5
一座のテントの前に馬を付けると、オスカーはアンジェリークをレディーのように馬からをおろした。
テントの中からアンジェリークが戻ったことを知ったオリヴィエがものすごい勢いでアンジェリークに駆けよると、オスカーをにらみつけた。「あんた誰!アンジェリークに何をしたのよ!」
オスカーはその問いに口の端をあげて応じた。
「人の名前を聞く前に先に名乗ったらどうだ。」
「あたしはオリヴィエ!そら、名乗ったわよ!」
「俺はこの町の領主オスカーだ。おまえはアンジェのなんだ、男か?」オスカーがその瞳に激しい炎をともして、オリヴィエを睨みつける。
オリヴィエはその瞳の炎にゾクリとした。
アンジェリークと同じ質のその炎に圧倒されて少々たじろいだがすぐに、「だったらどうだって言うのよ。」
と、すごんで見せた。
するとすぐにオスカーの瞳の炎はその激しさを増し、オリヴィエはその炎で焼きつくされてしまうような感覚に襲われた。「ではおまえからアンジェを奪って見せよう。俺は今、楽しくて仕方がないんだ。久しぶりの戦のように。」
「赤い炎」正にそれはオスカーのための形容詞なのだろう。
オリヴィエは、戦慄を感じずにはおれなかった。「オスカー。送ってくれてありがとう。でも勘違いしないでね。あなたなんて私は大嫌いなんだからね。」
アンジェリークは、固まるオリヴィエをかばうようにオスカーをにらみつけた。
それを見てオスカーは、その端正な顔が一段と魅力的に見えるような最高の微笑みを見せた。「アンジェ。俺の炎。俺はあきらめない、お前はおれが探し求めたこの世で唯一の存在だ。俺はお前を必ず振り向かせて見せよう。」
そう告げると、オスカーはまた恭しくアンジェリークの手の甲にくちづけと馬にまたがりあの美しい笑顔を見せて走り去った。
オスカーが去った後も、オリヴィエのぞくぞくした感覚はなくなることがなかった。
かすかに震える手のひらを握りしめてオリヴィエはアンジェリークに向き直った。「アンジェあんな奴といて本当に大丈夫だった?」
「うん。オリヴィエ大丈夫よ心配しないで。それより、リュミエール様は大丈夫?あんなことがあったからまた具合悪くなってない?」アンジェリークは自分があんな形でさらわれて、心優しいリュミエールが心配して体調を崩してしまったのではないかと気にやんでいた。
オリヴィエはくすりと笑うと、「まあ、心配するほどじゃあないけどショックはショックだったみたいよ。いまテントで休んでるよ。」
といった。
アンジェリークはちょっぴり安心して微笑んだ。
テントのベッドの中でリュミエールは、突如自分の心の中にわき上がってきた黒い感情に戸惑っていた。
丘の上でアンジェリークがどこの誰とも知れない男に馬でつれ去られたとき、リュミエールはただ茫然とするだけしか出来なかった。
愛しい少女が目の前からつれ去られたというのに、リュミエールは彼女を助けることができなかった。
そしてそのことはリュミエールの中で、彼女をさらった自分とは全く逆の健康な力強い男に対する激しい嫉妬として、彼の心を覆い隠していった。
すでにあきらめたはずの恋が、オスカーの出現でリュミエールの中で嫉妬という形でよみがえってきたのだった。「アンジェ…。」
リュミエールはその思いに切なく彼女の名を呟いた。
アンジェリークは、やはり心配になってリュミエールの休んでいるテントを訪ねた。
「リュミエール様心配掛けてごめんなさい。」
嫉妬のドス黒い炎に包まれたリュミエールにアンジェリークは無防備な笑顔を向けた。
リュミエールは、その危ない炎の指し示す欲望の力に屈して、アンジェリークを突如抱きしめた。「……。」
声を失うアンジェリークをリュミエールは思いっきり抱きしめてそのやわらかな髪に顔を埋めた。
「アンジェ…。」
その今までに耳にしたことの無い何かに憑かれたような艶っぽい声にアンジェリークは固まった。
そしておもむろに近づくリュミエールの顔にアンジェリークは戸惑った。
そして唇を封さがれて初めて自分の置かれた状況がわかってきた。
と思ったとたん、胸のあたりに激しい快感が走ってアンジェリークは驚きに真っ白になってしまった。
そしてベッドに押し倒され、リュミエールの手が体を愛撫し始めるとアンジェリークは思わずリュミエールの顔を思いっきり叩いてしまった。
その激しい痛みにリュミエールは我を取り戻した。「す・すみませんアンジェ、わ・私はなんてことを…。」
「リュミエール様…。」頬を押さえ、痛みと恥ずかしさでリュミエールはうろたえた。
アンジェリークにはこの突然のリュミエールの行動の意味がわからなかった。
リュミエールはオスカーのようにいつも自分の気持ちを表に出すような人物ではなかった。
そのリュミエールがまるでオスカーのように自分を組みしこうとするなんてアンジェリークにはその理由が思い浮かばなかった。「どうして…リュミエール様。」
アンジェリークの声が震えた。
信じていた人の突然の豹変はアンジェリークにかなりのショックを与えた。「私は…私はあなたがあの男につれ去られて私は悔しかった。アンジェを守れない自分の体、それに反して力強いあの男…。私はこの治ることのない病のためあなたに対する思いを抑えてきました。でも…でもあなたがあの男につれさらわれてあの男があなたに何をしたのか考えているうちに…。すみませんでした。」
リュミエールはアンジェリークに顔向け出来ないといった風情でうつむいた。
アンジェリークは初めて知ったリュミエールの気持ちに驚いて声が出なかった。「リュミエール様…。」
アンジェリークがそれでも心配そうに手を伸ばすと、リュミエールはその手を避けるように背を向けた。
「こんなことをした私に同情は要らないのです。アンジェこんなことをした私をもし許して頂けるのなら、どうか私にもう優しくしないで…そして一人にしてください。」
肩を震わせて小さな声でリュミエールはいった。
アンジェリークは伸ばして宙に浮いたままになっていた手を胸元に戻してぎゅっと握りしめた。
そして、ひとつ会釈をしてアンジェリークは、テントから飛び出していった。