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「部長、会長がなんか海外に旅行に行くらしいですよ。」

部下のランディが何とはなしに世間話のひとつとしていった言葉が、オスカーを天国から地獄に突き落としたとはまったく気がついていなかった。
オスカーの頭の中では今言われた言葉がどういう意味があるのかぐるぐると回転し始めていた。
会長は海外旅行に出る。
それは別に問題ではないが、その旅行に会長はお気に入りの秘書を同行するつもりなのだろうか?
同行するとなれば、アンジェリークは会長とともに海外に行ってしまう。
一時たりとも離ればなれになることなどこれっぽっちも考えられないオスカーは、そんなこと耐えられるものではなかった。
オスカーは不安のために真っ青になってふらふらとデスクから立ちあがった。

「あっ、部長どちらへ…?」
「ちょっと気分が悪い。外の空気を吸ってくる。」

ランディの言葉もどこか上の空でオスカーは答え、廊下に向かってよろよろと進んだ。
営業部の全員が頭の上に?マークを飛ばしていたことは間違いなかった。

 

廊下に出たオスカーは急に我に帰るように目の焦点があい走り出した。
廊下の突き当たりでアンジェリークを見かけたのだ。

「リモージュ君!!」

アンジェリークに声をかけたオスカーは、振り返ってきょとんとしているアンジェリークの手を強引に引っ張って、廊下のわきにあった会議室に入り込んだ。
今は使用されていなかった会議室のなかでオスカーはアンジェリークに向き直った。

「お嬢ちゃん。会長が海外旅行にいくっていうのは本当か?」
「まあ、オスカーそれをどうして?」
「そんなことはどうでもいいんだ。本当の話か?」
「何をそんなにあせっているのか知らないけれど本当よ。」

アンジェリークの言葉にオスカーの目の前が真っ暗になった。

「そ・それで君は会長といっしょに行くのか?」

オスカーの言葉にアンジェリークは、オスカーがいったい何を心配しているのかがわかってくすくすと笑った。

「行かないわよ。オスカーったらいったい何を心配しているの?会長の旅行はあくまでもプライベートで、私はその間社長付の秘書をすることになってるのよ。」

アンジェリークの話でオスカーは一瞬だけほっとしたが、すぐに話の後半にあった社長秘書という言葉にひっかかった。

「社長秘書?ジュリアス社長の秘書をするのか?」
「ええ、そうよ。会長が留守の間社長がぜひっておっしゃって。社長秘書だなんて緊張しちゃうわ。」

なんだか頬を染めて嬉しそうに語るアンジェリークに、オスカーは不安をかき立てられた。
社長秘書ともなれば、1日中社長に付き添って行動する。
社長室で二人きりになることも…。
会長は女だから安心していられたが、社長ともなれば話は別だ。
アンジェリークにメロメロなオスカーの頭の中では、社長と秘書という言葉の響きだけでも、いかがわしい想像であふれ返り、ジュリアスに組みしかれるアンジェリークを考えただけで嫉妬で失神しそうだ。
何やら変なことを考えていそうだと感じたアンジェリークは、妄想の世界で顔が赤くなったり、青くなったりしているオスカーの鼻をキュッとつまんで自分に注意を向けさせた。

「何考えてるのオスカー!!また変な妄想にとらわれているでしょう!しっかりしてよ、お仕事しっかりやらないともうキスしてあげないからね!」

アンジェリークがにらみながらオスカーを脅すと、オスカーはうろたえた。

「そんな!俺は心配なんだお嬢ちゃん。社長は男だからその…なんだ…。とにかくおれは心配なんだ。」

アンジェリークは大きく溜息をついてから、オスカーのしょんぼりとした顔にそっと手を添えると、

「バカね。私が愛してるのはあなただけなのに。私がこんなに好きな気持ちわからないかしら。」

といってそっとオスカーに口づけた。
優しいくちづけにオスカーはアンジェリークをしっかり抱きしめた。

「アンジェ愛してる。君だけを俺のすべてをかけて愛している。」

そして深く、激しくくちづけを交わした。

 

その日からオスカーは、仕事の暇を見つけては社長室のドアに耳を当てる日々が続いた。
まあ社長室が会社の構造上の理由で人目につきにくい場所にあることが幸いして、オスカーのこの奇妙な行動を人に見とがめられることはなかった。

 

そんなある日、またもや仕事抜け出したオスカーが社長室のドアに耳を当てると、なかから声が聞こえてきた。

「ああ、いいぞ。なかなか君はうまいな。」
「おほめにあずかりまして嬉しいですわ社長。」
「うっ!そこ!そこが気持ちいい。もっと強くやってくれ。」
「はい。こうですか?」
「うむ、なかなかいい。」

オスカーの顔面は蒼白となり、わなわなと肩が震えだした。
一体この密室で何が行われているのか。
想像するだに恐ろしい。

「うっ、いい!うっうっうっ。」

もう我慢できない!
オスカーは決意を固めると社長室に押し入った。

「社長!!」

大きな声でドアをあけて中に入ったオスカーの目の前には、大きく目を見開いて驚くジュリアスとアンジェリークの姿があった。
社長用の肘掛椅子に腰かけたジュリアスの背後からアンジェリークがジュリアスの肩に手を当ててもんでいる。

「オスカー一体何ごとか?」

怪訝な顔で問いかけるジュリアスに、オスカーの頭の中は真っ白になってしまった。
呆然と立ち尽くすオスカーを見てアンジェリークは、またオスカーが妄想を爆発させたことを悟って溜息をついた。

「社長。失礼いたしました。」

オスカーは深々と頭を下げると急いで身を反転させて社長室を出ていった。

「いったいどうしたというのだオスカーは?」

しきりに首をかしげるジュリアスに、アンジェリークはひきつった笑いを浮かべるしかなかった。

 

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