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「おい!アンジェ。変な奴がまた来ても耳傾けんじゃねぇぞ!いいな!」
猫のゼフェルはそう言うと塔の中に有る階段へと続く部屋へと消えて行った。
そしてそう言われたアンジェリークは今、下で起こった出来事に胸の高鳴りを覚えてドキドキが止まらなかったのだった。「リュミエール様?外の世界はこんなにもドキドキすることばかりなのかしら?」
アンジェリークはドキドキする胸を鎮めようと両手で胸を押さえつつ、部屋の奥に向かって話しかけた。
「アンジェ・・・・外の世界にはすばらしいものが多くあります。確かに危険なことも多いでしょうが、それを上回る感動がこの世にはいっぱい溢れているのですよ。」
リュミエールと呼ばれた男はそう行ってアンジェリークに優しく語り掛けた。
リュミエールは水色がかった銀髪を長く垂らし、透き通る水色の瞳を持つ、女とも見まごうばかりの美しさを持つ優しげな人物だ。
だがそんな彼は普通の人間とは言い難いことが一つだけあった。
それは、彼には首から下の体が無いことだった。
今彼は美しい首の無い大理石で出来た彫像の手の部分にその麗しい頭部だけが乗った状態で存在していた。
もともとリュミエールは美しい歌声をもつ普通の人間の吟遊詩人だった。
だがそのことが、大魔術師のルヴァの目に止まり、愛しいアンジェの為だけに歌うカナリヤの役を彼に押し付けてきたのだ。
しかし、アンジェリークのもとに自分以外の男を置いておくことを嫌ったルヴァは彼の頭と体を魔法の力で切断し、歌を歌うことが出来る頭だけを生かしてアンジェリークに贈ったのだった。
その日よりリュミエールは体を持たない生首のまま生きることを強いられているのだ。
彼を贈られた当のアンジェリークは、彼のその姿を見ても気味悪がることも無く、初めて出来た友人に大層喜んだのだった。
まあ彼女はこの塔より1度も出たことが無いのだから、リュミエールのそんな姿にもまったく疑問を持つことは無いのだから悦ぶのは彼女にしたらごく当然のことだったのだが・・・。
とにかく現在リュミエールの存在は、アンジェリークにとっては唯一の安らぎであることは間違い無かった。
そして今、そのアンジェリークは初めて見る外の人間に言い知れぬ興味を持ったようだ。
そのことはアンジェリークにとってはとても良い事の様にリュミエールは思えるのだが、当のリュミエールにとっては寂しさと辛さを与える出来事となったのだ。
アンジェリークはオスカーと言う人になんだかわからない興味と興奮を覚えずにはいられなかった。
オスカーは突然自分の前に現れて、何がなんだかわからず戸惑う自分を外の世界に連れ出そうと言った。
そのまるで光のような炎のような強烈な熱気がアンジェリークの心を揺さぶるのだ。
アンジェリークがこの世で知る人物は、育ての親であり、将来の夫となるルヴァと、その弟子のいつも怒ってばかりいる怖い存在のゼフェルと、どこまでも優しい麗しのリュミエールだけだった。
その人達とはまったく異質な激しいまでのオーラが、アンジェリークには物凄く刺激的に感じられたのだった。
そしてその思いはもう1度オスカーに会って見たいという思いに次第にアンジェリークの心を傾かせて行ったのだ。
番犬ならぬ番猫のゼフェルは塔の下にある地下道を抜けて今、ルヴァの館に来ていた。
今塔であった事を報告する為ゼフェルは人間にその姿を変えるとルヴァの書斎に入ったが、そこで彼のもっとも嫌な人物と遭遇して気分は最悪となった。「なんでお前がここに居るんだ!」
ゼフェルはそう言って主人の机の前に立つ美しい青年に毒づいた。
「フン!僕がどこに居ようがいったい君に何の関係が有るって言うんだい?だいたい僕は君に用があるわけじゃないんだ。僕が用が有るのはルヴァ様だよ。邪魔しないでくれたまえ。」
美しい顔に冷笑を浮かべて青年もやり返す。
「なんだと!セイラン!カラス野郎が生意気言ってっとボコにするぞ!」
「猫ごときにいったいなにが出来るっていうんだい。やれるもんならやって見るがいいさ!」
互いの瞳の間に火花が飛び散る。
その様子にあきれた様にルヴァが口を挟んだ。「やれやれ・・・まったくあなた達と来たら、顔を合わせるといつもこれですねぇ〜。セイラン?あなたクラヴィスから用を言い付かってきたのでしょ?ゼフェルの相手はそれからにしてくださいませんかねぇ〜。」
そう言われてセイランは慌てて我に返る。
「失礼致しました。我が主人クラヴィス様よりルヴァ様に伝言です。」
何やら面白いものを手にいれているそうだな。
歌う生首・・・。興味深い。
ぜひともそれを譲ってもらいたいものだ。
代わりに私が持つ月光を浴びると鳴る竪琴を贈るがどうだ?
良い返事を待っているぞ。「以上が主人からの伝言でございます。出来ましたら返事を頂いて戻りたいと思いますのでよろしく御願い致します。」
セイランはそう言って深深と頭を下げた。
「け!リュミエールの奴が欲しいだって?ほんと悪趣味な奴だなァ〜お前のご主人様はよう!」
ゼフェルが悪態をつくのをルヴァは鋭い視線を送って牽制する。
主人の怒りに触れそうなのを恐れて慌ててゼフェルは口を閉じた。
ゼフェルの口を押さえこむと、ルヴァは一見温和な表情を使いのセイランに向けると、口を開いた。「リュミエールは私の大事な花嫁のものなのですよ。いくらクラヴィスの要望でも応じかねますねぇ〜。済みませんがそうクラヴィスには伝えてくださいませんかねぇ。」
セイランはそう言われてすぐには引き下がらなかった。
「いや、ルヴァ様・・・・。主人は色よい返事を望んでおります。そのような返事を持ち帰ったら僕が主人にしかられます。ぜひともそのリュミエールとかいう生首をお譲りいただけませんか?」
セイランの言葉にルヴァの表情が変わる。
温和なその顔からは厳しい威圧の視線がセイランへと向けられた。
思わずセイランは一歩後ろに下がったくらいその視線は厳しかった。
ゼフェルの方はその主人の表情にもはやパニックを起こしそうなくらい怯えている。「これ以上の返事はありません。クラヴィスにはそう伝えなさい。」
ルヴァの言葉に今度はセイランもおとなしく頷くことしか出来なかった。
そしてセイランはその姿をカラスに変えると逃げるようにルヴァの館を去って行ったのだった。