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「ほう、ルヴァは私を敵に回すと申したか・・・・・。」

薄暗い室内で、まるで闇そのものをまとったかのような長髪の男が、口元にかすかに笑みを浮かべてそう言った。

「いや・・・クラヴィス様。歌う生首は花嫁の所有物なので、譲れないと言われたのです・・・・。」

セイランは慌てて取り繕うように言いたした。
だが、この主人はまったくそのことに耳を貸すつもりが無いようだ。
ただただ不敵な笑みをその口元に浮かべ、なにやら思案中だ。
その様子を見つめていたセイランはとっさに嫌な予感を覚えた。

「クラヴィス様!僕は嫌ですからね!」

「うん?まだなにも申してはおらぬぞ?」

片眉を上げて可笑しそうにそう言うクラヴィスにセイランはもうなにもかもお見通しと言った面持ちで答える。

「あなたが考えていることなんて僕にはわかっているんです!僕はルヴァ様の花嫁を口説いたりはしませんからね!」

「なぜだ?幸いお前は女が好みそうな顔だ。ちょっと耳元で、甘い言葉の一つも囁いてやれば簡単だろう?」

やっぱり・・・・・そんな表情がセイランの顔に浮かぶ。

「僕は女のご機嫌を取るなんて真っ平です!ただでさえ人間と関わるのが嫌なのに、うるさい女の相手などしませんからね!」

力のこもったその言葉にクラヴィスはフッと口元をほころばせる。

「だが私もその役は好かぬ・・・・さて誰にその役をやらせるか・・・・。」

クラヴィスはルヴァに対する嫌がらせを考えるのに夢中になったようだ。
こんな時のクラヴィスは本当に楽しそうだとセイランは思い、自分の主人の性格の悪さを苦笑して見つめた。

 

ゼフェルの報告を聞いてルヴァはアンジェリークの元にやってきた。
アンジェリークはその時リュミエールと楽しそうに歌の練習をしていたようだ。
美しくも愛らしい声で、歌う彼女をルヴァは満足そうに眺める。
本当に理想通りの純真な娘に育ったものだ。
世俗の垢にまみれることも無く、どこまでも美しく清らかな自分だけの女。
その美しくも愛らしい大切な彼女に今悪い害虫がたかろうとしている。
ルヴァにとってそのようなことが許せるはずも無かった。

「あっ!ルヴァ様。」

ドアにもたれて立つルヴァに気付いたアンジェリークが、歌うのをやめて彼の方に声をかけた。

「アンジェ。今日もあなたは美しいですね。」

愛しい娘にルヴァはにっこりと微笑みかける。

「ところでアンジェ?今日はあなたに言わなくてはならないことがあります。よろしいですか?」

ルヴァはゆっくりとアンジェリークに近づくと、その愛らしい頬にそっと手を伸ばした。
ルヴァのその行動を不思議そうに目をクリクリさせて彼を見つめるアンジェリークに、ルヴァはそっと口付ける。

「?!」

いったい我が身に何が起こっているのかアンジェリークにはわからないが、傍らで見つめていたリュミエールはとっさにその目を背け顔をしかめた。
戸惑うアンジェリークをルヴァはしっかりと抱きしめ、さらにその口付けを深める。
息が苦しくなってアンジェリークは思わずそのくちずけから逃れようと顔を背けた。

「ル・ルヴァ様?!」

アンジェリークにとって口付けは初めての経験だったし、その意味もよくは知らなかった。
育ての親であるルヴァが、将来の夫になるということは知ってはいるが、その意味ははっきりと言ってよくわかっていなかったのだった。

「アンジェよいですか。あなたは私と結婚するのだと言うことはわかっていますね?」

ルヴァの言葉にアンジェリークはコクコクとうなずく。
それを確認するとルヴァは満足そうに微笑んだ。

「よろしい。ではこれからは私以外の男と今したようなことはしてはいけません。よろしいですね?」

アンジェリークの肩に両手を置いてそうルヴァが言うと、アンジェリークはただただよくわからずに頷き返した。
するとまたルヴァは満足そうに微笑んだ。
アンジェリークの返事に満足したルヴァはそのまま部屋を後にした。
アンジェリークはというと、今起こった出来事にただただ驚いて、頭の中が真っ白になっていた。
今したようなことをルヴァ以外の男とする?
アンジェリークははっきり言って、今されたキスがよいものには思えなかった。
ただ息苦しさを感じただけで、他になんの感慨もその胸には起こらなかったのだ。
いったい誰とこんなことをするというのだろうか?
アンジェリークはルヴァが言いたいことがまったくわからなかった。
とにかくキスは今のところ誰であってももう二度としたいとは思わなかったのだった。

 

その頃オスカーはエルンストの案内で、ルヴァを倒す為にその力を借りにクラヴィス卿の館を目指してひた進んでいた。
クラヴィス卿の館は隠者の名にふさわしく人里離れた山間の谷間に位置するところにあるようだ。
人も通らぬ道無き道をオスカーはただもくもくと進んでいく。
そのあとをヒーヒー言いながらエルンストがついて来ていた。
今オスカーは情熱に燃えていた。
目標を持った彼は誰から見ても凄い男だ。
もともと努力をすることは嫌いじゃないし、そしてそこに立ちふさがる壁が大きいほどその闘志は燃える。
今進むこの険しい道さえも、今のオスカーにはその闘志を燃やす材料になっているだけなのだ。
だからオスカーの表情は限りなく生き生きしていた。
そんな彼に付き合うエルンストはただただこの険しく辛い道のりにうんざりしていたのだが。
そして、目指す館が二人の前にその姿を現し始めたのだった。

 

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