1.たまにはちゃんと飯食わせろよ......
レヴィンは財布の中身を確認しながら食堂へ歩いていた。
黒髪黒眼黒ずくめ、みるからに怪しい小柄な男であるが、一応魔術の最高峰であるライカ魔術大学の教師だったりする。
「....なんとか...ぎりぎりだな....」
先日、構内で授業中に他の教師と派手に魔術合戦をしてしまい、教室二つ全壊させた男である。その分はきっちり給料から引かれていて、その日のレヴィンは、いつも通りかなりの金欠であった。
ようやくたどり着いた食堂で、レヴィンはちょっと豪勢にランチをたのんだ。
370シリーン、消費税が付いて388シリーン。かなり痛い出費だが、仕方が無い。
レヴィンは最近塩と砂糖だけをなめる生活は健康に悪い、という結論を出したばかりだった。
トレイに盛られたランチと軽くなった財布を抱えて、ふっ、とため息を付きながらテーブルに付こうしたその刹那
ばんっ!
と激しい音とともにテーブルが弾けとび、テーブルの下から黒いマントを着た謎の大男が現れた!
「うわーはっはっはっはっは!」
「うをををを!俺のランチが!!」
弾け飛んだテーブルとともにレヴィンの全財産をかけたランチが吹き飛んだ!
レヴィンは思わず床に散らばったランチをかき集めてしまった。
「....ああ、俺の、俺のかわいいランチさんが....」
「うわーっはっはっはっはっはっは!」
「....ああ、そんな馬鹿な....これからしばらく飢えっぱなしになる覚悟で頼んだのに....」
「うわーっはっは、はっはっはっはああ!」
「...ああ、俺は一体どーしたら良いんだ....」
「うわーっはっはっは、はっはっはっは!」
「どやかましい!!」
レヴィンは一言叫ぶと目の前の人影に、取り合えず手近にあった椅子を投げつけた。ごすっ、となにやらすごい音がしたような気がしたが、どうでもいい。
「くおらあ!てめえ!一体何のつもりだ!いきなりテーブルの下から現われやがって!常識とかなんとかそーゆー単語を知らねえのか!」
「ふっ!常識だと!貴様如き未熟者にそのようなことを言われるすじあいは無いわ!」
「どこがだ、どこが!テーブルの下に隠れてて、いきなし立ち上がってテーブル破壊して!しかも!立ち上がる時のダメージで脳天から血い吹いてる変態野郎が!どこがどういう風に俺のほうが常識無いんだかきっぱりと説明してもらおうじゃねえか!」
そう、椅子が当たったのは顔面だったが、その男は脳天当たりからもだくだくと血を流している。これが変態でなくて何だというのであろうか。
だが、そんなこともどうでもいい!こいつだけは絶対に殺す!
男はふっ、と笑って何か喋りかけた。
「貴様ご....」
「ああっ!んなこたあどーでもいーんだよ!問題はてめーがふっ飛ばしてくれたこのランチの弁償だ!」
「ふっ、そんな......」
「おいこら変態!てめー!俺がこの「今日は豪勢にランチを食うぞプロジェクト」にどれだけかけていたか知ってんのか!」
「私は変態などでは.....」
「もちろん分かってんだろうなあ!こんだけ派手にぶっ飛ばしてくれて、あげくごめんじゃ済まねえぞ!」
「....あの、ちょっと....」
「定価370シリーン!消費税も入れて388シリーン!きっちり耳揃えて弁償してもらおうじゃねえか!まさか出来ねえなんていわねーよな!」
「....あのね、少し話を....」
「あん!?できねーだあ!んなことが許されっと思ってんのか!!定価370シリーン!消費税入れて388シリーン!きっちりこの場で弁償してもらおうか!オラ出せ今出せ早く出せ!」
「人の話を聞けいーっ!」
いきなり大男が絶叫した。さすがにレヴィンはエキサイトするのを止めてじろりと大男を睨んだ。ややその表情にびびったように一雫の汗を垂らしながら,男は視線を宙にさまよわせる。
「...えーっと....」
レヴィンは壮絶な表情で男を睨み付けた。
「ほほおおうう、いまさら言い訳か?おもしれえ、聞いてやろうじゃねえか」
「おお、聞いてくれるか!」
やや嬉しそうに男は話始めた。
「つまりだ、私が言いたかったのはだ、このような場合にはまず「貴様!何者だ!」とか「どこから現われた!」とかな、そーゆー反応を示すのがお約束と言うものではないかと言いたかったのだ...」
「知るかああっ!」
レヴィンの右ストレートが男の顔面に炸裂し、男が5メートルばかり吹き飛んだ。
2.お前はどこの出身だ?
