'00 September



Sep / 14 / 2000

  あなたの性格はいろいろな特徴をもっていて、普通の人に比べて少し複雑です。そのときどきによって、さまざまな面をみせるやや多面な性格です。しかしどちらかといえば活動的で自分自身を信頼し、精力的に動きまわるタイプです。着実に仕事をし、義理を欠かさないので、世間の人はその意味であなたを信頼していることでしょう。しかし、少し自信過剰になりやすい傾向がありますので、運転にさいしてはよく注意してください。

 これはただの性格判断テストの結果ではありません。最後の文章を読めば分かる通り、運転の際の性格判断らしいです。先月24日、普通車免許(オートマ)をゲッチュするために近所の自動車教習所に通い始めました。入所日に適性検査なるものをやらされ、その結果出てきたのが上のものです。適性検査自体は、4つの絵の中から好きなやつと嫌いなやつを一つずつ選べ、アルファベットのAをひたすら書き続けろ、だまし絵を見てそれが自分にはどんな絵に見えるかを答えろ、数字を足したり引いたり、そんな感じのテストばかりでした。果たしてこんな問題で、テストを受けた人に「君、運転しない方がいいよ」なんて断言できるのだろうか・・・と思いつつ、思いのまま解答しました。診断の結果の続きを読んでみましょう。

 注意力の点では大きな問題はありませんが、さらに細かい点にも、よく気を配ってください。動作がていねいで、どちらかといえば迅速さもあります。運転にもこの心がけを忘れないでください。あなたの運転マナーは決して悪くありませんが、いつも控えめな態度で運転するように心がけてください。からだの点で心配なことは何もありません。安心して安全な運転をしてください。健康な精神状態で、運転に支障はないようです。慎重か軽率かといえば、あなたはどちらかといえば慎重なほうです。自分のこの特徴を忘れないでください。

 ・・・だそうだ。運転したこともない人間に、よく「あなたの運転マナーは決して悪くありませんが・・・」なんて言えるものだな。そのわりには、A〜E段階(Aが最高、Eが最低)で評価される「運転マナー」ではしっかりと「A」の評価を頂いている。だったら「あなたの運転マナーは最高です」って書いてくれれば良いのに。しかも、「どちらかといえば迅速さもあります」なんて書いてあるくせに、柔軟性の評価では「D」を頂いている。

 教習所では学科と技能を同時進行で取ることができる。学科の方は1〜10あるうちの8つ受けた。技能はまだ少しあるようだが、これで中間試験などを受け合格すれば、学科および技能が第二段階へ進み、さらに高レベルなこと(路上教習など)をするらしい。最終的には人工呼吸や心臓マッサージみたいなことまでやるようだ。学科では基本的に大きな教室で、2.30人相手に先生が一人で授業をすすめ、50分の学科中30分はビデオを見ていることになる。技能では教習所内を車で教官に教えられながら運転する。昔から教習所の教官は態度が悪いと言われているので、自分もそこそこ覚悟して技能教習を受けているのだが、そんな悪い人ばかりでもない。中には熊みたいな人もいるが、やけに若いお兄さん、教習中に助手席に寝る人、やけに愚痴を言う人など様々である。技能は緊張せずに、楽しむようにやっている。今はけっこうリラックスしているが、これが路上教習になったらどう変わるか分からない。

 少し頭が固く、考えが狭い範囲に限定されがちです。視野や思考にゆとりを持つように心がけてください。時々気分が大きく崩れることがあります。今日は調子がおかしいと感じたら、特に気をつけることが必要です。いろいろなことに気がつくため、悩んだり気をもむことがあるようです。心配しすぎないようにしてください。あなたは非常にまじめな人か、多少背伸びをしたがる人のどちらかです。後者の場合は、その点を改めましょう。わがままな傾向があります。相手の立場を考え、言い分を聞くことを身につけましょう。運転には、充分に気をつけてください。

 前者なのか後者なのかは書いてくれてはいないが、おそらく後者だろう。じゃなければ、いちいちこんな書き方はしない。「相手の立場を考え、言い分を聞くことを身につけましょう」ってことは、「教官の言うことには従えよ」という意味だろう(多分)。性格診断とかはけっこう好きな方である。信じる信じないは別として、まだ占いよりは根拠がありそうな気がする。今回の運転適性検査の結果は、いつかのエニアグラム診断の結果に近いものあり、ちょっと違うところもあった。エニアグラムの方は図書室に本があり、それで200問にわたる質問を答えて結果が出てきた。余談だが、携帯電話で見るホームページ(Ezインターネット)にもエニアグラムによる性格診断があったが、質問一つで結果が出てしまうため、まったく違う結果だった。何はともあれ、どんな性格の人間でも、運転には充分に気をつけることが大切なのである。上の最後の文章は、どの人の結果にも書いてあるのかもしれない。







Sep / 17 / 2000

 とうとうこの日がやってきたのか・・・と、はじめ君は思った。彼は自信が無かった。果たして自分ので、ちゃんとできるのだろうか・・。そう、あれは我が家にISDNっていう近未来なキテレツ君の発明がやってきた時だった。我が家の親のパソコン2台は、多少てこずりながらも無事にISDNの波に乗ることができた。ところが僕のFMVビブロ君は、ケーブルさえ認識しない始末。修理に出そうか迷ったが、修理代もバカにならないので、えーい、こうなったら新しいパソコンカッチャエ!

