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満天の星空の下、丘に立つアンジェリークは自分に訪れた運命を思ってたたずでいた。
今、オスカーに対して自分がリュミエールに抱いていたような甘い感情を持っているのかそうでないのかはっきり言ってわからなかった。
彼がまったく気にならないわけではない。
自分をなにもかも捨ててまで愛する男にアンジェリークは会ったことはなかった。
初めて知った人の暖かさは、リュミエールの涙だった。
その涙に心を奪われて、彼に好かれたいと思うようになってこの一座で頑張ってこれた。
でもリュミエールは、自分のすべてを包み込むような大きな愛情をくれるわけではなかった。
彼は病気と戦うことでもう精いっぱいなのだろう。
あれ以来、リュミエールには拒絶されている。
アンジェリークには、もう自分の生きる目標はいったい何なのかさっぱりわからなくなってしまった。
そんなむしゃくしゃした思いをアンジェリークはこの星空をぎゅっとにらむことで吹き飛ばそうとしていった。

「よう!お嬢ちゃん。こんな夜に一人とは危ないな。」

突然かけられた声にアンジェリークが身構える。

「おいおい。俺だよオスカーだ。」
「オスカー……。」

オスカーの登場にアンジェリークは戸惑った。
今、いちばんの悩みのタネなのだからしょうがなかった。

「きれいな星空だな。」

オスカーは夜空を見上げた。
その横顔は何とも晴ればれとしたものだった。
いつもはそのアイスブルーの瞳に熱い炎をともしているのに、今のその瞳はあまりにも穏やかで美しかった。
アンジェリークはついそんなオスカーに見とれた。
ふと、オスカーがアンジェリークに顔を向け、優しく微笑んだ。

「俺はしばらく君に会いに来れなくなった。だが俺が君をあきらめたわけじゃない。それだけ覚えておいてくれ。」

オスカーはそう言ってまた微笑むと、丘を一人で下っていった。
アンジェリークは、今のオスカーの言葉の意味をあまり深くは考えなかった。
ただ夜空を見上げるオスカーに心を奪われた自分がなんだか腹ただしく思えて、つい爪を噛んだ。

 

それから本当にオスカーは一座のテントに姿を現さなくなった。
一座の人々もあまりアンジェリークが邪険に扱うのであきらめたのだとうわさした。
毎日うっとうしいくらい姿を見せていた人がぱたりと見えなくなると、なんだか寂しい。
アンジェリークの心はなんだかわからない気持ちでいっぱいだった。
そしてそれが二週間も続くと、アンジェリークの中にはふつふつと怒りがわき上がってきていた。

「やっぱりいい加減な奴だったんだわ!」

一人イライラと自分のテントの中を歩き回る。
するとテントにマルセルが飛び込んできた。

「お姉ちゃん!僕面白いこと町で聞いちゃった。」

なんだか面白そうにクスクス笑いながらマルセルがいうので、アンジェリークは少しイライラしていた気分がやわらいだ。

「いったい何を聞いて来たの。」
「あのね、ここの領主様ったらね、今となりの領主様の妹姫を振ったとかで王様から謹慎処分を受けているだって。」

あまり事情を知らないマルセルは、このゴシップに興味深々だった。
アンジェリークはと言うと、オスカーが現れない理由が王命にそむいたために謹慎させられているためだと知って言葉が出なかった。
オスカーは真剣なのだ。
なんだかわからない熱い思いがアンジェリークの腕の中に広がった。

「お姉ちゃん?どうしたの。」

心配そうに顔をのぞきこむマルセルにアンジェリークは曖昧な微笑みを見せた。
この突然湧き上がった熱い思いにアンジェリークはとらわれ、なんだか何も考えることが出来なくなってしまった。
オスカーにむしょうに逢いたい。
そんな言葉がアンジェリークの心の中でこだましている。
そんな自分に驚きながらもアンジェリークはその思いを止めることは出来なかった。

「マルセルごめん。」

アンジェリークはいても立ってもいられずテントから飛び出していった。

 

町の中をアンジェリークは全速力でかけ抜ける。
息が上がって脚が重たくなってきても、アンジェリークは走ることをやめなかった。
なんだかわからない激しい思いにかられて、アンジェリークはただひたすらオスカーが住むあの屋敷に向かって走りつづけた。
オスカー、オスカー、オスカー……
アンジェリークの頭の中でオスカーの名前を叫び続ける。
どうして自分は彼を避けてきたのだろう。
本当は、最初から彼にひかれていたのかもしれない。
オスカーの瞳に宿ったあの炎見たときから自分と同じ炎を持つオスカーにひかれていたのだろう。
今ならはっきりそれがわかる。
アンジェリークは走りながら今自覚したばかりの恋の炎で、その身が熱くなっていった。

 

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