オフィスラブ

「だめです。部長、こんなところで誰かに見つかったらどうするですか?」

給湯室で秘書課のアンジェリークは社内では恋愛禁止のこの会社にあって、今、自分を後から抱きしめ首筋に顔を埋める恋人の営業部長オスカーをたしなめた。

「お嬢ちゃんのそんな姿を見ていたらもう我慢できない。早くどこか人気のないところに行きたいな。」

まったくこりる様子も無くその手をアンジェリークの体の線にはわせるオスカーに、アンジェリークは思いっきりその手をたたいてくるりと振り向くと、たたかれた手をさすりながら自分を見つめるオスカーのにらみつけた。

「お利口さんにしないと、今日部屋にいってあげませんよ。」

アンジェリークはそう言ってニッコリと微笑んだ。

「そりゃないぜ、お嬢ちゃん。」

しょんぼりとするオスカーにアンジェリークはにこにこ笑って、オスカーの鼻さきを突くと、

「だから、お楽しみは、あ・と・で。」

といって身をひるがえすように給湯室を出ていった。
オスカーはその後ろ姿を嬉しそうに見つめながら、

「もう!たまらん!」

といってニヤニヤしたのだった。

 

アンジェリークはため息をつく。
彼女の目下の悩みは、このどこでも欲情してしまう恋人だった。
彼はとても優しいし、仕事ができてエリートだし、誰もが振り返るくらいの美男子で、自分のことこの上なく愛してくれる最高の恋人だ。
しかし、その彼の唯一の欠点が、盛りのついた雄猫のようにどこにいてもアンジェリークに迫ってくることなのだ。
デートの最中でも、彼のマンションでも、海辺でも、公園でも隙を見つけるとどこででもだ。
でも、プライベートで盛りがついていても、ちょっと恥ずかしいだけでアンジェリークはそれはそれで嬉しいものだったが、オフィスだけは別だ。
仕事場でそんなことが明るみに出れば、自分の立場よりもオスカーの立場が危うくなるかもしれない。
オスカーは営業部のやり手の部長だ。
あの若さで営業部一の営業成績でその地位を確立した男だ。
口のうまさは定評があるし、仕事に関していえばまじめで誠実な男だった。
そんなすばらしい人が、なぜ恋人にあれほど執着してしまうのかは謎だったが。
とにかく、あの迫り性を何とかしなくては明るいオフィスライフなど望めない。
アンジェリークはそれを考えると頭を抱えるしか手が無かった。

 

オスカーがアンジェリークと知り合ったのは、彼女が入社して間もない頃だった。
彼女は会長付きの秘書で、若い女会長のお気に入りだ。
会長のロザリアは、アンジェリークをなかなか放してくれない。
時には日曜であっても彼女を呼びつけるほどだ。
そんなある日、日曜出勤でオフィスに詰めていたオスカーにこれまた会長のお供で出勤していたアンジェリークが、一人で書類を片づけているオスカーに気を聞かせてハーブティーを出してくれたのだ。
それは疲れをいやすカモミールティーでオスカーは心がなごみ、アンジェリークという存在をその記憶にしっかり焼き付けたのだ。
それからは、もう気になって気になってしょうがなかった。
彼女を口説き落とそうと、それはもう、できる努力は出来る限りすべてやった。
もともとオスカーは、プレイボーイの名をほしいままにしていたので自信はあったが、彼女の前ではその技も、駆け引きもあまり功を奏せず、最後はもうそのままの自分をさらけ出してぶつかってやっと手に入れたのだった。

「もう最初から、そのままのあなただったらすぐ好きになったのにね。」

アンジェリークに、付き合い出してからそう言われて、オスカーは苦笑したものだ。
オスカーはアンジェリークの前でなら、自分のままでいられる。
そのことはオスカーが、アンジェリークにのめりこむには十分すぎるほどの理由なのだ。
これほど愛している女は、この先、絶対現れないとオスカーは断言できた。
だから、いつ、どこででもオスカーは彼女を手放せないのだ。
ちょっとでも姿が見えないと無性に寂しくで不安になってしまうし、目の前にいれば離れたくなくて彼女にからまってしまうのだ。
自分でも情けないくらい参っていると思っていたが、その参り具合も自分はものすごく心地がよかったのだ。