 買いました。SONYのVAIOっていうパソコンです。僕はパソコンの性能を見る、ペンティアムだの、ラムだの、インテルだのの違いが全然分からないので(唯一分かるのはハードディスクの容量)、そのパソコンで何ができちゃうかで決めました。前からVAIOってヤツはいろんなことができるらしいぜ、と巷で聞いていたので、ミーハーな僕は買うと決めた時からVAIOしかないと感じていました。いくつかのVAIO機種の中から選んだのが・・・えーと・・ばいおMXなんとか・・・なんとか。パソコンの外側見ても書いてないぞ、機種名が。このバイオはDVDが見られて、MDが聴けて、TVチューナーも内蔵されているというツワモノで、親に借金して購入しました(1/3も負担してくれました)。

 色々いじくってみても、さすがに早いです。ISDNにも何の問題も無く接続でき、快適なネットサーフィンを楽しんでいます。さて、このパソコンに名前をつけてあげました。ばいおっていう名前から、梅夫(うめお)君と名付けました。今後よろしゅう。







Sep / 19 / 2000

 吾輩の愛車「大トロ号」の前輪がパンクしてもうた。バイトの帰り、段差のあるトコロに乗り上げたとたん、ちょっとした衝撃でヘチョヘチョになってしまった。家まで押して帰るには遠かったし、走行が不可能な状態ではなかったので無理矢理こいで帰ってきた。昼過ぎ、デパートの自転車屋に修理を頼み、夕方に治った(直ったではない)。案の定、空気が抜けただけなんてオチではなく、ちゃんとしたパンクだったようだ。1800円もした・・・。タイヤの空気入れたりするところ(?)、あれの値段見たら800円程度だったのに、修理代他で1000円も取られたのか。この自転車を買ったのが、日本に帰って来た次の日だから、もう3ヶ月近く乗ってることになる。3ヶ月で一回パンク・・・って、頻度高い?まぁ、今年の僕の夏休みは、この「大トロ号」と一緒だったようなもんだったからなぁ。かなりの距離を走行したしね。やっぱり僕は自転車に乗ってる時間が一番ゴキゲンなわけよ。この愛車は僕の宝物です。盗難されたら号泣しちゃう。修理に出してる間の数時間も、ちょこっと淋しかったし(デパートから家まで歩いてる間)。







Sep / 26 / 2000

 97年の夏、当時日本で言う高校一年生だった僕はアルバイトを探していた。色々検討した上で、自分の家から二駅ほど離れたトコロにあるマクドナルドでバイトすることになった。今思えば親切な職場で、一年の大半はニューヨークにいるくせに、夏休みと冬休みだけ来て働くという不規則な取り方をしてくれた。ある意味、そこのマックの名物になりかけていた。夏休みはとにかく長いので、毎週けっこうな時間バイトしていた。同い年の子たちよりは、当時大学生だった人や、主婦のオバサンたちと仲良くなり、店長やマネージャーも親切にしてくれた。そこのマックは99年の春頃にフランチャイズ経営になり、夏休みノコノコ帰ってきたら、店長とマネージャーが変わっていたのには驚いた。ここのマックは駅前にありながら、たいして大きくもない住宅地タウンだったので、基本的にはヒマックだった。主な客は、朝の出勤前のお父さんたちや、近くの高校の生徒の部活の帰りなどだった。ここのマックは97年夏〜99年冬までバイトしていた。正確に言うと、99年冬はニューヨークから帰ってきてから、働かずにして辞めたので、最後にバイトに入ったのは99年の夏ということになる。2年間もやっていたので、バイトの中ではけっこう上のランクで、高校生では最高ランクの「Aクルー」という地位を頂いていた(そんな難しいモノでもないのでけど)。朝、店を開けるオープンという作業を実によくやった。朝6時にバイトが始まり、7時半には店が開くので、それまでにすべての準備を整えていなければならない。グズグズしていると店を開くことができず、客に迷惑をかけるという、けっこう責任重大な仕事だったかもしれない。そのため、朝起きるのは5時頃で、MD聞きながら駅までダッシュした思い出がある。マネージャーからは新人の教育を任されていて、事実教えるのは上手だった(と自分でも思う)。教え方にはマネージャーもかなり誉めてくれた。去年の冬、辞めた理由は一つではなかったが、「もう二度とマックでバイトすることはないだろうな」と思っていた。けっこう思い出深いアルバイトだったなぁ、と思う。

