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なんだか信じられないことを聞いてしまって、オスカーはなかなか執務に没頭出来なかった。
イライラしてペンを放り出すと、椅子にもたれて天井を見上げた。

「いったいどうしたって言うんだ?」

一人つぶやくと、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「はぁ〜い!オスカーいる?」

明るい声で入ってきたのは夢の守護聖オリヴィエだった。
オスカーは思わず苦笑してしまった。

「あら、何?あたしが来たら迷惑?」

眉を吊り上げてオリヴィエはオスカーに詰めよった。
オスカーは笑いながら首を横に振った。

「いや、埒も無いことを考えて少々滅入っていたんだ。おまえの顔を見たら、バカらしくなっただけさ。」

オスカーは自嘲気味に口の端を片方だけあげて微笑んだ。

「あら、いったい何を考えていたっていうのさ。言ってごらんよ。」

興味深々な瞳を向けられてオスカーは降参したように肩をヒョコンと上げた。

「たいしたことじゃないんだ。ジュリアス様とクラヴィス様がアンジェリークをお気入りなんだそうだ。ちょっと驚くだろう?」

オスカーの言葉にオリヴィエはあからさまに呆れた表情をした。

「あんた何言ってんの?そんなこと有名よ!それにあの二人だけじゃないわよ。リュミちゃんなんて、部屋にデカデカとアンジェの肖像画を自慢げに飾っているしさあ。ランディ・ゼフェル・マルセル、お子様達に至ってはもう毎日の様にプレゼント攻勢よ!ルヴァにしたってアンジェのために読みやすい本をせっせと寮に届けてるって言うし、かく言う私ももうあの天使ちゃんにはメロメロよん!」

オリヴィエの話はオスカーにはにわかには信じられないことだった。
なんだかわけがわからなくなってオスカーは、ほうけた顔で椅子に座っていた。

「あのお嬢ちゃんに守護聖全員がメロメロだとぉ?」
「そうよぉ!アンジェリークの魅力に私たち全員がメロメロなのよ。あんただけさ、あの子に冷たいのは!」
「………。」

押し黙るオスカーをオリヴィエはじっと見つめて鼻で笑った。

「まあ、あんたにあの子の魅力はわからないみたいね。」
「おい!お嬢ちゃんのどこにそんな魅力を感じるんだ?」

オスカーは自分だけがわからないアンジェリークという存在に急激に興味を持ち始めた。

「教えてやるのは癪だけどまあいいわ。アンジェリークは真っ白なのよ。私の色にも、ジュリアスの色にも、ルヴァの色にも染められる。あの明るさもいいところだけれど、これからきっと彼女を手に入れた男の色に染まって素敵なレディーになるわね。あの子は。」

なんだかうっとりするような調子でオリヴィエは語った。

「さしずめあたしならあの子を美しい色に染めてみたいわね。ちょっとしたマイ・フィア・レディーといったところかしらね。」

そう言われてオスカーは想像をめぐらした。
自分の色に染まったアンジェリークはもしかしたらひどく魅力的な女性かもしれなかった。
と思った瞬間、ハッと我に返り頭をブンブンと激しく振った。

「いかん、いかん。」

オスカーは危うくオリヴィエの洗脳にかかってしまったと思って呟いた。

「あら、何想像しちゃったのさ。とにかくこれ以上ライバルが増えるのは歓迎できないわ。オスカー、アンジェにほれちゃだめよ。」

オリヴィエはそう言って人差し指を向けてピッピと振った。
そして何のようでやってきたのかすっかり忘れて、オスカーの部屋を出ていった。

 

オリヴィエに言われてからオスカーはアンジェリークが気になって気になってしょうがなかったが、一向にアンジェリークは執務室のドアを叩くことはなかった。
そして育成のお願いにもやってこない。
こうなるとオスカーもいらだちを隠せなかった。

「育成をしないなんて女王候補に守護聖としてちょっと意見を言ってやらなくちゃな。」

そんな理由をつけてオスカーはアンジェリークを捕まえるために女王候補寮を訪ねたのだった。
寮の入り口で寮母にアンジェリークが在室かどうかを訪ねた。

「アンジェリーク様ですか?確かおられると思いますが、はっきりとはわかりかねますね。私も忙しかったものですから。」

彼女はそう言ってまた忙しそうに何やら仕事を再開させた。
とにかくアンジェリークに会うまでは戻るつもりはなかったオスカーは、二階のアンジェリークの部屋へと上がっていった。
ちょっと部屋の前に立つとオスカーは、胸に高鳴りを覚えた。
そんな自分に驚きながらオスカーはドアを二度ノックした。

「どなた。」

アンジェリークは在室していた。
オスカーはせきばらいをひとつして、

「おれだ。オスカーだよお嬢ちゃん。」

と言った。
だがドアは開かれなかった。
怪訝な表情になったオスカーはもう一度ドアをノックした。

「門前払いかい?お嬢ちゃん。」
「ちがいます。オスカー様。でもまだ私あなたにお会いする勇気がありません。お願いです、今日は帰ってもらえませんか。」

アンジェリークの震える声でオスカーは彼女に負わせた傷の深さを思い知った。

「すまなかった。君がそこまで傷付いていたとは知らなかったよ。でも君は女王候補だ。もうそろそろ俺の炎のサクリアがエリューシオンには必要だろう。育成を頼みに来ないのはどうかと思うぞ。俺は待っているから育成を頼みには来いよ。」

それだけ言うとオスカーは寮を後にした。

 

それからオスカーはアンジェリークが育成を頼みに来るのを今か今かと心待ちにするようになった。
だがアンジェリークはそれからもなかなかオスカーの前に現れることはなかった。
オスカーのいらだちは募ったが、彼女をそこまでを追い込んだのも自分であるのでただひたすらアンジェリークが執務室のドアを開けるの待っていた。
そしてとうとうその日はやってきた。

 

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