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Jun / 01 / 2000
6月になりました。卒業まで、二週間をきりました。とりあえずそれはこっちに置いといて、今は期末試験の勉強をしなくては。今日は日本史の試験がありました。今回は範囲が狭かったおかげで、けっこうできたはず。間違えたのも幾つかあったけど。時代は加藤高明内閣から鈴木貫太郎内閣まで。日本が満州国を建国する1932年あたりから、1945年8月15日の終戦までです。明日は数学とフランス語です。一夜でボクの頭に、計算と記憶を同時に叩き込むのは不可能だと思います。 Jun / 09 / 2000 いよいよ明日は卒業式です。高校生活がとうとう終わってしまいます。ここのマヌケな日記をずっと読んでいた人なら分かるでしょう。感動モノです。明後日には日本へ帰る飛行機に乗り、当分ニューヨークには戻ってこないでしょう。 FIELD OF VIEW Tomorrow55および渇いた鮭について。まず第一に、ホームページは今後も続けます。しばらくはね。けど、これからは日本に帰り、ホームページの新展開と発展を少しだけ期待してください。とりあえず、今あるホームページの各セクションを片っ端から潰す、または作りなおします。「たれたれころりん」、「田中君に春を呼ぼうの会」、「レオタードから伸びる足」の3セクションは消えるか、またはどうにかして処分します。一番更新しないセクションなので。また何か新しいのを作ってみてもいいかもね、久しぶりに。特にここの日記は、今までの短調なテンポから何か変化が見られるかもしれませんね。日本に帰ってからは、あまりホームページ更新を頻繁にやる気にはなれないけど、とりあえず「継続は力なり」です。 Jun / 10 / 2000 4年前、はじめてこの学校に入ってからたくさんの友達と出会い、多くの人に支えられ、今日僕は卒業しました。さようなら、高校生活。そんな長くは書けないけど、自分がとうとう「卒業」という立場に立ってしまったのかと、実感は50%ほどしか沸いてきません。明日、日本へ帰ります。今年の9月、または来年の4月からは大学生です。もう「大」がつく年頃、大人になるんですね。人生の中で一番「青春」した高校生活、慶応義塾ニューヨーク学院、バイバイ。Class of 2000, Forever!!! Thank You, Everyone. Jun / 16 / 2000 最近のお気に入りの曲は、モーニング娘。の「ハッピー・サマー・ウェディング」。ぱらっぱぱ、ぱらっぱぱ、ぱらっぱぱっぱっぱ〜♪♪っていう、なんとも能天気な曲で、僕の心をしっかりとつかみました。携帯の着メロにもしています。ん?携帯電話?そうです、買いました。日本に帰って来ています。 11日の退寮の日。前日からずっと徹夜で荷造りをしたり遊んだりしていて、朝になってすごく眠たかった。おまけに荷物は5つもあって、何が入っているのかものすごく重く、寝不足で弱っている僕の体にはこたえました。生徒によって帰るルートは違うし、夏休みはアメリカに残る生徒も大瀬いたので、みんなバラバラ。僕はけっこう人数が多かったJALのパックで帰りました。寮から飛行場へ向かうバスに乗る前、まだ帰らない生徒たちが大勢、みんなを見送りに寮の前まで来てくれました。泣いてる生徒もいたし、「夏、会おうね〜♪」と笑って別れる生徒もいました。みんなと別れるといっても、結局は大学で会うことになるんだし、仲の良い友達とは夏休みに会う予定だから、別に悲しくはありませんでした。学校から離れるのは寂しいけど、また来年、ニューヨークに遊びに来てもいいかなと思っています(お金があれば、ね)。・・・けど、泣きました。「田中君に春を呼ぼうの会」で知られている(?)田中君。彼は日本の大学ではなく、アメリカの大学へ進むことにしました。うちの学年でアメリカの大学へ行くのは彼一人で、彼自身が色々と夢見て決めたことで、この先ずっと日本で応援してゆくつもりです。大学は別でも、絶対にまた会えるし、メールとかチャットなどで話す機会もあるから、これが「さようなら」じゃないんだよっ、・・・と、分かっていたつもりだったのですが・・。バスにエンジンがかかり、飛行場へ行く生徒はバスに乗り込まなければならない時、他の誰よりも田中と抱き合いました(こーゆーところ、アメリカらしいよなぁ)。