9

そして俺とレイチェルは婚約することとなった・・・・。
アンジェリークに復讐を果たす時が刻一刻と迫ってきている。
今度の日曜日、俺達の婚約発表のパーティーが行われることとなった。
俺はその席にアンジェリークを招待するつもりだ。
そして俺は家族の復讐を果たし、彼女を永遠に失う・・・。
今も俺の隣で幸せに満ちたりた顔で眠っている、この愛しい女を俺は永遠に失うのだ。
美しく輝くような彼女の笑顔をもう見ることはかなわない。
いつのまにか俺の頬を涙が伝っていた。
何故・・・何故彼女はルヴァの娘なのだ。
何故ルヴァは父を裏切ったのだ!
奴が父を裏切って俺の家族を死に追い詰めなければ俺は・・・・。
俺の心の中でそんな埒も無いことをもう何度呟いただろう。
だが彼女と俺の関係は変わり様が無いのだ。

「オスカー?どうして泣いているの?」

いつしか目を覚ましたアンジェリークが心配げに俺の頬にそっと手を添える。
俺はたまらない気持ちで彼女を抱き寄せる。

「愛している・・・愛しているアンジェリーク・・・。」

「オスカー・・・オスカー・・・。」

彼女はすがる俺の髪を何度も何度も優しくなでた。
何も知らず、これから彼女を裏切ろうとしている俺を彼女は一生懸命慰めようと、俺のあちらこちらにキスを落とす。
俺はそんな彼女を思いっきり抱いた。
俺にとって、それは彼女を愛せる最後の時だったから。
愛しい彼女を俺の中に焼き付け様と、その夜、俺は夢中で何度も彼女を抱きつづけた。

 

そして運命の日は訪れた・・・・・。
パーティーはジュリアスさんの家で行われた。
今では貿易会社として大成功を納めたジュリアスさんの家は、豪邸と呼ぶにふさわしいものだった。
招待客も、街の有氏や、大会社の社長、重役、そして芸能人とその職種はさまざまで、約500人ぐらいの人々がこの屋敷にひしめいていた。
そんな人々の中心に俺とレイチェルが立っている。
ほとんどの人はこのパーティーが俺とレイチェルの婚約発表であることを知っている。
と言うより、もう以前から人々の間では2人の婚約は既成事実のようなものだった。
今や経済界で俺の名を知らないものはいない。
そんな俺を養子にして、娘を娶らせ、後継者とする。
ジュリアスさんの思惑をここにいる人々は皆以前から感じていたのだろう。
いつそれが実現するのかと噂し合っていたようだ。
きっとそれを知らないのは今日このパーティーに出席する人物の中ではアンジェリークだけだろう。
だが、まだ彼女は俺の前に姿を見せてはいなかった。
俺は彼女にパーティーがあることだけしか知らせていなかった。
これが俺の婚約披露などということは想像もしていないはずだ。
そして迎えの車は俺が手配して、彼女の元に送ってあった。
まもなく何も疑うことも無く彼女はここにやってくるだろう。
そして真実を知る・・・・・。
終わりのときが刻一刻と近づいている。
俺は覚悟を決めなければ行けない。
彼女を地獄に突き落とす覚悟を・・・・・。

 

そして人々がひしめく会場の中に、俺は彼女の姿をとうとう見つけてしまった。
アンジェリークはその美しい金髪を結い上げて、パールのついたピンを幾つも刺して止め、まるでプリンセスのように気高く美しい姿をしていた。
彼女の髪によく映える若草色のドレスには所々にクリーム色のバラを形どったアクセントがあり、白く美しい胸元には可愛らしいティアドロップ型のオパールのネックレスが輝いて彼女をいつもより大人びて見せていた。
その美しい姿に俺は目を奪われ、またしても彼女に対する愛が溢れ出しそうになったが、彼女が俺に気付き、微笑を浮かべて近づいてくる間に心に悪意の毒を流し込んでいた。

「オスカー。ご招待ありがとう。凄いパーティーなのね?びっくりしちゃったわ。」

いつもと変わらぬその笑顔に俺の胸は張り裂けそうだった。
悪意の毒を今すぐにも心から追い出したくて悲鳴を上げそうになる。
だが俺は引けなかった。

「よく来てくれたねアンジェリーク。こちらは俺の義妹でレイチェルだ。」

俺は心の叫びを封じこめ、隣にいたレイチェルを紹介した。

「はじめましてレイチェルさん。私アンジェリーク・リモージュと申します。よろしくお願いしますね?」

笑顔で挨拶をするアンジェリークの正体を知って、レイチェルは驚いてすぐさま俺に目を向けた。
その瞳には疑問と悲しみが宿っている。
これから俺がやろうとしていることをレイチェルはわかったのだろう。
小刻みにフルフルと首を横に振って、俺の行動を
思いとどまらせようと俺の腕を掴んだ。
だが俺はここで止める訳には行かない。

