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オリヴィエは帰ってきてからオスカーの様子がおかしいことに気がついていた。
なにやら思いつめたように部屋に閉じこもっている。
昨夜は帰ってこなかった。
まあプレイボーイで名をはせているオスカーのことだ昨夜はどこぞの令嬢とでも過ごしたのだろう。
そんな艶っぽい一夜を過ごした割にオスカーの表情が暗かったのでオリヴィエは気になっていたのだった。「オスカーあんたなんかあったのかい?」
「オリヴィエ・・・。」部屋のドアにもたれながらオリヴィエが訊ねた。
オスカーはなにやら覚悟を決めたような表情をしていた。
オリヴィエはなんとなく不吉な予感に襲われた。「オリヴィエ。もしも俺になにかあったら、ランディのことを頼む。まだランディにはフレイアスを支えるだけの器量が備わってない。おまえが支えてやってくれ。」
「な・なにいってんの?あんた何をやらかそうって言うのよ!冗談じゃない。あんたがフレイアスの次期当主なのよ。変な気を起こさないでよ。」オリヴィエはオスカーが何か厄介なことに巻き込まれたのだと思って不安を募らせた。
オスカーは目線を床に落とし黙り込んでいる。「あんた一体昨日の晩は誰といたのよ!そいつとなんかあったの。ねえなんとか言いなさいよ!」
「アンジェリークのせいじゃない。彼女は悪くないんだ。」
「アンジェリークっていうのねあんたの恋人は。」
「ああ。アメジス公爵の妹だ。」
「アメジスですって!アメジス家ってフレイアスの政敵じゃないの?そんな娘とあんた・・・。」
「彼女は悪くないんだ。それより彼女が陛下のお目に止まってしまったんだ。」苦悩に満ちたオスカーの顔のわけがやっとオリヴィエにも理解できた。
ジュリアス陛下。
オスカーが最も尊敬している従兄弟殿。
そのジュリアスがオスカーの恋人を欲しがっている。
臣下であるならオスカーのとるべき態度は決まりきっているが、オスカーのアンジェリークに対する思いが今まで付き合っていた女性たちに寄せていた思いとは根本的に違うことがオリヴィエにもわかった。
いつものオスカーなら恋はいつもひとときの夢みたいなもので、命を賭けるほどのものではなかった。
そのオスカーが今度は真剣なのだ。
だがオリヴィエはオスカーに無謀な行動を犯させたくは無かった。
オスカーは大事なフレイアスの次期当主だ。
そのフレイアスを背負って立たねばならないオスカーを簡単に失うわけには行かない。
たとえそれがオスカーの望むことであってもだ。
オリヴィエは最愛の弟を守らねばならない。
そのために何をすればオスカーに無謀な考えを捨てさせることが出来るのだろう。「オスカーお願いだから早まらないで。まずは尽くせる手を尽くしてからよ。わかるわね。」
「オリヴィエ・・・。」オスカーはすまなそうにうつむいて黙り込んだ。
オリヴィエはオスカーに部屋から出ないようにと言い聞かせて早速行動を開始した。
ロザリアは王宮の自室の中をいらいらと歩き回っていた。
自分の気持ちを推し量ることが出来ずに彼女は混乱していたのだ。
ルヴァに自分の気持ちを打ち明けたいと思ってはいるが、昨日のルヴァの態度は彼女に何ら関心が無いことを現していた。
それなのに気持ちを打ち明けたところでなんになると言うのだろう。
振られるとわかっているのに告白する勇気をロザリアは持つことが出来なかった。
そして彼女を惑わせるオリヴィエの存在を思う時、ロザリアの胸に何か激しい波のようなざわめきを感じることが出来た。
何度振り払っても振り払ってもオリヴィエの存在をロザリアの胸の中から追い払うことは出来なかった。
どうしたらよいのか途方に暮れるロザリアはアンジェリークにむしょうに会いたくなってきた。
今日はアンジェリークとの講義の日ではない。
それがもどかしく、ロザリアは兄に言って特別にアンジェリークに会わせてもらえるように外出の許可をもらいに出かけることにした。
アンジェリークなら同じ恋をするものとして自分が納得いく答えのヒントをくれるかもしれない。
そう思うと早くアンジェリークに会いたかった。「お兄様。私に外出の許可を頂けませんか?」
ジュリアスはロザリアのこの申し出に顔をしかめた。
「一体どこへ行く気なんだ。」
「アメジス家ですわ。私アンジェリークに会いに行くのです。彼女に会って話したいことがあるの。よろしいでしょ?」
「行く必要はない。多分あのものはもうじき王宮にくるだろう。これからはしょちゅう会うことが出来るぞ。」
「・・・?・・・」不思議そうに首をかしげるロザリアを見てジュリアスは目を細めた。
「後宮に入るように申し渡したのだ。」
ロザリアはまるで雷が落ちてきたかのように身動きできなかった。
確かに兄はアンジェリークを気に入ったとは言っていたがこのように性急に事を進めるとは思っていなかった。
オスカーを好きだといっていたアンジェリークがいまどのような気持ちでいるのか考えると胸が痛かった。「お兄様?一体どうなさったの?アンジェリークを気に入ってはいたとは思ってはいたけど急過ぎないこと?」
「彼女が誰か別の物になる前に手にいれたかっただけだ。」
「リュミエール伯の事を言ってるの?」
「?アクアノールだと?」
「アクアノール伯爵はアンジェリークの婚約者だそうですわよ。」
「オスカーばかりでは無くリュミエールまでとは・・・。やはり急いで正解だったな。」顔をしかめてジュリアスはうなる。
ロザリアは兄が口走ったことが気になった。
「オスカーですって?オスカーはアンジェリークが好きなの?」ロザリアの反応を勘違いしてジュリアスは思わず微笑んだ。
「うん?気になるか?おまえはオスカーが好きだったのか?」
「いいえ。私がお慕いしてるのはオスカーなんかじゃありませんわ!」ロザリアの答えはジュリアスを驚かせた。
ロザリアに思い人がいようとは思いもよらなかったからだ。「一体誰だ。」
「私のことよりアンジェリークですわ!オスカーはアンジェリークが好きなんですの?」ロザリアはジュリアスを圧倒する迫力で迫った。
「あのものとアンジェリークがくちづけを交わしているのを見かけたのだ。」
ジュリアスが何か悪い事をしているような表情で呟くようにロザリアに告げた。
ロザリアは腰に手を当てまるで母親のような態度で兄に向かって言い始めた。「お兄様?権力を傘にきて臣下の不信を買うことはかしこい君主の為さり様ではありませんですわね。わかっておいでですの?」
「そのようなことは解かっておる。しかし私はアンジェリークが欲しいのだ。恋をするのは自由であろう。私は諦めはしないぞ!」
ジュリアスはこうなったロザリアにはかなわない。
このままロザリアとの議論を続けても分が悪いと思ったのかジュリアスはそそくさとその場を去った。
残されたロザリアは深い溜息をついてジュリアスの去った後を見つめた。
兄は一体どうしてあんなにむきになっているのかさっぱり解からないロザリアだった。
とにかくアンジェリークの危機を黙って見ていることなど出来るはずも無い。
ロザリアは早速行動を起こすことにした。
そして2人のキューピット達は王宮の中にはで鉢合わせることとなった。