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オスカーはこの日屋敷まで徒歩で帰るようだ。
アンジェリークはその幸運に感謝しながら少し離れてこそこそとオスカーのあとをつけた。「あらオスカー様、今お帰りですか?」
「やあリンダ。今日もまたきれいだな。君のその美しい瞳を見ると俺の疲れも吹っ飛ぶよ。」
「まあ!お上手ね。」道すがらすれ違う女性がいる度に、オスカーはこのような言葉をかけていた。
アンジェリークは自分には一度たりとも言われたことない言葉だっただけに少々ショックを受けていた。そして甘い言葉を特に掛けている女性のタイプがやはり美人でスタイルのいい大人の女性だったことも彼女の心を沈ませていた。
やっとオスカーは屋敷の玄関にたどりつき、玄関に入ろうとして立ちどまった。
こっそりつけていたアンジェリークはとっさに近くの木に身を隠した。「おい!お嬢ちゃん一体どういうつもりなんだ?」
オスカーは振り向くと、アンジェリークの隠れていた木の方をにらみつけた。
(ばれてる?!)
「いい加減にしたらどうだ!もうストーカーまがいことはよせよ。仮にも君は女王候補なんだから。」怒り浸透のオスカーの前にアンジェリークはおずおずとその姿を現わした。
はっきり言ってこれほど目立つカッコウはなかった。
オスカーはめまいを感じて額に手をやった。「ごめんなさい。オスカー様。」
しょぼくれるアンジェリークにオスカーは溜息をつく。
「お嬢ちゃんにはまだ俺の相手は勤まらないぜ。そうだなあ、後もう2,3年したらちょっとはいい女になれるかもな。だから恋愛ごっこはランディやゼフェルたちぐらいの男とするんだな。」
そう言ってアンジェリークの頭を指先で突いた。
うつむいてたアンジェリークの顔が、それですこし持ちあがり、大きな緑の瞳から大粒の涙がこぼれおちるのが見えた。
オスカーはその涙になんだか胸が締めつけられた。「ごめんなさい。オスカー様、私、私…。」
言葉にならず嗚咽するアンジェリークはオスカーが思わず差し出した手に気付くことなくきびすを返して寮に向かって走り出した。
差し出した手が行き場を失って宙に浮いたまま、オスカーは何かしらばつの悪い気持ちでその手を握りしめて引っ込めた。「何なんだ。おれが悪いのか?」
自問してからオスカーはその考えを振り払おうとして、大股で屋敷の中へとはいっていった。
それからアンジェリークはオスカーの執務室に現れることがなくなった。
やっとあきらめてくれたのだと思ってオスカーは少々ほっとした気持ちになった。
だがアンジェリークの姿を執務室以外でもオスカーは目にすることがなくなっていた。
そうなってくると少々不安になる。
こっぴどく振ったことでアンジェリークが自暴自棄になってしまったのかと思ったのだ。
オスカーはジュリアスの部屋を訪れたとき思い切って尋ねてみた。「ジュリアス様。最近アンジェリークを見かけましたか?」
ジュリアスはちらりとオスカーの顔を覗くとまた元の書類に目線を落とし、
「気になるのか?」
と逆に問いかけてきた。
オスカーはびっくりしたような表情で、「そんなことはありませんが、最近どこでも見かけないので…。」
と言い澱んだ。
オスカーの様子にジュリアスは鼻で笑うと、「あの者はいつも笑顔振り蒔いておる。おまえがやってくる少し前までこの部屋にやって来て育成を頼んでいったぞ。」
と答えた。
その答えにオスカーはなんだか心配していた自分がばからしく思えた。
アンジェリークは以前と変わらず明るく過ごしていたのだ。「それならよいのです。」
オスカーの少々腹立だしげに聞こえる声にジュリアスはまた笑った。
「おまえはあの娘をこっぴどく振ったそうではないか?」
「あっ、はい。余りにしつこかったのでつい。我ながら大人げなかったと思っています。」少々自嘲ぎみに笑うオスカーにジュリアスは謎の微笑みをたたえた。
「あの娘はいい。私は気に入っているぞ。」
意外な言葉にオスカーは目を丸くした。
ジュリアスの好みがあのような子供だったとは意外だった。
オスカーは苦笑しながらただ、そうですか。とだけ言ってジュリアスの部屋を退出した。
部屋を出たところで意外な人物とオスカーは遭遇した。
「これはこれは、クラヴィス様。どうされました?」
いつもは自室から一歩も出ない闇の守護聖が廊下にいたことも意外だったが、めったに表情を表さない男がそのとき微笑んでいたことがオスカーをさらに驚かせた。
「オスカーか…。」
クラヴィスはオスカーのほうに向き直るといつもの無表情に戻っていた。
「何か良いことでもありましたか?」
オスカーは思わず問正してしまった。
「フフフ。あの娘は良い。私は久しぶりに心が踊るぞ。」
クラヴィスはまたもや微笑んだ。
オスカーの背中が思わずぞっとした。「あの娘とは?」
「アンジェリークだ。」クラヴィスがアンジェリークを?
オスカーはパニック状態だった。
クラヴィスとジュリアス。
まったく性格も好みも違う二大守護聖がそろいもそろってアンジェリークを好ましく思っているとは思いもよらないことだった。
少々ショックを隠しきれないオスカーは、挨拶もそこそこに自分の執務室へと向かった。