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闇の大神の宮殿は冷ややかで、薄暗く、それでいて神秘的な美しさを放ってアンジェリークの前に現れた。
アンジェリークは門の前でごくりと唾を飲み込んで、勇気を奮い立たせて一歩を踏み出した。
宮殿の中はひんやりとしていかにも闇の世界だというように薄暗かった。
案内をしてくれている従者も何か影の薄い暗そうな人物だった。
従者の案内で大神の謁見の間の前にやってきたアンジェリークは大きな扉を勇気を振り絞って開けた。
闇の大神は玉座の上で、片肘に顎を乗せてけだるげにアンジェリークを見下ろした。
その威圧感に押されながらもアンジェリークは何とか口を開いた。「闇の大神クラヴィス様。私は春の精霊アンジェリークと申します。大神様。どうか私にサラマンダーの壷をお与えください。私にどうかオスカーを開放させてください。」
必死に懇願するアンジェリークを闇の大神はその紫水晶を思わせるような瞳で一瞥すると、
「なぜおまえはサラマンダーの壷などほしがるのだ。あれはもうおまえには用の無いものだろう。」
と、低く威圧感のある、それでいて響き渡るような静かな声で聞いた。
アンジェリークは胸をえぐられたような痛みを感じた。
確かにオスカーをあの壷に封じ込めてしまったのは自分の意地のためだった。
その自分が何をいまさらオスカーに会えると言うのだろうか。
でも、それでもたとえオスカーに拒まれたとしても、もう自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。
もう二度とオスカーの顔が見られないのには絶えられない。
もう一度アンジェリークは決意を固めると闇の大神に向き直った。「大神様私は過ちを犯してしまいました。でも気づいたのです。私はオスカーを愛しているのだと。たとえオスカーに嫌われたとしても。」
アンジェリークの振るえる肩を見て闇の大神は微笑んだ。
その笑みは今までとは打って変わったような優しいものだった。
アンジェリークは驚きを隠せなかった。
それほど優しい笑みだった。
闇の大神は玉座の横に手を伸ばすと奥から美しい金の髪の女神が現れた。
女神の手にはサラマンダーの壷が抱えられていた。
闇の大神はいとおしげに女神を見るとその手より壷を取り上げゆっくりとアンジェリークのほうに放り上げた。
壷は何かの力で重力を失ったようにゆっくりと放物線を描きながらアンジェリークの元へと飛んできた。
アンジェリークはサラマンダーの壷を抱きしめると何度も大神に御礼を言うと謁見の間を辞して花園へと返っていった。「あれでよかったのか?アンジェリーク。」
「ええ。クラヴィス。これでオスカーも本当の愛を手に入れられるでしょうね。」
「おまえと同じ名の春の精霊もな。」
「そうね。クラヴィス愛してるわ。」闇の大神たちの会話を知ることも無くアンジェリークは春の花園へと帰ってきた。
腕の中にはサラマンダーの壷を大事そうに抱えている。
アンジェリークは胸がはじけそうなくらいドキドキしていた。
サラマンダーの壷を開けて果たしてオスカーは自分を許してくれるのだろうか。
許してくれないかもしれないでもそれでもやはり壷の栓を抜かなくてはいられない。
そんな思いがアンジェリークの中で膨らんでもう我慢できないくらいになってきた。
アンジェリークは震える手でサラマンダーの壷の栓に手をかけた。
初めて抜いたときよりもなんだか不安だった。
そしてとうとう栓は抜かれたのだった。
まばゆいばかりの炎のような光りが辺りを照らしそしてそこにはあの時と同じ腰布だけのオスカーの姿が。
アンジェリークは声を失っていた。「リュミエールの奴どうして俺を開放させたんだ!」
オスカーは自分を解放したものを見ることなく背を向けて毒づいた。
すると突然背中に誰かが抱きつきオスカーは驚いて振り向いた。
そこには見なれた美しい光りを束ねたような金色の髪が見えた。
そしてその金色の髪に彩られた頭がゆっくりとオスカーの方に顔を向けた。
そこには涙で濡れた翡翠の瞳のアンジェリークがいた。
オスカーは驚きとともにアンジェリークの涙のわけがわからず不安になった。「お嬢ちゃん。なぜ君が?どうして泣いてるんだ?まさかルヴァの奴がまた君を哀しませたのか?」
オスカーの言葉にアンジェリークはまた涙があふれた。
「私が泣いているのはオスかーあなたのせいよ。」
「俺の?」
「そうよあなたよ。」アンジェリークを哀しませるようなことを自分がしたなんてどう言うことなのか。
オスカーはわからず困惑した。「あなたがいなくなって私はわかったの。オスカー私あなたを愛してるわ。」
「!!」アンジェリークの言葉にオスカーは驚きのあまり声を失い、そしてそんなオスカーを見てアンジェリークはそっとオスカーの胸の中へ体を預けた。
「ごめんなさい。私を許して。」
アンジェリークの謝罪にオスカーの思考はまた働き出し、そしてやっとその意味を理解した。
「いいのか?本当に俺のことを・・・」
「本当よオスカー。あなたを愛しています。」オスカーは今度はしっかりとアンジェリークを抱きしめた。
最愛の人を得た喜びにオスカーは震えた。
そしていつしか二人は引かれる様にくちづけを交わした。
花園の花々は二人の幸せを祝うかのように揺らめき二人の世界をみなに隠すように包んでいった。
炎の精霊は以後女ったらしの異名を返上するかのようにアンジェリークを愛しぬき、大神の覚えめでたき精霊の中の精霊となった。
サラマンダーの壷はその後二人の愛の証明としていつまでも彼らのそばにあったということだ。
END
大変長かったサラマンダーの壷を終えることが出来ました。
まさかこんなに長くなるとは思いもせずにはじめた創作だったので、感慨深いです。
何か感想がありましたら聞かせてください。
皆様の感想を聞くことが励みになりますので、ぜひ聞かせていただけたらと思います。
それではまた次の創作をお楽しみに!