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アンジェリークはまだ胸の鼓動がおさまらなかった。
今日の昼、王宮の中庭でオスカーと思いを通わせたことがまだつい先ほどのように感じられた。
アンジェリークは自室のカウチに腰を掛けると陶酔したような溜息をもらした。「今夜君の部屋に忍んでいってもいいかい?」
オスカーが最後に耳打ちした言葉がアンジェリークの胸をときめかせていた。
オスカーがもしかしたらこれから自分に会いにきてくれる。
そう思うとアンジェリークはどうしようもないくらい彼のことを恋しく思う気持ちを抑えることができなかった。
不意に誰かがドアをノックした。
アンジェリークの胸ははりさけんばかりに高なった。「どうぞ、開いてます。」
「今晩は、アンジェリーク。ご機嫌はいかがですか?」入ってきたのは予想に反してリュミエールだった。
突然の来訪にアンジェリークは戸惑いを隠せなかった。
なぜ彼はやってきたのだろう。
そんな思いがアンジェリークの胸の中に広まった。「突然お邪魔してしまって驚いていらっしゃるようですね。今日はあなたに私のハープの音を聞いていただこうと思ってやってまいりました。」
そう言うとリュミエールはカウチに腰掛けるアンジェリークの隣に腰掛けるとおもむろにハープを爪弾き始めた。
その音色はとても美しかったが、アンジェリークの心は癒されるどころかリュミエールの真意を量り兼ねて不安を募らせた。
今日はもしかしたらオスカーが忍んでくるかもしれない。
彼がここにいることはアンジェリークにとって甚だ迷惑なことだった。
迷惑顔のアンジェリークの様子にリュミエールは眉間にしわを寄せた。「ご迷惑でしたか?」
そう問われてアンジェリークは返答に困った。
迷惑だといってしまえばそれまでなのだがそんなことを口に出せるほどアンジェリークも強くも無かった。
黙り込んでうつむくアンジェリークを見てリュミエールは苦笑した。
最初から好かれるとは思ってはいなかったが、ここまで拒絶されるとは正直思ってはいなかった。
彼女にここまで嫌われる理由が知りたかった。
リュミエールは自分がそれほど女性に、特に初対面の女性に嫌われたことが無かった。
それが自分の容姿や身分によるところが大きいことも承知していた。
そしていつもはそれを武器に女性を口説こうなどと思ったことは無かったが、アンジェリークに出会って初めて自分が美しく生まれついたことに感謝したい気分になった。
それなのに彼女は自分を見る目は他の女性たちのような夢見るようなものではなく、むしろ苦手な者にでもあったかのようだ。
アンジェリークのその態度はいつもはそれほど激しい感情を抱かないリュミエールの心を激しく揺さぶり、彼女を何がなんでも自分の方に振り向かせたいと言う欲望にとらわれていた。「アンジェリーク。私の気持ちはあなたにはもうわかっているでしょう。私はあなたの兄上に言われたからあなたと婚約したのではありませんよ。あなた自信に惹かれているからなのです。美しいアンジェリーク。どうか私の気持ちを受け取ってください。」
真摯なリュミエールの気持ちを告白されてアンジェリークは戸惑いを深めた。
このまま彼になにも告げずにいることは出来ないとアンジェリークは思い始めた。「ごめんなさい。私、リュミエール様の御気持ちに答えることは出来ません。」
「なぜです?」
「だって私・・・好きな方がいるんですもの。」アンジェリークの告白はリュミエールを打ちのめすには十分過ぎることだったが、そのことがリュミエールの中に初めてどす黒い感情が芽生えさせた。
愛しいオスカーのことを思って頬を染めるアンジェリークを見てリュミエールはその嫉妬と言う名の感情に翻弄され始めていた。
突然アンジェリークの肩を掴むといきなり彼女の唇を奪った。
リュミエールの変貌に驚いたアンジェリークは激しく抵抗した。「やめてください!いや!オスカー!」
「オスカー?それはあのときの青年ですね。あなたを渡さない。あなたは私のものです。愛しているのですアンジェリーク!」リュミエールはアンジェリークを捕らえる手を緩めることはしなかった。
むしろその責めは激しくなり、アンジェリークはこの状況から逃れようと抵抗を強めた。「いやぁー!」
アンジェリークの拒絶の声がこだましたとき窓の外にアンジェリークの元に忍んできたオスカーの姿があった。
オスカーは自分の目の前で繰り広げられている光景に声を失っていた。
自分の愛しい者が履辱され様としている。
オスカーの中でふつふつと怒りの炎が燃え上がってきた。
オスカーは乱暴にアンジェリークの窓を蹴破った。「アンジェリークを離せ!」
オスカーは叫び声を上げると同時にリュミエールからアンジェリークを引き剥がし自分の背に隠した。
「オスカー様・・・」
安堵の声をあげるアンジェリークにまたもやリュミエールは激しい嫉妬を覚えた。
「あなたはどうしてここにいるのです!ここはアメジス家。そして彼女は私の婚約者なのですよ。」
リュミエールの非難の声にオスカーは臆するところはなたった。
「彼女が愛しているのは悪いがあんたじゃないんだ。この俺さ。」
「黙りなさい。あなたにその権利は無い。あなたはフレイアスの人間でしょう。クラヴィス公があなたを認めるわけが無いでしょう。」
「それがなんだと言うんだ。彼女を愛しているならそんなことはなんの障害にもなりはしない。」強く言いきるオスカーにリュミエールの言葉はなんの効力も現さない。
オスカーは悔しさで歯噛みするリュミエールに口の端で笑うとアンジェリークを抱えてバルコニーから表へと踊り出た。「もらっていくよ。哀れな婚約者殿!」
その声とともにオスカーはアンジェリークを抱えて夜の闇へと姿を消した。
そのころロザリアは部屋でまんじりともしない時間を過ごしていた。
自分のことがもはやわからなくなっていた。
なぜ自分はあの人、オリヴィエに出会うとこんなにもときめいてしまうのか。
ルヴァのときに感じた柔らかな気持ちとは違って、オリヴィエに感じる気持ちは鮮烈だった。
この気持ちはロザリアの心を翻弄しつづける。
オリヴィエに感じる気持ちはロザリアにとって鮮やかな花火のようだった。
その美しさにドキドキして目が離せない。
彼のことが今日はその胸に焼き付いてはなれなかった。