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今日の執務があらかた済んだのでジュリアスは王宮の奥にある東屋にやってきていた。
この東屋から見渡せる庭園の風景はジュリアスのとがった気持ちを和らげる。
このところジュリアスを悩ませているのは言わずと知れたアンジェリークのことだ。
彼女が愛しいと思っていてもアンジェリークの心が自分に無いことを思い知らされてばかりいる。
近ずこうとすると怯え、声をかけると黙り込む。
アンジェリークのあの華やかな美しい笑顔を見たいと思っているのに彼女が見せるのはいつも憂い顔だ。「アンジェリーク・・・。」
思わず溜息と共に名前がついて出た。
「陛下・・・。」
不意にジュリアスを呼ぶ声に驚いて振りかえるとそこには従兄弟にしてにっくき恋敵のオスカーがたたずんでいた。
ジュリアスは体に激しい炎が湧き上がってくるのがわかった。
嫉妬と言う名のその炎はジュリアスの心をじりじりと焼いた。「何のようだ。オスカー。」
「陛下とお話がしたくて参りました。」
「話だと?おまえとはなすことなど無い。下がれ。」ジュリアスはそう言うときびすを返して王宮に戻ろうとした。
それをオスカーは黙って見送ることなど出来ない。
オスカーはどうしてもジュリアスにいわねばならないのだ。「お待ちください。陛下。アンジェリークを・・・アンジェリークを私に頂けませんか。」
オスカーの言葉にジュリアスの歩みが止まった。
「お願いです陛下。私にアンジェリークを返してください。私は幼い頃より陛下を尊敬してまいりました。今までもそして今も私にとって陛下の存在は憧れと尊敬の対象です。このようなことで私はあなたと対立することを望んではいない。でもアンジェリークを諦めることなど出来ないのです。だからお願いに参りました。」
深く頭を垂れるオスカーをジュリアスは見下ろしていた。
オスカー。
最も信頼を寄せた頼もしい従兄弟。
後はロザリアと娶わせ、自分の片腕として将来に期待をしていたと言うのに、今この男を見てジュリアスの心に浮かんでくるのは醜い嫉妬でしかなかった。
自分が恋焦がれ身も心のこれほど欲しいと思ったのはアンジェリークだけだった。
そのアンジェリークが唯一愛するのがこのオスカーなのだ。
自分には笑いかけることもないアンジェリークがオスカーの前ではきっとそのこぼれんばかりのエメラルドの瞳を輝かせながら微笑むのだろう。
そう考えるだけでジュリアスはじりじりと嫉妬の炎にその身を焦がした。「アンジェリークは渡さない・・・」
「陛下!」
「アンジェリークの思い人であるおまえには特にだ!」ジュリアスのかたくなな態度はオスカーを驚かせた。
それほどまで、ジュリアスが我を忘れるほどアンジェリークに心を奪われていたとはオスカーにとっては驚きであった。
ジュリアスはオスカーの知る限り冷静沈着で、すべてのものに厳格で公平な優れた王として、国民に広く尊敬された賢王だったはずだった。
それが恋を知ってこの様にかたくなになってしまうとは誰が予想できたのだろうか。
ジュリアスの心を知ってオスカーも腹を決めた。「陛下。お別れです。私はアンジェリークを諦めない。」
そう言うが早いかオスカーは決意をみなぎらせた表情でジュリアスの元を足早に去った。
ジュリアスは怒りとも悲しみともつかない気持ちでオスカーの去った方をいつまでも凝視していた。
ロザリアが自室にもどろうと王宮の廊下を歩いていると急に物陰から誰かに腕を掴まれた。
驚いて悲鳴を上げようとする口を押さえられロザリアは戦慄を覚えた。「ロザリア。俺だ。」
「・・・オスカー?」人目を気にする様にオスカーはロザリアを柱の影へと引きずり込んだ。
ただならぬオスカーの行動に驚きながらもロザリアは心を落ち着かせた。「どうしたのです?何故隠れるの?」
オスカーは思わず苦笑する。
「ロザリア。俺は陛下に逆らうと宣言してきたんだ。アンジェリークは渡さないと。」
自嘲気味に語るオスカーをロザリアは不思議そうに見つめた。
プレイボーイとして有名なあのオスカーはなりを潜め、今ここにいるのは純粋に恋に生きるただの青年のオスカーだった。
兄であるジュリアスの変貌にも驚かされたロザリアだったが、オスカーの変貌振りにも驚かされていた。
ロザリアの知る従兄弟のオスカーは女と見ればだれかれと無く口説き、そして一夜限りの恋を楽しむと言うはっきりいって女の敵のような男だったはずだ。
それがどうだ、まだ会って間も無いアンジェリークとたとえ一夜の関係が有ったとしても今までのオスカーであるならこのような愚行は起こさなかったはずだ。
それなのにオスカーはアンジェリークのために地位も家族も捨てる覚悟なのだ。
王に逆らうことの意味をロザリアはよく知っていた。「解かったわ。あなたの言いたいことが。」
ロザリアの言葉にオスカーは微笑む。
「俺のことはどうでも良いんだ。俺が陛下に逆らうことで俺の家族はどうなるのか、それだけが気がかりなんだ。」
「解かっていてよ。オリヴィエ様をひどい目に合わせたりさせるものですか。」
「オリヴィエ?・・・」とっさに言った言葉にロザリアは頬を染める。
オスカーも何やら思って口の端を上げた。「ロザリア君を頼りにしているよ美しき我が従兄弟殿。」
「オスカー。アンジェを幸せにしてあげて。あの子は私の大事な親友なんですからね。」
「わかったよ。約束しよう。」オスカーは晴れやかな笑顔で一つウインクをするとまた身を翻す様に王宮の窓から出ていった。
ロザリアはすぐさま兄であるジュリアスの行動を押さえるために兄の自室へと向かった。
アンジェリークは後宮にあてがわれた自室で無為な時間を過ごしていた。
これから自分はどうしたらいいのか。
オスカーを忘れられぬまま王に身を任さなければならないのだろうか。
だがここに来たと言うことはそう意味することなどわかっていたはずだ。
それなのに理性とは別のところで感情が悲鳴を上げる。
愛してもいない男に身を任せることなど出来はしないのだと。
だが現実はそれを許してはくれないだろう。
早かれ遅かれ自分は王のものになってしまうのだ。
いくらロザリアが王を諌めてくれたとしても、この後宮にいるということはそう言う事なのだから。
アンジェリークの中で諦めの気持ちが大きくその心を支配していった。
すると不意に部屋のバルコニーに通じる窓に何か当たる音がした。
不審に思ったアンジェリークはそっとバルコニーに向かってみた。「アンジェリーク!」
「・・・・・!!・・・・」そこには忘れもしない炎のような髪をした愛しい人の姿があった。
アンジェリークは思わずあふれる涙を止めることが出来なかった。「オスカー様。」
小さく呟く様にアンジェリークは愛しい者の名を呼んだ。
そして駆け寄る様にバルコニーから身を乗り出して階下のオスカーを見つめた。
涙に濡れるその美しい瞳を見つめてオスカーは叫んだ。「君をさらいに来たんだ。もう君を放さない。」