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オスカーはそれからも毎日のようにアンジェリークを訪ねてきては、オスカーを邪険に扱うアンジェリークを説いていた。
「オスカー!あなたいい加減あきらめたらどうなの?」
「なぜ?」
「だって私はあなたのこと好きにならないからよ。」
「今はな。」
「これからもよ。」
「それはわからないぜ。」不敵な笑みを見せてオスカーは笑う。
その限りなく魅力的な微笑みは、今までどれほどの女性を魅了してきたことだろう。
アンジェリークであっても、その微笑みが魅力的であるということは否定できなかった。
オスカーはあの日から本当に紳士的にアンジェリークには接している。
いつも彼女に細心の注意を払って行動してるといった感じだ。
オリヴィエさえもオスカーのアンジェリークに対する思いが真剣であるということは、認めざるを得ないといった感じなのだ。
リュミエールのこともあって座長であるクラヴィスは、オスカーの来訪をあまり快く思っていなかったが、アンジェリークを思うオスカーの誠意は認めていた。
そんなある日、アンジェリークのもとに1台の馬車がやってきた。
そのあまりに場違いな豪華な馬車に、一座の人々は目を丸くして見つめていた。
座長のいるひと一倍大きなテントの前に馬車は止まると、その馬車の扉が開き中から美しい少女が優雅な仕草で下りてきた。
そして辺りを見回すと、ことを成り行きを見つめていたアンジェリークを目指して歩きだした。「あなたがアンジェリークさん?」
美しい少女は、そのきれいに巻かれた青紫色の巻き髪をゆらしてアンジェリークを見つめた。
「あっ、はいそうですが、あなたは?」
この少女が自分を訪ねてきたことを知ってアンジェリークは驚いた。
「私はロザリア、オスカー様の婚約者ですわ。」
少女から発せられた言葉にアンジェリークは固まった。
オスカーの婚約者。
この少女と婚約しているのにオスカーは自分を欲しがっていたのだろうか?
少しオスカーの誠意を好ましく思い始めていたアンジェリークにとってこの事実は、ことのほか彼女の心を傷つけた。「あら?ショックだった?」
ロザリアはちょっとおもしろそうに笑った。
何故かアンジェリークは腹が立ってロザリアをにらみつけた。「まあ!その瞳がオスカー様のおっしゃっていた炎なのね。うれしいわ。」
「何が、嬉しいんです?」ロザリアの反応に疑問を持ったアンジェリークのたずねると、ロザリアはクスクス笑った。
「だってあのオスカー様に本気の恋をさせてくれた瞳ですもの。その瞳にお目にかかれて嬉しいわ。」
「……?」
「あら、オスカー様が恋しているのを喜ぶのはおかしいって顔ね。」
「だって…あなたはオスカーの婚約者なんでしょう?」事情がのみこめないアンジェリークは怪訝な表情でロザリアを見つめた。
「そうね。愛し合う二人が婚約をしているというのなら変な話なのでしょうけれど、私とオスカー様は王の命令で婚約しているのよ。」
「王様の命令?」
「ええ、そう。私たち貴族は王命で結婚さえも決められてしまうことがあるのよ。」貴族の苦しみを垣間見て、アンジェリークはオスカーの孤独の意味を理解した。
「私は私の義兄のことを愛しているのです。それで本当はこの婚約が壊れてくれたらとひそかに思っていたのです。そこにあなたが現れてくれた。」
「私がですか?」
「そう、あなた。あの女ったらしのオスカー様が昨日お兄様にこの婚約を破棄したいとおっしゃったのよ。自分には運命の人がいるのだといって…。」ロザリアはニッコリと微笑んだ。
そしておもむろにアンジェリークの手をとって瞳をうるませた。「ありがとう。オスカー様との冷たい関係にやっと終止符がうてるのよ。あなたのおかげだわ。」
「ちょっと待ってください。私はオスカーの恋人なんかじゃないわ。そんなこと言われても私……。」アンジェリークの否定の言葉にロザリアは目をしばたいて驚いた。
「あなた、あのオスカー様に思われて何ともなかったの?」
「は?なんとも?」ロザリアが驚いている内容が、オスカーの恋人でないということよりも、オスカーに靡いていないアンジェリークのことであるとは、アンジェリークはにわかに理解できなかった。
「そう、だからなのね。わかりましたわ。オスカー様があなたに貴族生命をかけてまで恋していらっしゃる理由が……。」
「貴族生命?」何のことやらさっぱりわからないアンジェリークにロザリアは苦笑を漏らした。
「私たち貴族が王命にそむくことは、その地位を失うかもしれないということなのよ。」
「………。」
「彼は女好きで名をはせた方ですが、今まで真剣に思った方はいませんでした。いつもいつもそのときだけか、短い間だけの仮染めの恋。そんな不誠実な彼のことを私、はっきり言って嫌っていましたのよ。でもそれは彼が本当の恋を知らなかっただけなのですよね。今の彼は本当に幸せそうですわ。」ロザリアの言葉にアンジェリークは戸惑いを隠せない。
オスカーという人となりを知れば知るほど彼のイメージが崩れていく。
アンジェリークにとってオスカーは、傍若無人な強引な男である。
だがその男の寂しさや、恋に対する情熱を知ると、オスカーという人がアンジェリークの中にどんどん入り込んでくる。
リュミエールに対する思いが、リュミエールによって打ちくだかれ、そして拒絶されてしまったアンジェリークの心にできたすきまにこのオスカーという存在はだんだん入り込んでその存在を大きくしていく。
でも彼がその地位さえも捨てて自分に思い入れているとは思ってもみなかった。「フフ。アンジェリーク、真剣になったオスカー様を拒み続けるのは女として難しいわよ。でも私は今の彼は大好きだわ。彼の思いがあなたの心に届くことを祈っているわ。」
ロザリアはそれだけ言うと、また馬車に乗って去っていった。