7
「お客様をお連れ致しました。」
セイランはいつもの不遜な態度を微塵も見せずにそう言って、オスカーとエルンストをクラヴィスの私室へと案内してきた。
「あなたがクラヴィス卿か?」
オスカーは暗い室内の奥に、客が入ってきたというのにそんなことにまったく頓着せずゆったりとカウチに寝そべるこの館の主に話しかけた。
「そうだ。で?お前は誰だ。」
大層面倒臭そうに言い放つその態度に、オスカーは少々気分を害したが、そんなことにかまってなどいられない。
「俺はオスカーだ。魔術師ルヴァの魔力に対抗できると噂されるあなたの力を借りたい。」
単刀直入なその言葉に、クラヴィスは目を細めて口の端を上げた。
「ほう。王子ともあろう男が、私の力を借りて何をする。」
「俺に正体を知っていたのか。フン。気に入ったぞクラヴィス卿。俺はルヴァを倒し、奴の花嫁を奪いたい。その為にそなたの力を借りたいのだ。」
オスカーもいつも通りの不敵な笑みを見せてクラヴィスに言い放つ。
オスカーの言葉にクラヴィスとセイランは心の中でほくそえんだ。
だがそんなことは微塵も感じさせないそぶりで嘯いた。「で、その見かえりはなんだ?王子だから力を貸せというだけなら虫がよすぎはしないか?うん?」
本当はクラヴィスの方がオスカーの申し出に飛びつきたかったところなのだが、それを悟られては生首を手に入れる口実が無くなる。
わざと強気なその言葉を受けて、オスカーは頭をひねる。
その横でまるでオスカーの影に隠れるようにエルンストは控えていた。「金が欲しいのか?」
オスカーは何も思い浮かばなかった様でそう言った。
「金など要らぬ。私は誰もが持っているようなものには興味など無いからな。例えば、そなたの目の色は変わっているその目には興味があるな。それからそなたの横でびくついているその男の脳にも興味がある。」
そのクラヴィスの言葉にエルンストが声になら無い声を出してオスカーにすがりついた。
「やっぱり忘れていなかった・・・・殿下!私は嫌です!!まだ死にたくありません!!助けてください!!」
エルンストが嫌がっていたのはこのことか・・・・。
オスカーは頭の中で納得した。「クラヴィス卿。悪いが、俺の目はともかくこいつの頭は渡せない。他では駄目か?」
オスカーのマントにしがみつくエルンストをなだめる様にオスカーは見つめ、クラヴィスに問いかけた。
以前その知能指数の高さに目をつけたクラヴィスに頭の構造を調べさせろと迫られ、以来クラヴィスを避けつづけているエルンストにも多大な興味があったクラヴィスだが、今もっとも興味があるのは歌う生首だ。
それが今猛烈に欲しい。
あまり馬が合うことも無いルヴァが持ってるというだけで、その気持ちは更に強まるクラヴィスだった。
そして、せっかく渡りに船なこの展開を使わない手は無い。
もう十分勿体つけただろうから、こちらの要求もすんなり通ると踏んだクラヴィスは、今思いついたかのように口を開いた。「フム・・・。しかたが無いな。ではこれならどうだ。ルヴァが持っている歌う生首と言うものを奪って来れるか?」
歌う生首・・・・。
その言葉にオスカーは疑問符がたくさん頭に浮かんだが、それならルヴァを倒すことで賄えそうだ。
オスカーは心得たと言う様にうなずいた。
そしてクラヴィスは満足げに笑った。
アンジェリークはリュミエールとのおしゃべりに興じたいと思っていたが、オスカーが現れた日よりずっと、監視役にいつもゼフェルが部屋にいることとなった。
アンジェリークはゼフェルが苦手だ。
猫の姿の時はまだましだったが、人間の姿をしている時は彼の鋭い視線が怖くてゼフェルがまともに見れない。
ゼフェルの方も、アンジェリークが苦手だった。
ゼフェルは女全般が苦手だ。
だからと言って変な趣味の持ち主ではない。
彼はふにゃふにゃと柔らかで、か弱い女と言う生き物の扱いがわからない。
触ればすぐに壊れてしまう・・・そんな気がして怖かった。
触れてみたいと思うことはあるがそれが怖くて出来ない。
その気持ちを隠すためについつい睨んでしまう。
特にアンジェリークはルヴァが純粋培養しただけあって、世の中の女よりもか弱く、柔らかな印象だ。
そしてとても可憐で、可愛らしい。
だがその可憐な笑顔が自分に向けられたことは無い。
リュミエールにはあんなにうれしそうに話しかけているのにだ。
それが更に気に食わずに、よけいに彼女を睨みつけぶっきらぼうに扱っててしまうのだ。
ゼフェルなそんな幼稚な性格を心得ているルヴァは、ゼフェルをアンジェリークのそばに置くことになんの危惧も抱かずにいられる。
それがゼフェルをアンジェリークの監視に据えた理由であることを当のゼフェルは知らなかった。
アンジェリークはルヴァがオスカーが再び現れるのを危惧する訳がよくわからなかった。
オスカーがこの塔から自分を連れ出そうとしていることが気に入らないことはわかっているのだが、でもそれでオスカーとどうすると言うのだろう。
アンジェリークは恋も、愛も、結婚もそれが意味する所がわからない。
人の接触があまりにも少なかったアンジェリークに恋愛なるものがわかるはずも無かった。
好きか嫌いかと言われれば、それくらいはわかる。
でもそれは物に対する好き嫌いとどう違うのか。
オスカーに対する気持ちは好きとか嫌いとかの時限には無かった。
確かに今までと違う刺激的な出来事を起こしてくれる素敵な人物であるけれど。
オスカーがくれた刺激には心ときめくものがあった。
ずっと塔の中で暮らしているアンジェリークにとって、日々は短調で、ちょっこっとの変化がめちゃくちゃ嬉しい。
その変化の強烈なものがオスカーと言う存在なのだ。
アンジェリークにとってオスカーは今は物凄い刺激的な変化をもたらすワクワクの元であるということなのだ。
それ以外まだアンジェリークはオスカーに対する特別な思いを持てないでいたのだった。
でもそのオスカーが気になる存在であることには変わり無いのだ。
変化を求める心がオスカーの来訪をいつしかアンジェリークの心の中で大きな期待感となってあることは否定できなかった。
今アンジェリークはオスカーに会いたいと本気で思っていたのだった。