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オスカーはクラヴィスから渡された剣を一振り試しに振ってみた。
その握りごこちは結構ぴったりとオスカーの腕に馴染んで使い勝手がよさそうだ。
重くもなくそれでいて軽すぎない調度いいくらい。
思わずオスカーの口元がうれしそうに上がる。「なかなかいい剣だ。」
そう感想を述べるとセイランが剣についての説明を始めた。
「その剣は魔法剣です。普通の人間に使った所で、たいした威力の無い普通の剣ですが、こと魔法使いとなると事情が違ってきます。その剣は魔法を食うのです。魔法使いが魔法を発動すると、それを吸収して無効化します。魔法が使えない魔法使いなど、剣士であるあなたの敵ではないでしょ?どうです?」
その説明をオスカーは感心して聞いていた。
そして改めて手にある剣をしげしげと眺めた。「だがこの剣はそなた達にもやばいのではないのか?」
オスカーの問いにセイランは笑った。
「クラヴィス卿は魔法使いなだけではないから別にそのようなものは怖いことなど無い。主人はもともと魔法使いではないのです。もちろん魔法も使いますがね。ふふふ。」
「魔法使いではなかったのか???」
てっきり魔法使いだと思いこんでいたオスカーはその言葉に驚きを隠せなかった。
それを察したエルンストがオスカーにそっと耳打ちをする。「殿下・・・・彼はもっと性質が悪い・・・。クラヴィス卿は呪術師です・・・・。」
呪術師。
呪いを生業とするはっきり言ってこの上なく性格の悪いいや〜な存在。
魔法と言うものは元来自らの中にある気力、を呪文や精神力で練り上げ行う力を指し、呪術はその逆で、相手の気力に外から働きかけその効果を現す力を指している。
ルヴァはその身に宿る、膨大な魔力(気力)を自在に操りその力を発揮している。
そしてクラヴィスは影響を与えたい相手の力を利用してその力を発揮するのだ。
もちろんルヴァほどの魔力の持ち主なら、呪力に対する抵抗力は他の誰よりも強力だが、いかんせクラヴィスはその魔力を無効化する方法にも長けている。
まあ彼はルヴァだけではなく、ほとんどの人間に興味が無い。
そのことが、ルヴァを倒して自分が最強になりたいという欲望に繋がらないだけだ。
だから今回のことも人との関わりのわずらわしさが、自ら動こうとしない理由だった。
彼が万人から忌み嫌われる理由は別に変なものを収集していることばかりではなかったようだ。
オスカーは改めてエルンストが嫌がる訳を理解したのだった。「まあこの剣はありがたく使わせてもらうことにしよう。」
オスカーはそれだけ言うと、口元に不敵な笑みを見せながらも、うやうやしく頭を下げて送りだすセイランを残してクラヴィス卿の館を後にした。
王城にいるコレット姫はもう我慢の限界を感じていた。
兄であるオスカーの帰還ははっきり言って、早まると言うことはなさそうだ。
そして何やらコレットの耳に聞き捨てなら無い噂が届いてきていたのだ。
オスカーが立ち寄ったと思われる宿屋の主人によると、オスカーは運命の女性なるものに出会いその女性を妃に迎えたいと言うようなことを従者であるエルンストに力説していたと言うのだ。
コレットはオスカーが城を出てから各地の宿屋、それもオスカーが立ち寄りそうな宿屋に人を配して、オスカーの行動を逐一報告させていたのだった。
そんな中で得たコレットにとってとんでもないこの情報に、もう彼女の我慢は限界に達してしまったのだった。「レイチェル以外の女にお兄様を渡す訳にはいかないわ!!」
コレットはオスカーの後を追う決意を固めた。
「ねえ王女様・・・・。止めましょうよ。」
オスカーが泊ったというその宿屋に向けて馬車を走らせる車中の中で、無理やり同行させられたレイチェルが呆れ顔でそう呟いた。
「何を言うのレイチェル!急がないとお兄様ったらどこの馬の骨かわからないような女と結婚しちゃうかもしれないじゃない。」
どこまでも親友を兄嫁に据えたいコレットはもの凄い剣幕で、レイチェルに食って掛かった。
レイチェルは本当のことをこの思い込みの激しい王女に告げようと思うのだが、その後の反応が怖くてその決心がなかなかつかない。
オスカーに妃にしたい女性が現れたとの情報を誰よりも悦んだのは他ならぬこのレイチェルだった。
これでやっとコレットが諦めてくれる・・・。
だがレイチェルはこの親友の王女の性格を甘く見ていたのだ。
そんなことで諦めてしまうような王女ではなかった。
オスカー同様、彼女も自分の夢や願望を叶える為に必要な努力はまったくと言っていいほど惜しまない性格なのだ。
一見とても良いことなのだが、どうしてこんなにしょうもないことにまで努力家なんだと、レイチェルは今ちょっとその性格を恨みがましく思っている。
まあオスカーがコレットの頼みを聞いて自分を妃にするというようなことはきっと無いと思うので、レイチェルは今はあえて自分の思いをコレットに教えるのをやめようと思うのだが、嫌々ながらもこうして付いてきてしまうのは、やはり愛しいエルンストに会えるかもしれないと言う乙女心のなせる技だったりするのだった。
オスカーはクラヴィス卿の館を去ってから、急いでアンジェリークの元に向かうべく馬を走らせていた。
今オスカーの頭の中は愛しいアンジェリークの面影でいっぱいだ。
あの愛らしい可憐な顔と、小鳥の様に可愛らしい歌声が、鮮明にその脳裏に浮かんでくる。
そんな彼女を手に入れることが出来たら・・・・。
アンジェリークとのその後を考えるとオスカーの胸は激しく鼓動するのを止めることが出来なかった。
とにかく彼女をその胸に抱きしめるにはルヴァを倒さなくてはならない。
そう思うとオスカーの闘志は限りなく燃え上がっていくのだった。
そしてそんなことを考えているうちに、オスカー達はアンジェリークがいる塔からいったん逃げ帰ったあの宿屋に到着した。「殿下。今夜はいったんここで静養を取りましょう。疲れた体でルヴァに挑んで、万が一のことがあってはいけませんからね。」
エルンストの言葉にオスカーもうなずいた。
気持ち的には一刻も早くアンジェリークに会いたかったが、事を急いて失敗すれば後が無いことぐらいはオスカーでなくともわかっていることだった。
ここは素直に休養を取り、明日の決戦に備えるべきだ。
オスカーはエルンストを伴って、宿屋のドアを開けた。
そして思わぬ厄災に出会うのだった。