ラプンツェルの塔
「殿下!殿下!ちょっとお待ち下さい!!」
「遅いぞ!エルンスト!このままでは日が暮れる!」
従者のエルンストは肩で息をしながら、前方で茂みを剣でなぎ払いながらも進む速度が落ちることなく森を行くこの国エリューシオンの王子オスカーに追いつこうと慌てていた。
「殿下!大体殿下がいけないんですよ。こんな森に入って近道をしようなどと仰るから!」
一向に追いつけない苛立ちと、いつもいつも思ったことを即実行したがる年若い王子への不満をこめてエルンストがついつい毒づいた。
「エルンスト!いいかげんに泣き言は止せ。そんなことを言っても今のこの状況は変わらんぞ!男なら実行あるのみ!行くぞ!」
エルンストの叫びをことさら無視して、オスカーは森をどんどんと進んでいく。
一国の王子であるオスカーが、何故に従者一人だけを連れてこのような所をふらついているのかと言えば、近頃やたらとうるさくなってきた結婚話から逃げ出す為だった。
今オスカーは22歳。
俗に言う所のお年頃だ。
もともとオスカーは容姿端麗、文武両道と、まったく王子としても男としても申し分無い男だ。
炎の様に真っ赤な髪に、それとはまったく逆に氷のようなアイスブルーの瞳を持ち、女性なら誰もが振り返る容姿だけではなく、本人はいたって普通と言い張るフェミニストぶりで、国内外の貴婦人から憧れと羨望の的となっている。
流した浮名も数えるのもばかばかしいほどのモテ振りだ。
だが本気と思えるような恋をしたことが無く、いつもその恋は長くは続かないことが多かった。
彼にとって恋愛は来るものは拒まず、去るものは追わずというその程度のお遊び以外の何物でもなかった。
ましてや結婚なんて考えるのもばかばかしいと思っていたのだ。
そんなオスカーも一国の王子として、いや次期国王としてそろそろ本気でお后選びをしてもいい頃だと、最近やたらと周りが騒がしい。
大臣や、大貴族の者達など、娘を持つものは我先にとオスカーのご機嫌伺いにやってくる。
そこに妹のコレット姫までもが、親友のレイチェル公爵令嬢との仲を取り持とうとしゃしゃり出てきたので、これはもうたまらんとばかりに人生修行の旅に出るといって城を飛び出して来たのだ。
その際に文官のエルンストが、「王子一人、旅にやる訳には参りません。」
と、型まじめなこの男が無理やり従者に名乗り出て付いて来てしまった。
オスカーとしては、このいかにも体力とは縁がなさそうな真面目一本のこの文官を連れて行くのは気が重かったが、父王も王子一人を旅に出すことを許してくれそうも無かったので、しぶしぶ彼の同行を許したのだった。
そんな訳で、旅に出たオスカーだったが、とにかく初めて自由に国を歩き回れると言う嬉しさからか、エルンストにとっては少々無謀とも思えるような悪路でもかまわず突き進むといった行動がやたら多かった。
しばらくして茂みをなぎ払いながら道無き道を突き進むオスカーの耳に、美しい歌声が聞こえてきた。
一瞬空耳かとも疑ったが、森の奥に進むにつれてその歌声はだんだん確かなものになって行く。
このような森の奥で、どうしてそのようなものが聞こえてくるのか不思議に思ったオスカーは、エルンストの懸念も払いのけてその声のする方へと突き進んで行った。
やがて森の茂みが突然開け、オスカーの目の前に巨大な塔がその姿を現した。
蔦がびっしりと絡まる苔むしたその塔の上からその歌声は聞こえてくる。
オスカーがその声のする方へと目を向けると、塔の一番高い所に一つだけ作られたバルコニーにたたずむ美しい娘の姿が目にはいった。
腰に届くほどの長い柔らかな金色の髪が風に吹かれてそよいでいる。
まるで小鳥のさえずりのようなかわいらしく、美しい声で歌うその娘にしばしオスカーは呆然と見とれていた。
いつのまにか追いついたエルンストもその歌声と彼女の美しさに見とれてオスカーの横で立ち尽くしている。
あまりの歌声に二人は彼女が歌い終わるまでただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
そして彼女は歌い終わると、塔の下で魂を奪われた男たちに気付くことなくバルコニーから塔の中へと入ろうとした。「待ってくれ!美しき歌姫よ。」
立ち去る彼女を見てオスカーは思わず声をかけていた。
人がいたことなどまったく知らなかった彼女は、驚いて慌てて塔の下を覗きこんだ。
そしてオスカーは彼女の可憐な面差しにまたもや心を奪われたのだった。「誰?あなたは誰なの?どうしてここにいるの?」
しゃべる彼女の声は歌っている時よりも可愛らしく、まるで鈴を転がしたように耳に心地よいものだった。
オスカーはこの不思議な娘との奇妙な出会いにすっかり心を奪われてもう夢中になっていた。
ましてや彼女は美しい。「俺はオスカー。君こそ誰なんだ?どうしてこんな塔にいるんだ?」
彼女がいる塔以外この地にはなにも見当らない。
彼女がいる塔がたった一つ建っているだけだ。
そしてこの塔には不思議なことに入り口がどこにも見当らなかった。
まるで、そこに彼女を閉じ込めておく鳥かごの様だ。「私はアンジェリーク。私は花嫁になるまでここから出られないの。」
衝撃的な彼女の言葉にオスカーの心は動揺していた。
アンジェリークと名乗った娘は誰かの婚約者なのか。
だが婚約者を塔に閉じ込めるような男の花嫁に彼女はなると言うのか。
突如オスカーの中に彼女を助け出し、自分のものにしたいという欲望が芽生えていた。
オスカーにとってはこれは初めて経験する強い恋の欲望だったのだ。