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このフェリシア王国には二つの公爵家があった。
ひとつはクラヴィスを当主としたアメジス家、そしてもうひとつは病床の父親を支えるオスカーのフレイアス家。
フレイアス家は現在の王、ジュリアスの生母とオスカーの父、ビクトール・ド・フレイアスは姉弟で王家とは縁戚関係にあった。
そしてアメジス家は、先々代の当主が王弟であったという縁戚関係にある。
だが先々代の当主のころからあまり仲が良いとはいえなかった。
なぜなら、先先代の当主は兄王との王位継承を争って破れた、という経緯があったからだ。
当然、アメジス家はフレイアス家ともあまり仲が良いとはいえなかった。
そんな両家の関係などまったく知らないアンジェリークは純粋にオスカーに心ひかれてしまった。
オスカーの方もまだ彼女がアメジス家のアンジェリークだとは知らなかった。
それゆえにオスカーも彼女を見た瞬間からもう彼女の虜になっていた。
見つめ合う二人を引き裂くように突然、オスカーを取り巻く貴婦人たちがオスカーを連れ去った。
オスカーは貴婦人たちに引っ張られながらも目はずっとアンジェリークを追っていた。
アンジェリークもオスカーから目を離すことは出来なかった。

 

やっと貴婦人達から開放されたオスカーは、アンジェリークを探したいという衝動を押さえて従兄弟でもあるジュリアス王に挨拶に向かった。
今日のオスカーの目的は王女の御祝いのためではなくて、先日フレイアス家に母親が死んでやってきたばかりの異母兄弟のオリヴィエを王に目通りさせるためであった。
オスカーは挨拶に行く途中にオリヴィエを眺めて溜息をついた。

「オリヴィエ。似合わないとは言わないが、どうにかならなかったのかその格好は。」
「あら?いいでしょ。あたしにはこれくらい派手じゃないと私の美しさに衣装が負けちゃうのよねぇ。」

オリヴィエはそう言ってキャラキャラと笑った。
オスカーはまるで極楽鳥を思わせる派手な格好のオリヴィエをもう一度眺めてまた大きな溜息を漏らした。
オリヴィエはオスカーと同じ年の兄だ。
彼の母親が、オスカーの父の愛人だったため、オリヴィエは妾腹の兄ということになる。
オリヴィエとはオスカーはずいぶん前からその存在を知っていて、今ではすっかり本当の兄弟以上の間柄であった。
まあ、同腹の弟ランディなどはまだ若干オリヴィエになじめないらしいが。
オリヴィエは妾腹ということもあって、フレイアスの長兄というよりもオスカーの友人というような立場をとろうとしていた。
それがオスカーには多少不満だったが彼の思いやりをむげにもしたくなかった。
そんなオリヴィエを今日は従兄弟でもあり、尊敬しているジュリアス王に引き合わせることで、正式にフレイアス家の一員として社交界に認めさせたかった。
それなのに、厳格と噂の高いジュリアス王に謁見するのにオリヴィエときたらまるで道化師のようなひらひらとした衣装なのだ。
オスカーが頭を抱えるのも無理無かった。
だが実はこれもオリヴィエのオスカーに対する思いやりであろうとはオスカーにはまったくわからなかった。
オリヴィエは自分が長兄であるということで、家督争いの種にならないように道化を演じていたのだ。
彼はそれほどにオスカーを大切な弟だと思っていたのだった。

 

「ジュリアス王、ロザリア王女、このたびはおめでたい日を御迎えになられましてお喜び申し上げます。」
「よく来たなオスカー。今日はゆっくりくつろいで楽しんでいってくれ。」
「ありがたき仰せにてたのしまさせて頂きます。ところで今日は陛下にぜひとも紹介したい者がございます。我が兄、オリヴィエでございます。」
「始めてお目にかかります。オリヴィエにございます。」