4年間もずっと一緒にいて、仲の良い友達であり、この先もずっと付き合ってゆくことになるんだけど、やっぱり離れ離れは寂しい。バスに乗って、中から田中を見ると、不思議と涙が出てきました。考えてみれば、田中のために泣いたのなんてこれが初めて(最初で最後か?)でした。いやぁ、人間ああいう場面では泣くもんだな。バスの窓ガラスが少し黒いやつだったから、外にいた田中達には涙とか見えなかっただろうけど、うん、青春だ。っていうか、田中ここのページ見てないだろうなぁ。恥ずかしいぞ、こんなこと書いてるの見られてたら。 日本に帰って来てからの僕の行動は素早く、早速携帯電話と以前から欲しかった(実際に夢にまで出てきた)自転車を購入しました。携帯電話はIDOのcdma1っていう、織田裕二が宣伝してるやつ。別に織田裕二じゃなくて藤原ノリカでも広末でも良かったんだけど、e-mailが使えるやつなら何でも良かったし、IDOの専門店が家の近所だったため、これを買うことにしました。まだ説明書を全部読んでないので、使い方は完璧に覚えていませんが、どこからか電話がかかってくると嬉しいもんですね。「だ、誰からだろ〜♪」とウキウキしながら、「ハッピー・サマー・ウェディング」を流すマイ・愛しの携帯に飛びつくわけです。自転車の方はママチャリです。マウンテン・バイク買えば?って声もあったんだけど、ほら、ママチャリってかっこいいじゃん?あのフロントについてるかご、あれが便利そうだったから。自転車は15900円して、この三日間、近辺の街で乗りまわしています。車や歩行者に気をつけなければいけないけれど、風になれてすごく楽しいです。ちなみにビックリマン・チョコの「大トロ」ってシールを貼って、「大トロ号」と名付けました。実に豪華な名前のママチャリですよね。 夏休みはまだまだ長いし、大学に入るまでまだまだ時間もあります。その間に車の免許を取らなくちゃいけないし、何か楽器をはじめてみたい気もするし、みんなと会って遊びたいし、剣道もどこかでやりたいし・・・・とやりたいことはたくさんあります。ま、焦らず慌てず、長い夏休みをエンジョイしたいと思います。去年の夏は非常に充実してて楽しかった。今年の夏はどうなるのかな? Jun / 21 / 2000 こないだ片山と和田ポンに会った。錦糸町で剣道部の先輩のそまやさんの大学でのサークルのライブを三人で見た後、うちに泊まった。この時初めて知ったのだが、実は和田ポンはここの日記の愛読者らしい。約一年前から、ホームページを1週間に1回は見ているという常連ぶり。つい最近書いた日記の内容まで知っていたのには驚いた。和田ポンったら、そんなこと一言も言わないし、ゲストブックとかにも何も残さないし。なんでも、人が日記とかでどういうこと書いてるか興味あるんだと。まぁ、それはいいけどさ・・。へいへい、和田ポーン、見てるかぁい? Jun / 24 / 2000 最近、ZARDやPAMELAHを聴いていない。なんだか単調で、どの曲も同じに聞こえてしまう。ソロの「LOVE IS PAIN」はどうしようもない駄作だったと思う。一時的に飽きただけかもしれないから、またいつか聴くかもしれないけどね。昔はビーイング系大好きだったんだけど、最近はそうでもない。織田哲朗がビーイング辞めてからというものの、レベルの低い新人ばかりデビューさせては、金もうけのことしか考えてなさそうなセールス方法が目立っているし、一部のアーティストを除けばレベルはかなり下がったと思う。どうしようもないのに金かけすぎじゃ、ビーイングよ。 Jun / 28 / 2000 夏休みだけの短期バイトとして、日通・ペリカン便の仕分け作業のバイトを始めました。時給950円と、過去経験したバイトでは最高額。それだけに仕事もハードで、初日は仕事がまだ分からないということもあり、けっこう疲れました。バイト募集の広告欄を見て面接を受けたんだけど、運良く採用。これで、今のところ、僕は就職率100%。バイト募集広告見て、すっかり昼ご飯はただで支給されるものだと思っていたのに、食堂で金払って食べました。帰って来て広告をよーくみたら、「食堂完備」と書いてあるだけで、「食事支給」とはどこにも書いていなかった。思い込みって恐い。結局、350円のカレー食べたんだけどね。まぁ、このペリカン便のバイトの話は、これからもぼちぼちと(愚痴話を)書いて行きたいと思います。・・・ズボンのウェストのサイズが大きすぎるとかさぁ・・・。 |