歩進んでしまったのだ。
レイチェルとの婚約が正式に決まったら、彼女はどうするだろう・・・。
俺の裏切りに、彼女の心はズタズタになるだろうか。
本来の目的はそこにあるというのに、俺は彼女の泣く姿を想像しただけで、胸が苦しくなって心が悲鳴を上げてしまいそうになる。
あどけない笑顔で俺を見つめる愛しいアンジェリーク・・・・。
俺は彼女を安心させるために笑顔を浮かべてそっと彼女に口付けた。

「オスカーったらみんなが見てるわ・・・。」

「見せとけよ。俺は今君にキスしたい気分なんだから。」

ばら色に頬を染めるアンジェリークの美しさに、俺の心はまたしても切なさで叫び出したい思いだった。
まだ言えない・・・もう少し、もう少しだけこの幸せの中に浸っていたい・・・。
いつか訪れる終りの日を、俺はまだ迎える勇気が持てなかった。
食事を済ませ、部屋に戻ってから俺はこの日も残り少ない愛し合える時間をむさぼるように彼女に求めた。

「愛してるわ・・・・オスカー・・・。」

初めて彼女の口から漏れた愛の告白に、俺は歓喜を覚えると共に、これから俺がしようとしていることを考えると無償に苦しかった。
でも今はそれを口にすることは出来ない。
ただ彼女を愛しく思っていることだけを告げるしかないのだ。

「アンジェリーク・・・愛している。愛している。君だけを・・・俺のアンジェ・・・・。」

俺にとってそれはなにも偽らない本当の気持ちだった。

 

ジュリアスさんのオフィスを訪ねてから数日後、朝からレイチェルが俺を睨みつけるようにしてオフィスに入ってきた。

「オスカー!いったいどう言うことなの!」

彼女が言わんとするところは容易に想像できたが、俺はあえて気付かない振りをした。

「パパから聞いたわ!私と結婚するって言ったそうね!」

「ああ、もし君がよければだがね?」

「いったいどうしてなの!あなた、今までだって私のことを女だと思って見たことなんて無かったじゃないの!それなのにどうして急にそんなことを言い出すの!」

彼女の怒りはもっともだ。
レイチェルは馬鹿な女じゃない。
俺が彼女のことを女としてみていないことなど、とっくに気づいていただろう。
だから今まで彼女も俺に対して友人であり続けて来たのだから。

「で、君はどうなんだい?俺に対してどう思っているんだ?」

俺とてレイチェルが、俺のことをなんとも思っていない、男としても考えられないというならば、それはそれで良かったのだ。
いくらジュリアスさんでも、娘が嫌う結婚などさせる訳は無いだろう。
俺もレイチェルに恩人の望みだからと言って結婚を強要するつもりなど無い。

むしろ、彼女を女として愛することが出来ない俺などと結婚するべきではないのかもしれない。
だがレイチェルの表情は一変してしまった。

「私は・・・・私は・・・・。」

さっきまでの勢いがまるで嘘のように、彼女は口篭もり、頬を染め、自信なげに視線をキョロキョロと変える。
そしてやっと小さな声で、彼女の気持ちを俺に告げてきたのだった。

「私・・・私オスカーあなたのことが好きだわ・・・・。もうずっと前から好きだったの・・・・。」

「じゃあ成立だ。」

俺は苦笑混じりにそう言ってレイチェルを見つめた。
でも彼女はすぐにそんな俺の態度に不満をぶつけてきた。

「でも、あなたは私のこと妹ぐらいにしか思っていないんでしょ?それなのにどうして私と結婚しようだなんて言い出すの?」

そう・・・俺はレイチェルのことを女として愛しているわけではない。
彼女に対するものは友情であり、家族に対するそれだ。
本当の意味で彼女の気持ちに答えることなど出来はしないのだ。
しかし、俺には選択することは出来ない。
恩人に対する恩に答えることを俺は拒絶することは出来ないのだ。
だがレイチェルのことも傷つけたくは無いと思ってはいた。

「俺はこれからも本当の意味で、愛する女に出会うことはないと言いきれる。だからお義父さんからこの話が有った時、君さえ良ければいいと返事をしたんだ。」

俺の返答にレイチェルは悲しい表情を浮かべた。

「オスカー・・・・どうして?どうして愛する人が出来ないなんて言うの?」

レイチェルの本気で俺を気ずかう気持ちが俺の胸を刺す。

「俺は・・・・俺は復讐に生きる男だ・・・。レイチェル。そのために俺は人としての愛を捨てたんだ。そんな俺が人を愛していい訳が無い、許されるわけなど無いんだ。君が俺に愛想を尽かしても俺は君を責めないし、むしろ君のためには俺なんて見捨てた方がいいとさえ思っている。本当の愛を・・・君が求めるような愛を俺は君に与えてあげることは出来ないから・・・・。」

苦笑を浮かべ、そう語る俺の胸にレイチェルが突然飛び込んで俺を強く抱きしめた。

「オスカー・・・・悲しい人。でも私、それでもあなたを愛してるの・・・。あなたの心の傷を救ってあげられない自分が悔しい。あなたが自分の意思で結婚する気が無いのなら、誰が相手でもあなたにとっては同じことなのね・・・・。でも私はあなたを誰にも渡したくない・・・・誰でも一緒なら私・・・・あなたと結婚したい。たとえあなたが私のことを愛してくれなくても・・・・。」

いつしかレイチェルの瞳からは涙が零れ落ちていた。
俺はそんなレイチェルを抱きしめた。
優しいレイチェル・・・・。
いつもいつも俺のことを心配してくれる彼女のことを本当の意味で愛すことが出来たのなら、俺は幸せになれるだろう。
でも・・・こんな時でさえ俺の心はアンジェリークへの愛が渦巻いているのだ。
俺はアンジェリーク以外の女をこれからも愛することは出来ないだろう。
だが、俺はこれからそんな彼女を裏切り、追い詰め、復讐を果たす。
俺は復讐のために愛を捨てるのだ。
そしてこの復讐が終わったとき、俺の愛も永遠の死を迎えることだろう。

 

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