男をどつき倒して奪い取った388シリーンでレヴィンは再びランチを頼んだ。どことなくぼろぼろになった男はレヴィンの「食い終るまでおとなしくしていろ」という言葉にこくこくと頷き、本当におとなしくしている。その瞳に恐怖に似た表情が浮かんでいるのは何故だろうか?
長い時間を掛けてゆっくりと味わって食べ終ると、レヴィンはふう、とため息を付いた。
「さて....」
その言葉に男がぱっと嬉しそうに顔を上げる。
「おおっ!やっと終ったか!」
「行くか」
「ちょっと待てえい!」
トレイを持って立ち上がったレヴィンに、男が泣きそうな顔ですがりついて来る。
「あんだよ」
めんどくさそうにじろりとにらんだレヴィンの表情にややびびったようだが、それでも男は食らいついて来た。
「ちょっと待て!食事が済んだら私の話を聞いてくれるのでは無かったのか!」
「いつそんなこと言ったよ。てめえみたいな変態と一緒に居て同類だと思われたらやだろうが」
「私のどこが変態だ!」
「全部だ全部っ!変態みたいな行動に変態みたいなのーみそに変態みたいな服着やがって!つめの先からのーみその奥まできっちり全部変態が詰まってるだろうが!」
「私の服のどこが変態だ!」
行動とのーみそには自覚があるのか?などと思いつつ、レヴィンは男を眺めた。
男が着ている服は、分けの分からん模様が入った黒いマントで、しかも胸元には拳大のドクロのペンダントをぶら下げている。マントの下に何を着ているのかは良く分からないが、なんとなく何も着ていないような気がして恐いので聞けなかった。
「....お前なあ、もう少し自分を客観的にみる癖を付けたほうが良いと思うぞ」
その言葉を聞くと同時に、男は胸をはり、勝ち誇った表情になった!
「ふっ、この機能美にあふれたシンプルなデザイン、地元では「とっても個性的で賞」まで取ってしまったこの洗練されたデザインを理解できんとは、所詮貴様もただの凡俗の徒か.....」
「....いや、個性的なのは認めんでもないが....」
「はっ!貴様の底は割れた!これで偵察は終了だ!我が主人の命により、貴様をこの場で始末してくれよう!」
始末?主人?一体なんなんだ、と思いながら眺めていると男はがたがたっ、とテーブルの上によじのぼり、意味もなく天を指さす。
「はっはっはあ!聞いて驚け!我こそは暗黒の使者、漆黒の破壊者、風より速き黒き残影!」
「....おいこら.....」
「その名は全世界の暗黒街に響き渡り、身長体重生年月日その他いろいろ秘密のベールに隠されている!」
「...その主人って....」
「生ある者で私を見たものはただ一人しか居ないと言われる謎の魔術戦士!それが私だ!ああ!我ながら自らの威名に恐れ入ってしまうことよっ!」
「騒ぐんじゃねえっ!」
レヴィンが声と同時に投げつけたフォークを男はぱしっと右手で受け止め、静かな瞳でレヴィンを見据える。
「....ふっ、この程度の攻撃でこの私をどうにか出来るとでも思っているのか.....?」
おおっ!さっきよりレベルアップしている!右手にささって血が出てるけど......
レヴィンはじりっと下がって身構えた。男はそんなレヴィンの行動を悠然と見下ろしている。
「...ふん、さっき主人がどうとかほざいてやがったなあ、つまりどっかの馬鹿が貴様めてーな変態をわざわざ送り付けて来たくれたわけだな...」
「何度も言うが変態ではない。この服は我が故郷ではフォーマルスタイルなのだ」
.......フォーマルスタイル.......こいつの故郷って一体......
「......ま、まあ、それはともかく.....そいでてめーの主人てのはどこのどいつだ。あとで迷惑料もらいにいかんとなあ」
男は無意味に腕をざっざっと振ってポーズを取った。
「ふっ!敵にそんな情報を渡すとでも思ったか!どうせ貴様はここで死ぬのだ!無意味なことを聞いている暇があったら念仏でも唱えるが良い!」
そういうと男は胸の前で手を組合せ、なにやら複雑な印を切る。そして呪文のようなものを唱え出した。それと同時に突如として空気が渦巻き、激しい気流となってレヴィンを襲う!
「...なに...!?」
こいつ!ただの変態じゃなかったのか!
