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「本当にアンジェは美しくなりましたね。」

嬉しそうに微笑みを返すリュミエールにクラヴィスも微笑んだ。

「あれはおまえに恋しているぞ。」

クラヴィスの言葉にリュミエールの顔は雲る。

「ええ、気付いています。でも私はこんな体です。彼女の思いに答えることはできない。」
「なぜだ。おまえは必ずよくなる、私が良くさせてみせる。幸せになるのだ弟よ。」

リュミエールはもう自分が以前のように元気になることはないと悟っていた。
その証拠に年々体は弱っている。
最近ではベッドから起きていられる日が少なくなってきている。
愛しい少女を自分は幸せにする間もなく、ひたひたと訪れる死にからめ取られてしまうだろう。
それゆえに、リュミエールはアンジェリークの気持ちに応えるつもりはなかった。

 

「お姉ちゃん!」

今ではすっかり明るい少年に育ったマルセルが、アンジェリークに嬉しそうに手を振る。

「マルセル!あなた今日頑張ったんですってね。」
「うん!僕泣かずにできたよ。」

さらさらのマルセルの金髪をくしゃくしゃにするようにアンジェリークがなでる。
そして、いつものようにぎゅっとマルセルを抱きしめる。
アンジェリークは、マルセルが口がきけなくなったときにから、何かにつけてマルセルを抱きしめる。
それはまるでアンジェリーク達が幸せになるための儀式のように。

「お姉ちゃん…。」

マルセルにとってたった一人っきりの肉親であるアンジェリークは、弟のことをいつも1番に考えている。
そのことはマルセルにもよくわかっていて、それがうれしい反面、マルセルはアンジェリークが早く自分のことよりアンジェリーク自身のことを1番に考えてくれる日がくることを願っていた。

「あらあら、相変わらず仲いいわね。」
「オリヴィエ。」

この一座でナイフ投げをしているオリヴィエは嬉しそうにアンジェリークを眺めた。

「ねえねえ、アンジェそろそろもうあのこと考えてくれた?」
「オリヴィエ……。」

アンジェリークの表情が曇る。
それを見てオリヴィエはため息をつく。

「それ、答えになってるよ。わかったわかった。もう聞かない。でもちゃんと覚えておいてよ。私はあんたのこと誰よりも愛してるってことをね。」

オリヴィエの言葉にアンジェリークは申し訳なさそうに微笑んだ。
自分はこの一座に拾われて本当に幸せだ。
アンジェリークは今、この幸せを両手一杯に抱きしめていられることがこの上なく嬉しかった。

 

リュミエールの体調があまり思わしくないこともあって、アンジェリークの一座はしばらくこの街にとどまることになった。
街のはずれの少々小高い丘にテントを張って、一座は仮の宿を急きょしつらえた。
今は春、1年でいちばん生命にあふれた季節。
アンジェリークは、このすがすがしい青空の下のびのびとした気分で丘の上に立ち、美しい町並みを眺めた。

 

オスカーは昨夜、ジュリアスに招かれ彼の仕事についての打ち合わせと、祭りの祝杯とにつきあわされて少々うんざりした気分だった。
ジュリアス自体は尊敬に値する人間であるとは思っていたが、あの妹を溺愛しているところだけは、オスカーにとって迷惑な話だった。
ジュリアスとロザリアは血のつながった兄妹ではない。
ロザリアは、ジュリアスの父の二度目の結婚によってできた継母の連れ子だった。
ジュリアスはこの義妹をことのほか可愛いがり、王の命令でなければ間違いなく自分が彼女と結婚しただろうと思われた。
そこまで愛する妹を、オスカーにやらねばならない悔しさのためなのか、オスカーの素行に関してあれこれ説教を重ねてくるのだった。
オスカーにとっては迷惑な話である。
自分が望んでもいない婚約を押しつけられ、敬愛するジュリアスには恨まれるなんて本当に割に合わなかった。
だがそこが、まさに王の狙いなのかもしれない。
そんなこんなで、気分のすぐれないオスカーは、お気に入りの馬を駆って遠乗りに出かけた。

 

街をひと回りして、町はずれの丘にさしかかったとき、オスカーはあの鮮烈な炎を持つアンジェリークを丘の上に発見した。
オスカーの胸はあのぞくぞくする瞳の炎を思い出して高鳴るのがわかった。

「今日の俺はついている。」

オスカーは二ンマリと笑うと、急いで馬を走らせ丘の上のアンジェリークへと向かった。
丘の上でアンジェリークは、踊りの練習を今日はオリヴィエに付き添われて日の光りを浴びに出たリュミエールに披露していた。
昨日に引き続いて調子がよさそうなリュミエールの笑顔を、頬を染めながら見つめアンジェリークは踊った。
青い空、愛する人、さわやかな風。
アンジェリークの気分は今まさに幸せの頂点にいるようだった。
だがそれは一瞬のうちに破られてしまうのだった。
早駆けで馬を走らせたオスカーは、丘の上のアンジェリークに近づくと、驚いている暇さえも与えないくらいの素早さで、アンジェリークを横からかっさらうように抱きあげ、そのまま驚きで固まるリュミエールやオリヴィエを残して一気に丘を駆け降りた。

 

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