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ジュリアスはいらついていた。
アメジス家にアンジェリークを後宮に召抱えるむねを伝達したはずなのに、クラヴィスはのらりくらりとして一向にアンジェリークを王宮に送ってはこない。
やはりクラヴィスは王家との対決を望んでいるのだろうか。
だがそれは今のジュリアスにとってはそれほど重要なことではなかった。
ジュリアスにとってこれはプライドの問題なのだ。
王である自分をクラヴィスもオスカーさえも蔑ろにしようとしている。
そのことこそが今のジュリアスを怒らせていることなのだ。
ジュリアスの堪忍袋の緒はすでに限界まできていた。
そして決断は下された。

 

アメジス家に王宮から兵士が大挙して押しかけていた。

「一体これはどうゆうことだ!説明していただこう!」

怒り浸透と言った面持ちでクラヴィスが王宮からの使者に向かって言い放った。

「アメジス公爵。陛下はもう待つことは出来ないとの仰せです。速やかにアンジェリーク嬢を王宮に御迎えするべくこうして参上いたしました。」

淡々とした口調で話す使者の言葉にクラヴィスは激昂したように噛み付いた。

「妹をよこせとは陛下のなさり様は暴君のそれではないか!もはや臣の忠を示すには力を持ってお諌めするしかないのか!」
「口を慎まれるがよかろうアメジス公爵。聞き様によっては反逆罪ともとられかねませんぞ。」

クラヴィスの瞳に危険な色が宿り始めた時、部屋に飛び込んできたアンジェリークによって危機を逃れた。
アンジェリークはクラヴィスに抱き付いて兄の暴挙を諌めた。

「お兄様。もうよろしいのです。いくら陛下が私を縛ろうとも私の心まで縛ることは出来ませんわ。私の愛しい人々がもう私のために心を砕いてくださるのに甘えてはいられません。私の愛は私の愛しい人達のものです。それは永遠に変わりません。だからもういいのです。」

クラヴィスはこの哀れな妹を思ってその抱きしめている腕に力をこめた。

「アンジェリーク・・・。おまえを不幸にしてどうして私が心穏やかにすごせようか。おまえを守らなくてどうする。」

兄の言葉にアンジェリークは微笑む。

「もうそれだけで十分ですわお兄様。アンジェリークは幸せです。」

アンジェリークは涙を見せないようにわざと微笑むと、王宮の使者に向き直った。

「さあ、参りましょう。」

毅然としたアンジェリークのその態度は誰もが目を見張るほど美しかった。
使者は思わず見とれてしまい、アンジェリークを誘導するために差し出す腕を出すのが遅れてしまったほどだった。
こうしてアンジェリークをつれて王宮の使者たちはアメジス家を後にした。

 

「大変だ!兄さん!」

慌しくオリヴィエの部屋に駆け込んできたランディを部屋の主は片眉を上げて見つめた。

「もう一体何よ。騒々しいわねぇ。」
「これが慌てずにいられますかって言うの!アメジスのアンジェリークが王宮に連れてかれたってさ!」
「それは本当か?」

問いただすその声の主はオリヴィエではなかった。
声の主を見てオリヴィエは額に手を当てて天を仰いだ。
ランディは恐る恐る後ろを振り向くとそこには顔面蒼白のオスカーが立っていた。

「本当なのかランディ!」

必死の形相のオスカーの迫力に押され、ランディは口を割った。

「本当だよ。今アメジスのマルセルから聞いてきたんだ。兄上。」

部屋を飛び出そうとしたオスカーをオリヴィエが腕を掴んで押しとどめた。

「離せオリヴィエ!アンジェリークの元へ行かせてくれ!」
「待ちなさいよ!あんたが今行ったところでどうにかなるってもんじゃないでしょ!まずは落ち着きなって!」
「これが落ち着いていられるか!自分の恋人が他の男に連れ去られたんだぞ。俺は行く!」

掴まれた腕を振り払おうとしたオスカーの頬にパシン!という音とともに激しい痛みが走った。
驚いてオリヴィエをオスカーは見つめた。

「ヒステリックになってるんじゃないよ!今辛いのはあんたの恋人だろ!あんたが陛下のところに乗りこんで彼女が喜ぶもんか!彼女はきっとあんたやあの子の家族のために陛下の元に行ったんだよ。その彼女の気持ちを考えてやれよ!あたし達が出来ることは他にあるはずだよ。そのために王女様も陛下の元でがんばってくれてるはずなんだからさ!」

言い放ってから肩で息をしながらオリヴィエはオスカーの呆気にとられた顔をにらみつけた。
オスカーは頭から冷水を掛けられたかのように激昂した気持ちが落ち着くのがわかった。

「すまなかった。心配ばかりかけてるな。」

オスカーはオリヴィエの肩に手を置いて頭を垂れた。
オリヴィエはそんなオスカーを抱きしめながら心の中で祈るようにロザリアのことを思っていた。

 

アンジェリークが後宮に連れてこられたと聞いてロザリアは慌ててジュリアスの元へと走った。
だがいつもこの時間ならいるはずの執務室はもぬけの殻だった。
ジュリアス付の侍女を捕まえるとロザリアはジュリアスの居所を問いただした。

「お兄様は何処!」
「王女様・・・。」

言いよどむ侍女をロザリアは怒りのこもった瞳で見つめて威嚇した。
慌てた侍女はあっさりジュリアスの居所をはいた。

「陛下は今日はもう休むと言われて後宮に入られました。」

ジュリアスのあまりの性急さにロザリアは目をむいた。
いつから兄はこんな人になってしまったのか。
ロザリアは改めて恋の恐ろしさを知った。
恋をするといつも厳格と噂される兄もただの男になっててしまうのだ。
理性さえも吹き飛ばしてしまうほどに。
とにかくこのままではアンジェリークが心配だ。
ロザリアは急いで後宮へとむかった。

 

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