13

ジュリアスは渇望していたエメラルドの瞳をやっと手に入れた宝物を見つめるようにうっとりとした表情で眺めた。
自然と伸ばされた手がその柔らかな頬に触れる。
アンジェリークは恐ろしさのためか微かに震えていた。

「何も恐れることは無い。アンジェリーク。」

ジュリアスは恐怖に打ち震える彼女をなだめるように優しく呟いた。

「陛下。私は陛下のご希望に添えるような女ではありません。どうか御慈悲を・・・。」
「駄目だ!私はおまえを手に入れる。今はその身だけでもよい。だがいつかその心も手に入れてみせる。」

ジュリアスの情熱を知ってアンジェリークは驚いたが、だからと言ってオスカーへの思いが薄れたりすることは無かった。
ジュリアスの手が不意にアンジェリークの顎に伸びて彼女の顔を上向かせた。
ちかずく顔にアンジェリークは顔をそむけたがジュリアスはそれを許さず、強引にその桜色のやわらかな唇にくちづけた。
次第に激しくなるくちづけに息が続かずアンジェリークは苦しげに眉を寄せた。
やっと開放されたと思ったら、ジュリアスの唇はアンジェリークの首筋に落とされた。

「陛下御慈悲を・・・。」

背中を突きぬける感覚に耐えながらアンジェリークはジュリアスに懇願したがその願いは聞き届けられることは無かった。
ジュリアスの舌が徐々にその位置を下方へと移し始めた。
アンジェリークは涙が溢れてくるのを止められなかった。
そしてとうとうその手がアンジェリークのドレスにかかった時、部屋のドアを激しく叩く音がした。
その激しい音にジュリアスは不快をあらわにして怒鳴った。

「誰だ!一体なんのようがあってこの部屋のドアを叩くのだ!」
「こちらに御見えでしたのね!お兄様。開けますわよ!」

怒り浸透と言った面持ちでロザリアはドアを開け放した。
そしてそこに涙で濡れた親友の顔を見つけた。
アンジェリークはジュリアスに迫られている姿を王女に見られて恥ずかしさでうつむいてしまった。
ジュリアスは不機嫌そうにロザリアのほうに向き直る。
まるでいたずらを発見された子供のようなばつの悪そうな表情をしているジュリアスに向かって、ロザリアは鉄槌を下すかのような形相で兄王をにらみつけた。

「お兄様?これはどう言った事でしょう。説明していただけるかしら。」

毛も逆立たんかとも思えるロザリアの激しい怒りを前にジュリアスは自分の威厳を保とうと必死だった。

「私は王なのだから好きな女性を手に入れるのに誰にはばかることがあるだろうか?私はアンジェリークが欲しいのだからそなたにとやかく言われることは無いのではないか?」

なんとかここまで言いきってジュリアスは息をついた。

「臣下の恋人、婚約者を横取りすることは国の存続をもかかわることだとの自覚がおありでしょうか?お兄様?」

ロザリアの糾弾にジュリアスは言いよどむ。
だいたいにおいてジュリアスはこの妹姫にからきし弱い。
普段は誰の目からも尊厳を重んじる気高き王としてあがめられてはいるのだが、このロザリアに対してだけはそうはいかなかった。
ジュリアスがこよなく妹姫を愛していることもそうだがこの兄にしてこの妹ありと謳われるほどにロザリアの見識の高さは誰しも認めるところであった。
そのロザリアに睨まれてジュリアスはまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
冷や汗を満面に掻いてジュリアスはそれでもロザリアに食って掛かった。

「私はアンジェリークを妻に迎えたいのだ。これだけは譲れない。」
「お兄様。アンジェリークは私の大事な友ですわ。そりゃあ私の大好きなお兄様の奥方になってくれたらうれしいですけれども、私のアンジェにはもうすでに愛し合う人がいるのですよ?その方と幸せになることを望むのが友としての私の立場ではないかしら。お兄様。あくまでも権力で私の友を縛るのでしたら私にも覚悟がございましてよ!」

覚悟と聞いてジュリアスは不安を隠しきれなかった。
ロザリアを失うようなことであったらどうすればいいのか。
とっさにそんなことを考えてジュリアスは大きく頭を振った。

「お兄様。お願いです。私のアンジェを哀しませないで。」

ジュリアスはそれでもアンジェリークをあきらめることが出来ないでいた。
いじになっていたのかもしれないが、だが確かに屈折してはいたが、ジュリアスはアンジェリークに恋焦がれていたのだ。
ロザリアとアンジェリークの間に挟まれてジュリアスの心は激しく揺らいでいた。
そして決断を下すことが出来ずにジュリアスは奥の自室にこもってしまった。

 

「ごめんなさい。アンジェ。」

ロザリアはアンジェリークにしがみつくと涙を浮かべながら謝罪した。
アンジェリークはそんな友の思いやりがうれしくて涙がこぼれた。

「良いのよロザリア。あなたにもつらい思いをさせちゃったわ。陛下にあんな事を言わせてしまうなんて、私こそあなたに謝りたいわ。」
「そんなこと。愛しい人と引き裂かれたあなたに比べれば私なんてこれくらいしたって当然なのよ。」

二人は互いに思いやりながら硬く抱きしめあった。

 

一応の危機を脱したからと言って、すべてが解決したわけではない。
ジュリアスは今だアンジェリークを開放したわけではないのだから。
ジュリアスの思いは真剣だった。
本気でアンジェリークを欲しいと思っている。
ロザリアはこんなに強情になっている兄を見た事が無かった。
こんな状態の中で一体どうしたらオスカーとアンジェリークの幸せが実現できるのだろうか。
ロザリアは兄のことを思うとその難しさに頭を痛めるのだった。

 

オスカーは自室でもう何時間もジュリアスのことを考えていた。
ジュリアス。
この従兄弟はオスカーにとって幼い頃からの憧れであった。
そしてアンジェリークを連れ去られた今でもその思いは変わり無かった。
尊敬して憧れたジュリアス、そしてその人と同じ人を好きになった。
オスカーにとって今回のことはそれだけの意味しかないのだと言うことに気がついていた。
お互いに少なくともオスカーにジュリアスを憎む気持ちは無かった。
自分とてもしジュリアスの立場であるならアンジェリークを誰にも渡したくはないのだからジュリアスと同じ事をしただろう。
そうジュリアスの気持ちはわかる。
だがそうだからと言ってオスカーがアンジェリークを諦めるなんてことは考えられることではなかった。
ジュリアス同様自分は自分のやり方でアンジェリークを取り戻す。
オスカーはそう固く決意した。

 

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