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「嘘!嘘でしょ?これ本当なの?!」

レイチェルはパーティーの夜から数日経った朝、オフィスに届いた封筒を開けて驚きの声をあげた。
隣のデスクで仕事をしていた俺は、その声に訝しげに彼女に目をやった。
あの日より、俺は壊れた心の穴を埋め様と仕事に没頭していた。
そんな中での出来事だった。
レイチェルの顔は青ざめ、唇はワナワナと振るえている。
彼女に起こったことが、ただ事で無いことを物語っていた。

「どうしたんだレイチェル?何があった。」

俺は慌てて彼女のデスクに駆け寄ると、ショックで放心する彼女の両肩を揺さぶった。
我に返ったレイチェルは俺の顔を見つめると突然、その瞳に涙をあふれさせ泣き崩れた。

「オ・オスカー・・・・・オスカー・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・パパだった・・・パパだったのよあなたのお父様を裏切っていたのは・・・・。」

レイチェルはそう言うと激しい嗚咽を漏らして泣き伏した。
俺は一瞬レイチェルがいったい何を言っているのか、まったくわからなかった。
そして慌てて彼女が手にしていた書類を取り上げ、その内容に目をやった。

「ルヴァ・リモージュ氏が横領したと思われる金銭の行方について。」

書類の冒頭にはそんな題名がついていた。
これは以前、俺がレイチェルに依頼したルヴァの金の使い道についての報告書だったのだ。
その報告書にはこう結論付けられていた。

以上の調査の結果、ルヴァ・リモージュ氏はジュリアス・ハート氏の依頼により、カティス・フレイアス氏の経営する会社からアルカディア社との契約金を持ち出し、ジュリアス・ハート氏に渡したことがわかりました。
ルヴァ・リモージュ氏はその報酬として、当時緊急に心臓移植を余儀なくされていた娘アンジェリーク嬢の莫大な手術費用と、最高医療施設とその医療スタッフの便宜を受けた模様です。
結論として、カティス・フレイアス氏の会社の崩壊はジュリアス・ハート氏による謀略であったと結論付けられました。

「ごめんなさい・・・・ごめんなさいオスカー・・・・私こそ・・・私こそがあなたの本当の仇の娘だったのよ・・・・。」

レイチェルは呆然と立ち尽くす俺の足にすがって泣いていた。
俺の頭の中は今パニックに陥って、この書類が意味する所がまったく理解できないでいた。

(ルヴァは・・・・ルヴァは娘の命を救いたいと言う気持ちをジュリアスさんに利用されていたのか?
アンジェリークは言っていたじゃないか・・・・。
10歳の時手術をしたお陰で生きているのだと・・・。
父の死後、ジュリアスさんは父が逃したあの契約を成功させて今の会社を大会社と呼ばれるまでに成長させた。
じゃあ・・・・あれは父を蹴落とすために行われたと言うことなのか?)

俺の中で、何かが音を立てて崩れて行く。
いったい俺は今まで何をして来たのだろう・・・・。
復讐と言う思いに囚われて俺はいったい何を・・・・・。
感謝してもしきれないと思って来た恩人が実は父や家族を追い詰めた真の仇で、娘への愛情を逆手に取られ、追い詰められた男を憎んで、俺はこの世でたった一人の愛する女を最悪の方法で捨てた。
俺は・・・・・俺はいったい何を・・・・。

 

レイチェルの泣き声だけが響くオフィスの中に、突如電話のベルが鳴り響いた。
俺は放心状態のまま反射的に受話器を取った。

「ああ!オスカーさん?私マリア。アンジェのクラスメートのマリアです。大変なの!アンジェが、アンジェが・・・・!!」

受話器の向こうからは酷く取り乱した女の声が聞こえてきた。
電話の主は以前、俺がアンジェリークと初めて会ったカフェテラスで彼女を教えてくれた女生徒だった。
アンジェリークの親友である彼女のただならぬ言葉に、俺は我に返る。

「アンジェ?アンジェがどうかしたのかマリア!」

「アンジェが・・・アンジェが今車に跳ねられて病院に・・・・。あの子ったら最近とても変だったの。なんだか魂の抜け殻みたいになっちゃってて・・・・だから車が来てることに気付かずにあんなことに・・・私どうしたらいいの!オスカーさん!」

俺はこの時あのキャンピングカーから見えたジュリアの白い手が脳裏に浮かんできた。
俺が掴むことが出来なかったあの白い手が・・・・。
そして今、またしても俺はその手を掴むことが出来ないのか。
そう思った途端、俺は走り出していた。
アンジェリークまでもジュリアのように失うことは出来ない。

 

俺はどうしようもないくらいの愚か者だ。
自分の馬鹿さ加減に嫌気が差してくる。
俺にとってアンジェリークはこの世でたった一人の愛する人だったのに・・・・。
復讐などと言う愚かな行為に囚われ、すべてを見失い、そしてまたしても俺は大切なものを失ってしまうのか。
病院に急いで向かいながら、俺は心の中で叫んでいた。
アンジェリーク、死なないでくれと・・・・・。
教えられて駆け付けた病院の一室に傷ついたアンジェリークが横たわっていた。
その華奢な全身を痛々しいくらい包帯に包み、体のあちこちにチューブが繋がっている。
ベットの脇にある心電図の波形が唯一彼女がまだ生きていることを俺に伝えている。
彼女のその姿を目にした俺は衝撃を隠しきれなかった。
俺がここまで彼女を追い詰めたのだ。
彼女をこんな姿にしてしまったのは俺なのだ。
もし、このまま彼女をを失うことになったとしたら俺はどうすればいいのだろう。
復讐などと言う愚かな感情に囚われつづけ、本当のことを見失っていた俺に対するこれが罰なのだろうか・・・・。
だが彼女だけは、アンジェリークだけは助けなければ・・・。
病室のベットに横たわる彼女の脇で、俺はいつしか彼女の手を握り締めていた。
祈る思いで彼女を見つめる。
病室の中では規則正しい心電図の音と、人工呼吸器の音だけが響いている。
俺はその音に徐々にたまらない気持ちになり、彼女にいつしか語りかけていた。
死なないでくれ・・・・俺を置いていかないでくれと・・・・。
いつしか俺の頬に涙が伝い、その雫が俺が握り締める彼女の手の甲を濡らしていった。
後悔と言う涙が彼女の上に落ちる・・・・・。

 

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