花葬
空には暗雲が垂れこめ、激しい風と共に痛いくらい強い雨が降り付け、時折まるで生き物のように黒い雲をわたって稲妻が走る嵐の夜。
丘の上に立つ古い屋敷の園庭に、叫ぶような男の嗚咽が響いた。
園庭には、この激しい雷雨に打たれながら一人の男が女を抱きしめ泣いていた。
男はまるで炎を思わせるような真っ赤な髪をしている。
方や、男に抱かれている女はその体をぐったりとさせ、その美しい顔は蒼白だ。
男は狂ったように彼女をかき抱く。「アンジェどうして、どうしてなんだ。アンジェリーク返事をしてくれ。」
男の悲痛な叫びは、彼女に届くことはなかった。
彼女はたった今、この古い屋敷の最上階の窓からとび降りたのだから。
彼女の名はアンジェリーク、金の髪に大きなまるで翡翠のように美しい緑の瞳が魅力的だったこの屋敷の女主人。
そしてこの男こそ、アンジェリークの夫この屋敷の主オスカーだった。
オスカーは悲しみの涙にくれながら、彼女の遺体を抱きしめそして彼女を抱きあげて彼女を屋敷の中に運びれた。
途中、園庭からホールに上がるテラスに女が一人胸をナイフで刺されて死んでいた。
それをオスカーはにくにくしげにその女の死体を見おろすと、彼女を足で蹴り飛ばして道を広げた。「こんな女のせいで俺のアンジェが死ぬなんて……。」
怒りに声を震わせながらオスカーは吐き捨てた。
オスカーとアンジェリークが結婚したのは今から2年前の春だった。
春のやわらかな日差しの中で、純白のウェディングドレスに身を包むアンジェリークはまるで天使のように美しかった。
彼女は当時18歳で、人生でいちばん輝いているときだった。
オスカーは美しく、愛らしい彼女を心から愛していた。
この地方を統べるオスカーは、女好きで有名だったが女におぼれることはなく、すべては割り切った大人の関係であることが多かった。
その彼が、町はずれにやってきた商人の娘アンジェリークに出会ったときより激しい恋に落ちてしまったのだ。
それからは猛烈なオスカーのアタックに、まだ恋の何たるかも知らないアンジェリークは、すっかりオスカーに夢中になりそして二人は結婚したのだった。そんな二人の幸せな生活に影を落としていったのはいつだっただろうか。
以前からオスカーに思いをよせ、そしてアンジェリークが現れるまでオスカーとの関係が続いていた、街で1番の富豪の娘イザベラがアンジェリークの前に現われてからだろう。
オスカーはイザベラとの関係をただの遊びだとしてアンジェリークに真の愛を捧げている。
イザベラは、オスカーとの関係を遊びのようなふりをしていただけで、実のところオスカーに真剣に恋していたのだった。
それゆえにイザベラはアンジェリークが気にいらず、オスカーにはわからないようにアンジェリークに対する嫌がらせを始めたのだった。
あたかもオスカーが自分と今だ密かにつきあっているのだということを暗示させるようなものを送りつけたり、したりした。
そのためにアンジェリークは次第に不安になり、疑心暗鬼へと落ちていったのだ。
そんなイザベラとの闘争も、ここにきて頂点に達してしまった。
イザベラは、いっこうにオスカーと別れる様子もないアンジェリークに業を煮やし、直接アンジェリークに迫ったのだ。
イザベラの片手にナイフが握られ、オスカーと別れろと脅しをかけてきた。
アンジェリークにとってオスカーはもうすでに自分の一部でなくてはならない存在になっていた。
それゆえにオスカーと別れることなど考えにも及ばなかった。
アンジェリークの意思は固い。
それを感じ取ったイザベラは、負の感情を爆発させアンジェリークに襲いかかった。「オスカー様を返せ!」
「キャー!」もみ合ううちにイザベラの振りかざすナイフは、いつの間にかイザベラの胸に深々と突き刺さったのだった。
「ハッ!イ・イヤー!」
アンジェリークの手がイザベラの血で真っ赤に染まった。
床に倒れ込むイザベラをアンジェリークは呆然と見つめ、次第に恐ろしさでガタガタ震えだした。
しばらくふるえていたアンジェリークは突然ふらふらと立ち上がり、何かにとりつかれたように屋敷の最上階のバルコニーへと向かったのだった。
こんな嵐の夜、オスカーは街に視察に出ていた。
最近街では小さなイザコザが多発していて、オスカーはそれを納めに出かけたのだった。
だが嵐が強まり、一人屋敷に残したアンジェリークが心配になり慌てて引返してきたのだ。
今日は屋敷の奉公人もすべて暇を出していた。
明日からアンジェリークと二人きりで、海にほど近いオスカーのいとこの屋敷に出かけるためだった。
最近、アンジェリークは何か思い悩んでいるようでふさぎがちだった。
オスカーがどんな言ってもアンジェリークが悩みをうち開けようとはしなかった。
そのため、オスカーは気分転換も兼ねてアンジェリークとともに短い旅行を計画したのだった。
オスカーが屋敷の敷地に入ると、大きな雷鳴と共に黒々とした屋敷を稲妻が照らしだした。
そしてその光りのなかオスカーは信じられない光景を目にしたのだった。
それは今まさに、屋敷の最上階のバルコニーから飛び降りようとするアンジェリークの姿だったのだ。「アンジェリーク!」
オスカーの声が雨と風の中響き渡る。
その声にはじかれるようにうつろな表情のアンジェリークが、オスカーを見下ろす。「オスカーごめんなさい…私…私もう生きて行けない。」
アンジェリークの言葉は雨と風に消されてオスカーには届かなかった。
「やめろアンジェリーク!アンジェリーク!やめてくれー!」
オスカーの悲鳴にも似た叫び声の中、アンジェリークの体は宙を舞った。
「アンジェリーク!」
地面に叩きつけられたアンジェリークはまだ少し息があった。
「アンジェ!アンジェしっかりしろ、どうして…どうしてこんなことを…。」
オスカーはアンジェリークの体を抱き寄せむせび泣いた。
「私…私イザベラを殺してしまった…。ごめんなさい。オスカーあなたを愛していたのだからごめんなさい…。」
アンジェリークは蚊の泣くような小さな声でそう告げると息を引き取った。