まず最初は

勇者指令ダグオン

  サンライズのTVアニメ「勇者シリーズ」の第7作、言わずと知れた勇者高校生物語である。

  私の青春はまさにこの作品と共にあった。

  私が「勇者シリーズ」にハマッたのは『ジェイデッカー』が最初であった。
ゆえに、次の『ゴルドラン』では
「こんな可愛げのないガキ共ではダメだ、勇太くんみたくぷりちーにしろ」
などと言っていたが、ハイテンションギャグと昔アニメパロディに感激し、
「高松&川崎コンビはギャグでも天才だ」と、見事にハマッていた。
そして次の『ダグオン』では
「主人公は小学生でなくちゃ、高校生なんてダメダメ」
などとほざいていたが、気が付いたら「MY BEST ANIME」になっていた。「I LOVE DAGWON」って感じ?ダグオンくらぶ最高!

  『ダグオン』は可哀相な位、作画がへぼかったが、それを補って余りある
キャラクターの個性があった。とにかくキャラが立って立って立ちまくっていた。オグロアキラのキャラデザ・荒木憲一のシナリオ・キャラにぴったりの
声優。数多くの要素によって生み出されたアクの強い、濃イィやつら。
現実離れした彼らを身近に感じたのは当時私も高校生だったからだろうか。

 『ガオガイガー』の放送が始まりその主題歌が話題になってきたとき、私は不満に思っていた。「ダグオンだって負けてやしない。」そう思ったからだ。『ダグオン』は名曲の宝庫である、主題歌「輝け!!ダグオン」、五人の友情ソング「オレたちの友情」、EDテーマ「風の中のプリズム」、そして諸々のキャラクターソング達、歌にとって大切なのは歌唱力ではなく「魂」だという事を教えてくれた「ダグオンの歌たち」に感謝したい。

 『ダグオン』は『ウルトラマン』を非常に意識して作られた作品でもあった。
サブタイトル後の宇宙人(怪獣)紹介やファイヤージャンボの発車シーンなどの細かな演出から#27「猫が消える日」や#29「青い星の戦慄」に代表される後味の悪い物語に至るまで例を挙げればきりがないのだが、私が一番興味深いと思ったのは#11のサブタイトル「復讐の10万光年」である。これはおそらく「三百年間の復讐」からとったものだろう、詳しい事は省くが「三百・・・」は上原正三という脚本家がウルトラセブンのために書いたが、話の悲惨さと映像化の難しさのためあえなく制作されなかった物語である。こんなマニアしか知らないような事を幼稚園児向けアニメの元ネタにしてしまうところがまた、ダグオンの魅力のひとつでもある。

 「史上最高の最終回」、ダグオンの最終回を見てそう思った。
ロボットアニメを作るのは難しい、オモチャが売れないといけないから。そのために毎回のように「合体・変形シーン」や「必殺技シーン」を使わなければいけないし、途中で仲間を増やさなければいけない、特に勇者シリーズでは必ず「ドリル」を出さなければならなかった。そういった制約の中でいかに自分の表現したいものを具体化していくかが問われる事になる。もちろん制約の中でもダグオンは最高だったが、最終回にいたってはその制約すらなかったのだ。前回でやるべき事(最後の敵を倒す事)を終えたダグオンは最終回でロボットもマシンもほぼ登場することなく、純粋に人間ドラマを展開する事ができた。これはあらゆるロボットアニメの中でも特筆すべき事である。
さらにキャラクターデザインを手掛け、最終回の作画監督でもあったオグロアキラ氏はこの仕事を最後にアニメ業界を去る事になっており、最後の仕事にかける情熱は尋常ではなかったという。
以上の点により(もちろんそれだけではないが)ダグオンの最終回は日本アニメ史上に残る傑作になったのである、マリアの下着が見えた事ばかりが話題になるのは面白くない。

追記:
本文には”オグロアキラ氏がアニメ業界を去る”と書きましたが、”作画をやめただけ”で、今は竜の子プロで企画プロデューサーとして、バリバリやっているのだ。と、業界の方にメールもらっちゃいました。
あたしったら、こりゃまたうっかりくんっ!

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