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Nov / 02 / 2001
11月になり、秋も深まってまいりました。この季節、好きですね。 僕の「ティーネイジ・ドリーム」も、あと2週間です。もう頭上の数字がカウントダウン始めてますね。 2001年も、もうすぐ終わってしまいます。12月になったら、もうアッという間に2002年です。どの四季も好きだけど、日本の冬は何かと思い出深い気がします。昔、海外に住んでいた頃、一時帰国は大体2年に一度、必ず暮れにあったからかな。今年はサンタさんに何をお願いしよーかな。 Nov / 04 / 2001
剣道のサークルで新人戦という試合があった。1年生のみ出場するという試合で、自分たちの他にも2校が集まった。2校のウチ、かたっぽはかの有名な東大サンで、人数がやったら多かった。剣道の試合は久しぶりだった。結果からいえば、団体戦では4戦2勝2敗(チームも2勝2敗で3位)、個人戦では3回戦のベスト8まで進んで敗れた。団体戦では自分の大学のもう一方のチームが優勝し、個人戦も優勝・準優勝も自分たちの仲間が制した(実はベスト8のウチ、6人が自分の大学の1年生)。 剣道の試合、自分が戦ったものは案外覚えているものだ。高校時代、ニューヨークでの剣道の試合も印象深いものが多い。 初めての試合出場は98年の春頃。個人戦の1回戦の相手は、ごっつい体格の黒人。デビュー戦というコトもあって、あんなごっついのに勝てるのか?と思っていたが、圧勝。初めての公式戦試合は白星だった。1999年11月(日記)にあったシカゴでの遠征試合、それとサウスブロンクスでの試合も想い出深い。負けはしたものの、あれほど燃え上がった団体戦はなかなか経験できない。もう2年前になるのか。ずいぶんと前のコトだ。 Nov / 06 / 2001 10月末の日記でなぞなぞを出したのですが、掲示板で簡単に答えをパッと出され、親には30年前から知ってるなぞなぞとまで言われ、自分の力量の無さを思い知らされました。苦手なんですよ、なぞなぞ。 別のなぞなぞを出します。このなぞなぞの答えも僕は未だ知りません。解かった人は、静かに手を挙げてください・・・。 虎裏猿表馬表 = 豚 猫表鼠表鼠裏 = 男 虎表鼠表馬裏 = 猫 蛇裏犬表犬裏 = ? あぁ、全然わからねえ。 Nov / 07 / 2001 11月初旬なのに寒くなってきました。まだ秋という季節のはずなのに、冬の気配も少し感じられます。しかし、日本はまだまだこれから寒くなってくるんですよね。 夜、バイトが終わって部屋に帰ってきました。体を温めようとお茶を飲みながら肉まん(3個100円)を食べました。 肉まんを食べながら、祖母のコトを思い出しました。今からちょうど5年前の冬。祖母と一緒に街へ出て、帰りに商店街で肉まんを買ってもらったコトをよく覚えています。寒い季節、外で食べた暖かい肉まんが印象的でした。 祖母が亡くなってから、もうすぐ半年が経ちます。今でも、チョットしたコトで思い出します。僕のバイト先の回転寿司屋は家族連れが多く、お客サンで優しそうなおばあちゃんと小さな孫の姿を見ると、言葉で説明しにくい少しせつない気持ちになることがあります。 暖かい格好をして、暖かいものを食べて、暖かい人達の中で、長い冬を乗り越えましょう。 |
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Nov / 09 / 2001
「あんなモノ こんなモノ いっぱいあるけど」 ★★★連載22