突如として発生した旋風に、レヴィンは左腕で顔をガードするような体勢を取る。
男は両手を大きく広げ哄笑を上げている。
「はーはっはっはあ!恐れおののけ泣きわめけ!凡人の恐れおののくその姿こそ私の糧よっ!今さら謝っても許さんぞ!貴様を倒してさっきの388シリーン取り返す!」
「てめえ!志が低いぞ!」
「はーはっはっはあ!茶番はここで終りだ!我が究極奥技をみて死ぬが良い!」
そう叫ぶと男は開いていた両手を閉じまた印を切る。
「はあっ!」
男は鋭い気合いとともにテーブルの下に落ちていたプラスチック製の皿を指さした!
「くらえい!我が究極奥技!フライングソーサーアターック!」
男の声とともに落ちていた皿がふよふよっと浮かんだ!
ををっ!これはもしかして.....
「うおおおおっ!ゆけい!我が可愛いお皿ちゃん!」
男は全身全霊をこめて両手を前に突き出し、皿を飛ばしている。皿はひよひよとレヴィンのほうに飛んで来る!
やはりこれはもしかすると....
「おおおおおおおおおっ!」
男の最後に烈帛の気合いとともに両手を突き出す!そして皿はぽすっとレヴィンの手に収まった!
やっぱり......
「はーはっはあ!見たか我が究極奥技!これを食らって生き残ったものはただの一人も....」
「痛くも痒くも何ともねーじゃねーかあっ!」
がつっ!
「うおおっ!?」
レヴィンが投げつけた皿は男をテーブルの上からはたき落していた。
3.誰だそいつは?
「...で、てめーをレヴィンにけしかけて、俺の平和な生活を邪魔してくれた主人とやらは一体どこの誰なんだ?」
レヴィンはばきばきと指をならし,男の頭を踏みつけながら,ぼろべろになっている男に問いかけた。その主人とやらをどうにかしないと平和な生活は戻って来そうに無い。
男は恐怖に引きつった表情であったが、まだ抵抗する。
「そ、それは、.....それだけは言ってはならないことになってまして......」
レヴィンは指を鳴らしながら顔をぐっと近づけた。
「ほほおおおう、そんなに両腕でちょうちょ結びされたいってか?いーぜー?俺はもちろん全然かまなねーんだけどなー?」
ぐぐっ,と力がこもったレヴィンの腕に本気を見て取ったのか、男は震えながら叫んだ。
「ああ!言います、言います!私の主人はジュリアーノ様です!」
「.....誰だそいつは...?」
「そーです!全て悪いのはあの女です!あの女が私をけしかけてあなた様のような素晴らしいお方に喧嘩を売らせたのです!そう!全て悪いのはあの悪魔のような女...」
「...だから...だれだそいつは....?」
「ああ神よ!このような素晴らしき人物を襲わせたあの悪魔をどうか退治して下さい!私はただだまされていただけなのです!ああ!罪無き私に償い切れぬ悪を教えたあの女!何と言う悪人なのでしょうか!」
レヴィンは男を踏みつけている足に力を込めた。なにやら頭蓋骨がみしみしいっているような気もしないでもないが、多分気のせいだろう。
「まあ、お前の分はお前にちゃんと払ってもらうからな」
「...あああ...もうかんべんして下さい....」
男はだーと涙を流しながら懇願する。その様子があんまり哀れなのでレヴィンは足を離してやった。
「とっとと失せろ。今度俺の周囲1光年以内でてめーを発見したら、問答無用でドラム管に詰めて、川に沈めっからな。2度と出るなよ」
「...あああ、分かりました分かりました、もう2度と現われません....どうかもう許して下さい...」
ふん、とレヴィンは鼻で笑うと男を蹴飛ばした。ぎゃっ、と叫んで男は駆け出した。
そして50歩ほど離れると......
「はーっはっはあ!まんまとひっかっかったな!これこそ虜囚の身から逃れる我が奥技!「謝り倒して許してね!」だ!」
レヴィンは男をぎろっと睨んだ。その視線にびびったように男は2,3歩後退したが、まだ多少プライドが残っていたらしい。たらっと一筋の汗を流しながら、それでもまだ一応頑張っている。
「...えーと....その....この借りは必ずかえ......返させていただく....つまり...覚えていろ....いや....覚えていていだけると....」
「うるせいっ!とっとと失せろっ!」
「はいーっ!」
レヴィンのどなり声に男は逃兎のごとく駆け出して行く。
「......一体何なんだ.....?」
フェル近郊の青い空はレヴィンのつぶやきに答えるでもなく、ただそのつぶやきを吸い込んで行った........
講義録へ
目次へ