そう挨拶するオリヴィエの姿にジュリアスが眉をひそめるのがオスカーにはわかった。
だから言わんこちゃない!オスカーは心の中で顔をしかめた。

「あら面白い方がフレイアスにいたものね。あなたも私達の従兄弟になるのかしら?」

無邪気に笑うロザリア王女をオリヴィエは優しい目で見つめた。
その瞳になにか惹かれるものを感じて王女は目を見張った。

「私は妾腹ですが、父はビクトール公です。」

オリヴィエはそう言ってロザリアに微笑んだ。
王女がパッと顔を赤らめるのを見てジュリアスはまたも眉をひそめた。

「あい解かった。覚え置こう。下がってよし。」

ジュリアスはそう言ってオリヴィエ達を強引に下がらせた。
王女をやはり溺愛する兄としてはクラヴィス同様悪い虫はつかぬほうがよい。
ジュリアスはロザリアの相手はオスカーが一番だと思っていたのだ。

 

王との謁見を済ませたオスカーは先ほど出会ったばかりのアンジェリークを探してホールを見渡していた。
その頃アンジェリークは心ときめく出会いに胸がいっぱいになってホールから離れてバルコニーに来ていた。

「なんて素敵な人なのかしら。」

思わずそう呟いて恋に酔った溜息をひとつついた。

「アンジェリーク。このようなところにいたのか?探したぞ。」

不意に背後から声を掛けられアンジェリークは驚いた。

「お兄様!」

後ろにいたのはクラヴィスだった。
その後ろにさらにもう一人の男性が立っているのにアンジェリークは気がついた。

「紹介しよう。昼間我が家に来ていたリュミエール・ド・アクアノール伯爵だ。」
「ご挨拶するのは始めてですね、アンジェリーク姫。」

彼が昼間兄の部屋にいた客人と知って、アンジェリークは自分の失態を思い出して顔を赤らめた。
そして消え入るような声で挨拶をした。
そんな様子にリュミエールは思わず顔をほころばせる。
可愛くて美しいこの娘を妻に出来ると思うと、リュミエールは心底自らの幸運を喜んだ。

「アンジェリーク。実はおまえの結婚相手としてこのリュミエールはどうかと考えているのだ。どうだ考えてみないか?」

突然の兄の申し出にアンジェリークは一体何を兄が言っているのか解からなかった。
なんだか訳もわからずただ呆然とリュミエールの顔を眺めていた。

「とりあえず婚約だけでもよろしいのですよ。アンジェリーク。いきなり私のことを好きにはなれないでしょうからね。」
「そうだその方がよいな。ではこの話は決まりだ。アンジェリーク、しばらくの間リュミエールと話しでもしてみるがよい。では私は行くぞ。」

かってに話を進めてクラヴィスはうれしそうにその場を去っていった。
残されたアンジェリークはまだ事の次第が飲み込めないでいた。
兄はなんと言ったのか?
婚約?
一体誰と?
そんな風にショック状態のアンジェリークをリュミエールが心配そうに顔を覗きこんだ。
そのうす青い銀髪と穏やかで美しい面立ちと優しい水色の瞳の顔がアンジェリークの前にやってきてアンジェリークはハッと正気に戻った。

「伯爵様。私・・・突然で、婚約なんて考えられませんわ。」
「よいのですよ。これから私のことを好きになってくださればよいのですから。慌てて結論を出さないでください。私はすでにもうあなたの虜なのですから。」

リュミエールのくどき文句にアンジェリークは顔を赤らめた。
するとリュミエールはそっとアンジェリークの頬に手をやると、ゆっくりと顔を近づけてくちづけようとした。
そのとき、またもや背後から声がかかった。

「やっと見つけたよ。お嬢ちゃん。」
「・・・オスカー様?」

振り向いたアンジェリークは先ほどあったばかりの自分をオスカーが探してくれていた事を知って心が踊った。
オスカーもアンジェリークにまた出会えたことで胸の高鳴りを押さえられなかった。
そんな二人の様子にあきらかにリュミエールは嫉妬した。

「あなたは誰です。失礼でしょう。」
「すまなかった。俺はオスカー・ド・フレイアスだ。君は誰だ。」
「私はこのアンジェリーク・ド・アメジス公爵令嬢の婚約者、リュミエール・ド・アクアノール伯爵です。」
「アメジス公爵令嬢?婚約者?」

オスカーはアンジェリークがアメジス家の人間で、婚約者がいることにひどくショックを受けた。
そして、あまりの展開に言葉を失っているうちにリュミエールはオスカーを切なそうに見つめるアンジェリークの手を無理やり引っ張ってその場を去ってしまった。
やっと再開を果たした二人はまたしてもすぐに引き裂かれたのだった。

 

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