修理に出していたパソコンVAIOのモニターがやっと返って来た。しばらく前に届いたSONYからの見積書(FAX)を見ると約14、000円と書いてあったが、次のFAXの二次見積もりでは約23、000円となっていた。なんでも、ディスプレイの中央部分に5cm程の傷があるので、画面のフィルムとやらを交換するのだと。そんな傷、身に覚えは無い。あったのだろうが今まで気づかなかったし、気づかない程度の傷である。そんなもののタメに9、000円も余計にとられたんじゃタマラナイ。早速問い合わせて、一次見積もりの分だけで充分だ、それ以上のコトはしないでくれと頼んだ。修理から戻って来たモニターを眺めてみると、確かに横に5cmほどの本当にうっすーい傷がある。しかし、電源が切れた状態の暗い画面でも、光の当て具合によって見えるか見えないか程度のものである。これで9、000円を払わせるつもりだったのか??一瞬、SONYの本性を見た気がする・・・・。 修理期間中に代役として活躍したのがこのパソコンである。1997年夏、マクドナルドのバイト代で買った僕の初めてのパソコン、FMV-biblo NU13D。高校に入るまでパソコンなんてものは全く知らなかったのだが、周囲の友人らのを見ているうちに自分も欲しくなった。このパソコンを使って、インターネットを初めとして本当に色々なコトをした。ここのホームページも、元々はこの中で生まれたのである。本来 Windows95 パソコンなのに、無理して 97 を入れたため、色々と不具合が生じている。正体不明のウィルスに2回犯された経験がある。フロッピーディスク・ドライブが動かない。USB(プリンタにつなげたりするトコロ)が壊れている。終了に1分近くかかる。ゴミ箱を開けるにに30秒近くかかる。・・と、数え切れないほどだ。時には床に落としたり、ラーメンを誤ってぶっかけてしまったり、イライラして拳をキーボードにたたきつけたり・・。それでも生きている。タフなヤツなのだ。VAIOモニターも少しは見習って欲しい。昨年9月、現役は新参の VAIO に譲ったが、その後も引き出しの奥で眠り続けていた。VAIO が使用不可能だった間、久しぶりに現役復帰し宿題からインターネットまで大活躍してくれた。このパソコンにある意味、最大の敬意をあらわしたい。 Nov / 12 / 2001 今日ははじめの家に泊まりに来ました。みんなでみんなのゴルフをやりました。はじめがへたくそで笑えました。まじで。あと、最近ピーターというキャラを考えたので、ココだけの話、ちょっぴり教えようと思います。ポイントは、怖いけどかわいい容貌です。ウサギです。はやくゲーセンに並ぶ日が来ないかなあ…無極にして太極、動は陽であり、静は陰なのです。いろいろなものは、陰陽五行から生成されており、五行は火水木金土から成ります。例えばはじめは陽40%陰60%からできています。知らんけど。今日授業で習いました。あー眠いのう…ハンプが目を閉じました。きっと朝まで目を開けないんじゃないでしょうか?明日はいい日になるといいな。 海行きたい。最近FLASHがすごいと思う。www.yugop.comとか。FLASHとCGの作品のせたHPでも作ろうかな。ところでブラインドタッチは出来ますか?僕は出来ません。ずっと前にはじめと長岡が二人で一つのキーボードを使って物凄い速さでタイプしていた時にはびびりました。やべえよあれ。タイプは苦手だ。もーパラにはよく行く。井沼ちゃんはすごかった。あの天然のすっとぼけ具合とか。そのくせ気づいたときには空のお皿をいつのまにか持ち去っている…で、代わりの肉皿は持ってこない。そんなとこがすごい。いや、もっとすごいんだけど、ここでは書けません。キチボクへ行ってみよう。 友人の吉野くんはFFのミニゲームでものすごいスコアを出して喜んでいましたが、かれは大切なものを失っていると思います。うそ。ほんとはそれでもいいと思う。吉野さんは最高です。バンザイ。言ってみただけ。がんばってね。 by. Yoshiki Nov / 13 / 2001 今日、ハナクソをほじりながら思った。小さい頃はもっとほじってたよなぁ、と。僕に限らず子供はみんなそうだ。ハナタレ少年とか、ハナクソ飛ばす男の子とか。昔はよくそういう光景を見たものだが、さすがに大学のキャンパスで、好きな女の子に「ハナクソ〜!」とか見せて嫌がらせる(実は好きだったりする)イジワルな男の子の姿は見ない。何故か。子供の方が鼻がつまりやすいのだろうか。