ロマンシア

今日のアンジェリークは朝から浮かれていた。
なぜなら今日、初めて王宮で主催される舞踏会に出席することになっていたからだ。
アンジェリークは背の中ほどまであるやわらかな金髪を大人っぽく高く結い上げて、その瞳と同じ色のエメラルドのイヤリングとネックレスをして、淡いペパーミントグリーンの縁取りがところどころにアクセントを付けるクリーム色のドレスをまとい、コルセットで絞めつけているせいか胸が持ちあがり大きく開いた胸元を艶っぽくしてこの舞踏会にかける意気込みを表していた。

 

「ねえねえマギー?おかしくない?」
「いいえ大変おきれいですよ。アンジェリーク様。」
「本当?じゃあお兄様に見せてこよ。」

アンジェリークは喜びいさんで、このアメジス公爵家の当主でもある兄のクラヴィスのもとに駆けていった。
アンジェリークはクラヴィスの部屋の前にくるとノックもせずにいきなりドアをあけた。

「お兄様!どうかしらこのドレス。」
「はしたないぞアンジェリーク。お客様が御見えだ。ノックぐらいしなさい。」
「きゃあ!ごめんなさい!」

部屋に兄以外の人物がいたとは知らずに飛び込んでしまったアンジェリークは恥ずかしさのあまり慌ててまた部屋を飛びだした。
その後ろ姿を苦笑しながらクラヴィスは客人に眼をやった。

「まだまだ子供で恥ずかしい限りだが、私はあれを溺愛しているのだ。おまえになら我が妹を預けても心配はない。どうだ嫁にもらう気はないか?」
「あの様に美しい妹御を妻に迎えられるとはありがたき申し出にて異存はございませんが、妹御がご承知くださるかどうかですね。」
「リュミエール伯、私はぜひともおまえに任せたいと思っている。」

アクアノール伯爵リュミエールはクラヴィスの申し出を喜んで受けた。
リュミエールはクラヴィスが唯一友人と認める人物で、物腰やわらかな線の細い美しい男だった。
クラヴィスは人嫌いであまり表立った場所には顔を出さなかったが、今日はどうしてもアンジェリークが社交界にデビューしたがっているのを断りきれず行きたくもない王宮の舞踏会に顔を出さねばならなかった。
そこでアンジェリークが舞踏会でクラヴィスの気に入らない男に目をつけられる前に自分のお気に入りのリュミエールをアンジェリークの婚約者にしておきたかった。
幸リュミエールはアンジェリークが気に入ったようだ。
もちろんアンジェリークを気に入らないはずはないとたかをくくっていたのだが。

 

そんな兄の思惑も知らずにアンジェリークは今日の舞踏会のことで頭が一杯だった。
王宮のロザリア王女とは幼いころから王女の遊び友達として出仕していたため古くからの親友だが、舞踏会という社交場にはいまだ出席したことは無かった。
今日はそのロザリア王女の誕生を祝う舞踏会だった。
もちろん親友のロザリア王女のために舞踏会に出たいという気持ちもあったが、それよりも華やかな社交界にデビューしたいという気持ちの方が大きかった。
今日はきっと特別な日になると心踊るアンジェリークだった。

 

東の空が夕闇に染まる頃、アンジェリークは兄のクラヴィスに伴われ王宮のホールへと足を踏み入れた。
王宮のダンスホールはアンジェリークが想像していた以上に華やかな装いを呈していた。
アメジス公爵家の到着を告げる従者の声を受けてクラヴィスとアンジェリークはホールを奥へと進んだ。
奥には玉座があり、そこにはその主であるジュリアス王が座っていた。
そして横には美しく気高いロザリア王女が座っていた。

「ジュリアス王、ロザリア王女、今日はおめでたい日を迎えられお喜び申し上げる。」
「クラヴィス、久しいな。珍しいではないかおまえが社交界に顔を出すとは。」

ジュリアス王は明らかに非難めいた口調でクラヴィスを見下ろした。
クラヴィスの方も明らかに不快を示すような表情でジュリアス王を見上げた。

「今日は妹にせがまれましたゆえに参上いたしました。」
「ほう。そなたの妹とな。」
「はい陛下。アンジェリークと申します。以前より私王女様のご学友を務めさせていただいております。今日は初めて社交界に参りました。どうぞよしなにお取り計らいください。」

緊張した面持ちで奏上述べるとアンジェリークは下げていた頭をあげた。
そしてその顔を見たジュリアス王はその美しさに心を奪われた。
アンジェリークに見とれるジュリアス王の表情にクラヴィスは不安が的中したことを知った。
これ以上アンジェリークをジュリアス王の前にさらしておくことはできないとクラヴィスは早々にジュリアス王の前を辞した。

「お兄様、私のアンジェリークをお気に召したみたいね。」
「クラヴィスにあのような美しい妹がいたとは知らなかった。おまえの学友だと言っていたな。どうだあの娘は女王に適格か?」
「アンジェリークは私の親友ですわ。」
「そうか。おまえの親友だというのなら間違いなかろう。」

ジュリアス王はそう言うと口元に笑みを浮かべた。

 

そのころアンジェリークは人嫌いの兄と離れて人々が集う場所に来ていた。
右も左もわからないアンジェリークはただ美しく着飾った婦人たちや、その婦人たちをダンスへと誘う紳士達を憧れの表情で眺めていた。
そのうちに何やら貴婦人たちがざわめきはじめた。

「きゃあ!フレイアス公爵家のオスカー様よ!」
「あら本当!急がなくちゃ。」

貴婦人たちは口々にそういいながら群がるように一人の紳士に向かっていった。
あまりの勢いに弾き飛ばされたアンジェリークはよろよろと床に倒れかかったと思った瞬間、誰かに抱きとめられた。

「大丈夫かいお嬢ちゃん。」

その言葉にアンジェリークはおもむろにその人物の顔を見上げた。
そこには透き通るアイスブルーの瞳に炎のように真っ赤な髪をした端正な顔だちの紳士が心配そうにアンジェリーク見つめていた。
アンジェリークはこの突然の出来事にすっかり心を奪われ、彼の瞳に釘付となった。
そして彼はアンジェリークを見た瞬間そのエメラルドグリーンの瞳と桜色に色づく唇に心を奪われてしまった。

「ありがとうございます。私はアンジェリーク。あなたはどなた?」
「俺の名はオスカー。オスカー・ド・フレイアスだ。」

こうしてお互いに引かれ合う運命の二人は始めて顔を合わせたのだった。