「今夜のパーティーを存分に楽しんでいってくれアンジェリーク。これは俺とレイチェルの婚約パーティーだからね。」

「オスカー!!」

何事も無いようなそぶりでそう告げた俺の言葉にレイチェルが悲鳴のように叫ぶ。
そしてアンジェリークは・・・・。

「え?何?婚約・・・・?」

「ああ。今夜のパーティーは俺とレイチェルの婚約パーティーなんだ。俺とレイチェルは結婚するんだ。君も祝ってくれるだろ?アンジェリーク。」

俺は感情の無い冷たい言葉で彼女の心にナイフを突き立てる。
彼女は・・・・アンジェリークは見る見るうちにその表情が凍り付いて行くようだった。
一体何が起こっているのかわからないと言った感じで、救いを求めるように無表情な俺の顔と、辛そうにうつむくレイチェルの顔の間で視線をさまよわせている。

「嘘・・・・嘘でしょ?オスカー・・・・。」

やっと彼女が搾り出した言葉に、俺は最後のとどめを刺すべく冷たい言葉できりつける。

「嘘じゃない。俺はレイチェルと結婚するんだ。アンジェ・・・所詮君とのことは遊びだったんだよ。」

アンジェリークの美しい翡翠の瞳に涙が見る見るうちに溢れだし、そしてその青ざめた頬に零れ落ちた。

「遊び?・・・・遊びだったの?私のこと・・・・愛してくれてたわけじゃなかったのね・・・・・。」

消え入りそうなくらい小さなか細い声で、彼女が俺を問い詰める。
胸が激しく痛んだがそれでも俺は言い放った。

「そうだ。俺が君のような地位も金も無い貧乏学生を本気で相手をすると本当に思ってたのかい?楽しかったよアンジェリーク。君もそれなりに楽しんだろ?俺は俺の世界に戻る。君とは所詮住む世界が違うんだ。」

決定的な俺の言葉に、彼女の表情は大きく崩れ、叫びともつかない悲痛な声をあげて泣きながら俺の前から走り去った。
その時、俺の心は大きな音を立てて粉々に砕け散ったのだ。

 

「オスカー・・・・。」

アンジェリークが走り去った後、レイチェルが哀しげに俺を見つめる。
今、俺はいったいどんな顔をしているだろう。
もう、何もかも終ってしまった。
俺の心はもう何処にも無い。
慰めるように差し出されたレイチェルの手を、俺は振り払って背を向けた。

「一人にしてくれないか・・・・・。」

そして俺はそのまま会場を後にした。
俺は一人屋敷の喧騒から離れ、裏庭にある東屋に来ていた。
空には今にも消え入りそうな細い月がかかっている。
東屋のベンチに腰を下ろし、俺はアンジェリークを思った。
俺がこの世でたった一人愛し、そして傷つけ捨てた女。
俺は家族の復讐を果たすために愛を捨てた。
復讐を果たした俺に、今残っているのは昔考えていたような満足感ではなかった。
今俺の中にあるのはそう・・・・・壊れてしまった心の残骸だけだ。
俺はこれからあのアンジェリークの涙を一生忘れることが出来ないだろう。
この胸の痛みから開放される日はもう二度とこない。
俺の心は今日死んでしまったのだ。
アンジェリークを永遠に失うことで、俺はこれからずっと彼女の涙を背負って生きるのだ。

 

アンジェリークはパーティー会場から抜け出すと、泣きながら来た道を走って家に向かった。
彼女の心は傷つき血を噴出し悲鳴を上げていた。
彼女は父親を失ってから、心のよりどころを無意識に求めつづけていた。
そして俺に出会い、初めての恋に落ちた。
それは彼女にとって心の平安をもたらす、幸福の最たる物だっただろう。
心のよりどころを得て、彼女の人生は輝きに満ち、幸せだった。
初めて知った人肌のぬくもりと悦び。
生き長らえるためとはいえ、肌に刻まれた醜い傷跡を人に晒すことを恐れ、愛することに臆病だった彼女が、その傷ごと受け入れ愛してくれる存在に出会ったと思っていた幸福の日々を俺は無残にも引き裂いてしまった。
ドレス姿で泣きながら走る彼女のハイヒールがいつしかその過重に耐えかねポキリと折れる。
勢いよく冷たく固いアスファルトに倒れこんだアンジェリークは、体の痛みよりも心の傷が染みた。
誰もいない夜の歩道で彼女は、昨日までの幻の愛を思ってしばらくそこで泣き伏した。
涙は止めど無く流れ、乾いたアスファルトをぬらす。
空の細い月だけがそんな彼女をいつまでも見つめつづけていた。

 

  TOP