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サラマンダーの壷は長い間大神の持ち物だった。
それゆえにサラマンダーの壷はいつしか意思を持った壷となった。
サラマンダーの壷は主人である大神がなぜ自分の中に炎の精霊を封じ込めたのかよくわかっていた。
大神はオスカーのことを大変気に入っている。
オスカーは女ぐせ以外は大変有能で、大神の片腕といってもよかった。
炎の精霊らしく勇猛で、情熱家。
それでいて気ずかいもできるまさしく完璧な男だった。
そのオスカーの唯一の欠点が女ぐせの悪さなのだ。
大神はオスカーの女ぐせの悪さは、単に本当の恋を知らないせいだと思っていた。
だったら彼にぜひとも本当の恋をさせなくてはならない。
大神はオスカーが純潔の女神にちょっかいを出したのを機に彼に本当の恋をさせることにしたのだった。
それがオスカーを有能な炎の精霊としておける唯一の方法だと大神は考えていたのだった。
そんな大神の思いをサラマンダーの壷ははっきりと理解していたので、オスカーに見合う純潔の乙女が現れたとき自分を見つけてもらうために自らをまぶしく光らせたのだった。
アンジェリークは泉の美しさに見とれていたが、突然泉のそばにそびえる大木のうろから激しい輝きが発せられているのに気がついた。
「まあ、一体なんの光かしら。」
興味を引かれたアンジェリークは大木のうろにそっと近づいた。
うろの中には奇妙な形をした壷が入っていた。
壷はアンジェリークが近づくとその光りを和らげ、自分を手にとってくれといわんばかりに光りを揺らめかせた。
そのアピールは効を呈してアンジェリークはそっとそのまるで炎をかたどったような奇妙な形の壷をうろの中から取り上げた。「何が入ってるのかなぁ?」
アンジェリークは手に取ったとたん光りを失った壷を耳の辺りで上下に激しく振ってみた。
「うわぁー。」
壷の中のオスカーはその急な振動に驚き声をあげた。
その声は微かに外のアンジェリークの耳に入った。「え!何壷がしゃべってる!」
驚いたアンジェリークはもう一度壷をまじまじと眺めた。
すると微かに壷の中から声がした。「君は純潔の乙女なんだろう?じゃあここから俺を出してくれ。」
その声を聞いたアンジェリークは何かいけない物を見つけてしまったという気持ちが自分の中に広がっていった。
それでもなお声はアンジェリークに訴えかけた。「乙女よ。お願いだ!外に出してくれ。もう何年この中に居るかわからない。外へ出たいんだ。」
その悲痛な叫びにちょっとかわいそうな気がしてアンジェリークは壷の栓に手をかけた。
そしてもう一度ためらったがやっぱりかわいそうな気になって栓を抜いた。
栓を抜いたとたんサラマンダーの壷から激しい炎のような光とともに美しく均整のとれた体に腰布一枚だけ身につけた美しい男がアンジェリークの前に現れた。
「やあお嬢ちゃん、ありがとうよ。この炎の精霊オスカーを解き放ってくれて。」
オスカーはいつもの女性を悩殺してきた笑みを浮かべてアンジェリークに礼を言った。
オスカーは驚きのあまり声を失っているアンジェリークをこのときはじめて目にした。
そして今度はオスカーが声を失った。
アンジェリークは太陽の光を束ねたような輝く金色の髪をして、まるで吸い込まれそうなくらい美しい翡翠のような瞳、抜けるように白い肌に桜色の頬とまるでさくらんぼうのようなつややかな唇をしていた。
なんて美しい乙女なのか。
オスカーはいつもの甘い台詞をも忘れて美しい彼女に見入っていた。
だがそれも一瞬のことだった。
なぜならば、アンジェリークは腰布だけで現れた男に恐怖を覚えて天をも裂くような大きな声で叫ぶと一目散に逃げ出してしまったのだった。
後にはあっけにとられてポカーンと彼女が去っていった方向を見つづけているオスカーだけが残った。