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ランディは、この数週間で屋敷が全く変わってしまったことに驚きを隠せなかった。
奉公人のほとんどがこの休暇に解雇され、今この屋敷に残されたのは、自分と妻のコレットだけだ。
主のオスカーは、必要最低限の居住空間のみを使用するといって、屋敷のほとんどの部屋を閉じてしまった。
今使用されているのは、オスカーの部屋とアンジェリークの部屋と食堂と書斎と玄関ホール、台所、バスルーム、トイレといった部屋ぐらいだ。
ランディは前は住み込みで働いていたが、今では通いにさせられている。コレットも同じだ。
いったいオスカー夫妻に何があったのかランディにはさっぱりわからなかった。「ランディ。」
オスカーの声にランディの振り向いた。
「なんでしょうかお館様。」
「おまえに申し渡しておくことがある。」オスカーの声は何か空恐ろしさがあった。
「アンジェリークは病気になった。なるべく人にあわせたない。だから私の許可なくアンジェの部屋に入ってはならぬ。」
「はい、わかりました。」ランディはオスカーのただならぬ雰囲気に思わず唾を飲み込んだ。
ここ数日でオスカーはまるで別人のようになってしまった。
以前は、どちらかといえば気さくな性格で、ジョークを言って笑わせたりするのが好きな人だったのに、最近のオスカーはどこか人を拒絶するというか何か恐ろしささえ感じられるようだった。
「アンジェ、気分はどうだい?」
オスカーはうつろな眼のままのアンジェリークをベッドから起こして、優しく額にキスをした。
コレットに用意させたお湯を張った洗面器に、柔らかな布を浸して堅く絞ると、それでアンジェリークの体を拭き清めた。
愛しげに体のすみずみまでオスカーは拭いたが、その間もアンジェリークのその表情には何の変化もなかった。
愛を交わしても、話しかけてもアンジェリークの表情は変わらない。
まるでお人形のようだ。
それでもオスカーは彼女が生きているだけで幸せだった。
そして今のオスカーは、ほとんどアンジェリークの部屋にいて表にはあまり出てこない。
アンジェリークの一切の世話をして、誰の目にもアンジェリークを触れさせることがなかった。
「ねえ、ランディ。アンジェリーク様って生きていらっしゃるのよね?」
妻の問いかけにランディは焦る。
「何を言うんだ…それともおまえ見たのか?」
「ううん。オスカー様が奥様を一度もお部屋からお出しにならないから、本当に生きてらっしゃるのかと……。」
「バカなこと…。とにかく、変な気を起こすなよ。オスカー様は奥様を誰の目にも触れさせたくないみたいだからな。」コレットの好奇心を諌めながらも、ランディの心は落ち着かなかった。
ランディ自身も、オスカーの豹変振りと、あの休暇以来見かけることも無くなってしまった美しく、やさしい女主人のことをだんだん不審に思っていたのだった。
本当に奥様は生きているのか。
ランディはそんな疑問を抱きつつも、オスカーに対する忠誠心でその疑問を押さえこんでいった。
満月の夜になると決まってランディとコレットは、早く家路についた。この日ばかりは、なぜかオスカーが二人に仕事を早く切り上げさせていたからだ。
二人はどうしてオスカーが、満月の夜に夫婦二人きりになりたがるのかわからなかったが、主人のいうことに口をはさむ気はもうとうなかったので、言われるがまま二人は家に帰っていたのだった。「ほう!今夜はこの女か?」
クラヴィスが顎にその細りと長い指をやって、ゾクリとするほど妖艶な微笑みで、目の前にいる猿轡をはめられた恐怖に打ち震える娼婦に笑いかけた。
「身なりは卑しいが、魂はどんな者でも美しい。」
何か陶酔するようにクラヴィスはつぶやく。
女は涙を流し、必死に首を横に振り続ける。
オスカーは、そんな女を冷やかに見つめ傍のナイフを握りしめた。「お前に恨みはないが、妻のためにおまえには死んでもらおう。」
オスカーの瞳が怪しく光る。
女はさらに激しく頭を振ったが、オスカーのナイフが止まることはなかった。「ヴ〜〜〜!」
曇った叫び声とともに女はぐったりとして息絶えた。
女の傍へクラヴィスは近寄ると、右手をかざし女の体から青白い光の玉をとりだした。「美しい。魂の輝きに勝るものはない。」
ひとしきり命の炎に見とれていたクラヴィスは、おもむろに光の玉を飲み干した。
「では、また満月の晩に。」
契約はこうして更新された。
またアンジェリークを自分の元にとどめておくことができる。
オスカーは安堵のため息をついた。