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リュミエールに初恋だと指摘されたオスカーは今までわからなかったこの気持ちの正体を知って急速にアンジェリークへの思いが深まった。
自覚してしまえば後は突き進むだけだが、なにせ相手は自分のことなどまったく意識していない娘なのだ。
そして始末が悪いことにオスカーは彼女の泣き顔が見たくない。
自分との恋愛よりもきっとアンジェリークはルヴァとの恋愛を望んでいるだろう。
オスカーは苦しい思いをあえて押さえてアンジェリークの笑顔のために尽くそうと心に誓った。
自分でも不思議だと思っている。
いつだって手に入れたいものは手に入れてきた。
それなのにアンジェリークだけは違う。
彼女を手に入れることよりも彼女が笑ってくれる方がうれしいなんて、恋とはなんと不思議なもの、いやこれが本当の愛なのかもしれない。
オスカーはこの初めての恋にかなり参っていた。
アンジェリークの笑顔をどうしたらもっと見れるのかついつい考えていた。
とにかく愛しいアンジェリークの顔が見たい。
オスカーは花園へ今日もまた出かけていった。
アンジェリークは落ち込んでいた。
憧れのルヴァに誘われて出かけた知識の森で緊張のあまりルヴァの機嫌を損ねたと思っていたからだ。
自分はなんてバカなんだろう。
そんな言葉で自分を責めつづけていた。
そんなアンジェリークに花園に向かってくるオスカーの姿が目に入った。「やあ!お嬢ちゃん元気無いな。どうした?」
オスカーの言葉にアンジェリークは破顔した。
その切なげな笑顔にオスカーは顔を曇らせる。「何があった?お嬢ちゃんのその笑顔はいただけないなあ。お嬢ちゃんはもっと輝く笑顔がよく似合うんだからな。」
オスカーはアンジェリークを愛しげに見つめた。
アンジェリークはその表情が初めに見たオスカーの顔つきと違っていることに気がついた。
(こんなにやさしい顔をしていたかしら?)
アンジェリークは小首をかしげた。
今ならアンジェリークはオスカーを信用してもいいかもしれないと思った。「実は私、ルヴァ様の前で緊張しちゃってルヴァ様のご機嫌を損ねちゃったの。」
うつむきながら辛そうな表情を浮かべるアンジェリークにオスカーの胸は締め付けられた。
出来ることなら自分がアンジェリークを幸せにしてあげたい。
幸せにする自信はあった。
でも実際には自分ではどうにも出来ない。
そのもどかしさにオスカーの心はかき乱された。「お嬢ちゃん。そんな顔するなよ。俺がルヴァとのことは何とかしてやるから君は笑っててくれよ。」
オスカーがやっと搾り出した言葉にアンジェリークは驚いていた。
オスカーはなぜルヴァとの恋に協力するのだろうか?
彼は自分のことを振り向かせたいんじゃあなかったのか。
そんな疑問がアンジェリークの心に渦巻いた。「やっぱりあなたは女性だったら誰でもよかったのね。私のことを口説いてたくせにどうしてルヴァ様との間を取り持つ気になったの?」
気が無いくせにそんなことを聞いてしまってアンジェリークは後悔した。
そこへ突然オスカーの両手がアンジェリークの頬を包んだ。
驚いたアンジェリークはオスカーを見つめた。
そこには今まで見た事も無いような切なげな瞳を揺らめかせたオスカーがいた。
あまりに切なく、吸い込まれそうなくらい美しいアイスブルーのオスカーの瞳からアンジェリークは目が離せなくなってしまった。「お嬢ちゃん。俺だって君を誰にも渡したくないんだ。今この桜のような唇にキスしたいくらいだよ。でも君の哀しむ顔は見たくない。ただそれだけなんだ。」
アンジェリークを熱く見つめるオスカーの言葉にアンジェリークは何故か心を締め付けられた。
アンジェリークはこれ以上オスカーの瞳を見ていたら本当にくちづけてしまいそうな自分を恐れてオスカーの手の中から逃れて背を向けた。
オスカーはアンジェリークにまたもや自分は拒否されたと思い胸が張り裂けそうだった。
そしてこれ以上彼女を苦しめないためにもここから去ろうと思った。「お嬢ちゃんすまなかった。とにかくルヴァのことは俺に任せてくれ。きっと君が喜ぶようにするから。」
そう言うとオスカーは、オスカーを急に意識してドキドキしているアンジェリークの様子には持ったく気づくことなくその背中を切なげに見つめながら花園から去っていった。