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「お兄様ったら!お兄様ったら!本当にお兄様ったら!!」
公爵令嬢レイチェルは、自分の傍らでイライラと歩き回りながら、拳をブンブン振り下ろして怒っている王女コレットを溜息混じりに見つめていた。
「王女様?そんなに怒らなくっても良いんじゃない?」
ついついそう言ってしまった自分にレイチェルはすぐ後悔した。
「まあ!レイチェル!これが怒らずに居られる?だってお兄様ったらあなたとの婚約を嫌って飛び出したようなものなのよ!私の親友をこけにするなんて許せるもんですか!」
怒りの矛先を自分に向けられ、レイチェルはまたまた溜息をついた。
親友でもあるこの王女は、どうしても自分のご自慢の兄の花嫁に自分をつかせたいようだ。
だが、レイチェル自身は王妃になりたいとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
それより、彼女が本当に恋慕っている人物はまったく別の人物で、その恋は到底周りの誰も納得させられそうも無い為に、ただただ口に出さないでいただけなのだ。
そんな気持ちが、この世間知らずな王女にはてんで想像もつかないようで、ただご自慢の兄に自分の親友のすばらしさをわからせようと必死なようなのだ。
迷惑なことにそんな強引さはまったくこの兄妹はそっくりだ。
いつもいつも思ったことを即実行したがるこの勝気な王女にレイチェルはいつも振り回されていた。
そしてレイチェルが密かに思いを寄せている人物も、きっと今ごろは王女の兄である王子に振り回されているに違いないとますます彼女の溜息は深くなる一方だった。
そう、レイチェルの片思い中の相手とは何を隠そうあの従者のエルンストなのだ。
彼は一介の家臣の一人、その上身分もそう高くない。
公爵令嬢である自分との身分は天と地ほどの差がある。
王家の縁戚に当たる公爵家と、王家に仕えるただの文官ではいくらレイチェルが望もうと周囲の人々がそれを認めないであろう。
そう思うと、レイチェルはこの親友である王女にさえ、その気持ちを打ち明けられないでいたのだった。
もちろんエルンストにそんなことを言おうものなら、彼のことだから彼女の立場を慮って二度と自分の前にはその姿さえ現すことは無いだろうことが、この聡い令嬢には目に映るようにわかっているので、彼にその思いを伝える気さえも無かったのだが・・・。
そんな悩めるレイチェルの気も知らず、王女コレットはひたすら雲隠れしてしまった兄のオスカーに対する怒りをぶちまけていたのだった。
そのころレイチェルの思い人エルンストは、レイチェルが心配した通り王子の相手で頭を悩ませていた。
「で?エルンスト!魔法使いを倒すにはどうすれば良いんだ?」
オスカーはあの猫の少年の前から敵前逃亡してしまったことがよほど悔しいらしい。
しきりにイライラとあれから休息をする為に入った宿屋の室内をうろうろしている。
エルンストは溜息をつきながら彼を見つめた。「殿下・・・・。殿下はなにもご存知無いのですね。問題はあの少年ではなく、彼の主人のルヴァなんですよ?」
その言葉にオスカーは、いらただしげにエルンストの方に向き直った。
「だからそいつはなんなんだ?」
「ルヴァ・・・彼は恐ろしいほど巨大な魔力を持つ魔術師で、彼の怒りに触れて滅んだ国もあるといわれているほどです。最近では辺境の領主リモージュ伯の義弟とその領地が焼け野原にされたのは有名な話ですよ。」
エルンストは神妙な面持ちで、オスカーにそう言った。
「ふ〜ん。だがそいつをやっつけないと彼女を助けられないって訳なんだろ?」
いったいこの王子は今言った意味を本当にわかっているんだろうか?
エルンストは暖簾に押し手のオスカーの反応に頭が痛い。「殿下!!言って置きますが、彼にあなたではかないませんよ!彼女のことは気の毒ですが、諦めることをお勧めします!」
エルンストのこの忠告にオスカーは声を荒げる。
「いやだ!俺は彼女を絶対手に入れる!そのためにはそのルヴァとか言う奴も、あの糞生意気な猫も必ず倒して見せるぞ!俺は絶対に諦めたりなんかしない!」
王子の闘志は更にヒートアップしたようだ。
もともと彼は自分に降りかかる困難を克服することに大変燃えるタイプだった。
その性格のお陰で、今ではこの王子に剣の腕でかなうものは誰一人としていないし、馬術に関しても彼の右に出るものはいない。
恋においてもしかり・・・・。
彼はライバルがいればいるほど燃える男だった。
そしてほとんどの場合において勝利を収めているのだ。
そう・・・オスカーは大変な努力家だったのだ。
どんな困難も克服できると信じる自信と、それを叶えるだけの努力と鍛錬を怠ることはまったく無い。
その彼が、今アンジェリークと言う彼に言わせると運命の女性とめぐり合ったのだ。
諦めるはずはまったくと言っていいほど無かった。
いまさらながら、エルンストにもそのことがよくわかったようだ。
とうとうエルンストも、オスカーの為に知恵を絞らざる得ない状況になってきた。
エルンストは諦めるようにオスカーに言う。「ルヴァに対応出来る人物はいない訳ではありません。」
「誰だ。」
パッと目を見開いて先を促すオスカーにエルンストは溜息混じりに言葉を続けた。
「でもかなり力を借りるのは困難な人物です・・・・。」
「だから誰だ。」
「隠者と言われるクラヴィス卿です・・・・。」
「???」
「まあ殿下がご存知無いのは仕方ないでしょう。かなりの変わり者で、ここ何年もその姿を見たものはいないそうですから。ただ、その力はルヴァに匹敵すると言われています。」
かなり嫌な相手なのかエルンストの表情は暗い。
だがそんなことにかまうようなオスカーでは無かった。「そいつの所に行こう!」
即座に答えるオスカーにエルンストは渋顔だ。
「殿下・・・・・。ある意味その方の方が嫌な相手かも・・・・。止めませんか?」
「なぜだ。」
「ハァ〜いや・・・・わ・わかりました・・・・あの方ももうお忘れかも知れませんし・・・・。」
なにやら嫌そうなエルンストに疑問を抱きつつオスカーはその隠者に会いに行くことを即座に決めたのだった。