 その思い出のリフレインを呼び覚ますかのごとく、遥かなる地平線から召喚されたように、再びマクドナルドでアルバイトをしている。今年の7月は日通のペリカン便で暑い中、セコセコ働いていた。そこでのバイト中、8月は絶対に涼しい部屋で甲子園でも見ながらくつろいでやろうと考えており、それは実現した。しかし、「いつまで家でゴロゴロしてるんだ、バイトでも探して来なさい。そりゃ7月は暑かったし忙しかっただろうから、8月の最初の方は甘く見てたけど、いつまでグータラしてるの!!」と母親から罵倒されたため、仕方なくアルバイトを探すことにした。本当はバイトなんて面倒臭いし、乗り気ではなかったのだが、新聞の折り込みチラシのバイト募集にマクドナルドでのバイト募集があり、面接を受けることにした。マクドナルドの仕事は、店によって多少システムは違うものの、基本的には同じである。「マックなら仕事も楽だしぃ、前に経験あるからぁ、面接すれば受かるぅ、みたいな?」な気分で面接を受けに行った(面接時はマジメに受けましたよ)。絶対受かる自信はあったし、店だってバイトを採用するなら、経験者の方がありがたいに決まっている。数日後、「バイトに来てくださいね」みたいな電話があり、採用されることになった。一年間やっていなかったが、ハンバーガーの作り方などは忘れていなかった。今働いているマックは、前の店よりは忙しいが、平日はそれほどでもない。自給は800円と、まあまあ。今週の金曜日から大学の研修も始まるし、免許も取りに行かないといけないので、ますますバイトに行く機会が少なくなりそうだが、僕の中では一応、研修>免許>バイト、というメジャリティーだ。予断だが、マックとは長いこと接してきたが、先日生まれて初めてフィレ・オ・フィッシュを食べた。今週の月曜日からフィレ半額120円セールが始まり(10月の終わりまで続く)、今こそ食べるチャンスと思い注文。思ったより薄味で、おいしくなかったというのが素直な感想。普通のハンバーガーやビック・マックの方がおいしいかな。朝のマフィンやフランクもなかなかイケるけど。







Sep / 27 / 2000

 数日前のココの日記で、「デパートで自転車を修理してもらった」みたいなコト書いてありますが、スーパーのことです。日本人としての常識がいくつか欠如している僕は、未だにデパートとスーパーの違いがよく分からないのです。上で述べているデパートとは実はダイエーのコトで、日本人100人に聞けば99人は「ダイエーはスーパーだよ」と答えるのでしょう。僕の中でスーパーっていうのは、1階建ての食料品と洗剤ぐらいしか扱わない店舗のことを指し、デパートと言うのは4階〜6階ぐらいあり、エスカレーターに乗ってると「ピンポンパンポーン♪迷子のお知らせを・・・」と言うお決まりのセリフが流れる巨大駐車場付きの店舗のことを指します。僕にとってみれば、ダイエーもイトーヨーカドーもデパートなのですが、実はとんでもない間違いらしいです。デパートとは飽くまでも高島屋やそごうなど、とにかく高そうな服が山ほど置いてあるトコロなんだと。では、丸井やパルコはどっちなのかな?デパートなの?

 常識欠如と言えば、先日郵便局へ行った時のこと。郵便ハガキが欲しかった僕は、郵便局の人に「郵便ハガキください」と頼んだ後、「・・・それって、50円切手付いてるやるですよね?」と聞いたのです。世間一般に見れば、バカ丸出しパラッパラッパラヤイヤイヤーらしい。郵便局で売ってるハガキには絶対50円切手が付いてるやつだ・・・なんて僕は知らなかったのです。世の中には最初から切手が付いてないハガキもあるじゃんよ。その郵便局の人は絶句し、「・・・当たり前ですよ」と言い放った。当たり前じゃなくてごめんなちゃい。

 免許ではようやく仮免に合格しました。一発オッケーでした。技能試験の方は問題無かったけど、学科試験は分からない問題がいくつかあり、「落ちたかなぁ、お金もったいないなぁ」なんて考えていたけど、ちゃーんと合格ラインをパスしていました。今日の晴天もまるで僕を祝福してくれているようです。実は僕が日本で「秋」という季節を過ごすのは10年ぶりなのです。小学校2年生の秋を最後に、香港、イギリス、アメリカと飛び回っていたため、9月〜11月頃はいつも海外の空気を吸っていました。最近は涼しい日が続き、日本の秋も良いものだなと感じています。梨はおいしいしね。





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