ハナクソが作成されやすいのだろうか。大人になると、ハナクソは隠れてほじるものなのだろうか。ぜひ科学的・生物学的・社会学的に研究して欲しいテーマだと思う。 冒頭から、いかにも自分はよくほじっているように書かれているが、そんなコトはない。ただ、今日気付いたらほじってた自分がいた。無意識の産物。もしかしたら、けっこう人前でやっているのかも。それを考えると夜も眠れない。そういえば、昔母親から「女の子はオナラもしないし、ハナクソもほじらない」と教わった記憶がある。僕は今でもそれを根強く信じるコトにしている。 ちなみに冒頭のハナクソは、チョットした衝撃を与えたところ、大空へ羽ばたいて逝ってしまった。誰も見ていないから大丈夫だと思う。 |
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Nov / 16 / 2001
20歳になりました。 20歳になるというコトは、他の年とはチョット違う気がします。法的にも色々と変化がありますよね。選挙権。飲酒喫煙。逮捕されると実名がでる(!)。他にも沢山あると思います。ともかく、社会的に責任を問われる年齢になったと言えるでしょう。 ただ、昨日の今日。そんなすぐに全てが変わるワケがありません。今はまだ、実感も薄いようです。ここ1、2ヶ月、すでに20歳になった友人数人に誕生日の感想を聞いていましがた、皆「あんまり変わらないよ」と答えていました。確かにその通りかもしれません。けれど、20歳になってみても、「悲しさ」は感じません。もう10代ではない自分が少し不思議に思える程度です。むしろ、「嬉しさ」で晴れ晴れとした気持ちです。振り返ってみると、自分は幸せだった、幸せ者なのだなぁ、と。「色々あった」なんて大声で言える程は年をとっていないし、人生はまだまだコレからです。 11月15日、大学の授業が終わった後に僕と友達のナガタ君とクニモト君の3人でカラオケへ行きました。その後クニモト君の家へ行き、韓国レストランで夜ご飯を食べ(僕の分はナガタ君がおごってくれました)、3人でゲームをしていました。20歳になった(日付が変わった)瞬間、僕は彼らとゲームしており、年をとったコトに気がついたのはその9分後でした。 11月16日、本当に清々しい天気でした。雲ひとつない青空。多くの友人たちから「おめでとう」と言われました。本当にありがとうございます。昼飯はクニモト君がおごってくれました。夜は剣道サークルの仲間たちと一緒にお好み焼きを食べて・・・と、良い一日でした。 大学に入る頃からお酒はよく飲んでいますが、煙草は今まで20年間一度も吸ったコトはありません。本当は20歳になったら「何事も経験」と一度、二度くらいは吸ってみようかなと以前から思っていました。しかし、今から2ヶ月程前に友人から「吸っちゃダメだよ」と言われた時に「うん、吸わない」と約束(?)してしまいました。人間、約束なんて全部守れるものではないと思いますが、僕は何があってもこの約束だけは守って行こうと思います。・・たとえムコウがすでに言ったコトさえ忘れていても、そんなコトはどうでも良くても、ネ。 せっかくだから、今日から10年後の30歳の自分へ、ここの日記で手紙を書いてみようと思います。30歳になった自分は、今より大人になっているのでしょうか(それ以前に、このホームページがあと10年も続くかどうかは知りませんが・・)。あまりこういう(恥い)コトは好きではないのですが、記念に・・・。 〜〜〜30歳の僕へ〜〜〜 こんにちは、20歳のはじめです。 元気ですか?今、幸せですか?何かに頑張っていますか?30歳というと、もしかしたら結婚して、さらにもしかしたら子供までいるかもしれませんねー。いや、それは高望みしすぎかな?でも、・・・・彼女ぐらいいるよね??できたよね??まぁ、とにかく30歳になっても、きっと根本的な部分は何も変わってないコトでしょう。今の自分よりは、きっとずっと成長したとは思いますが、多分あなたは大丈夫だと思います。そんな道を大幅に踏み外したりはしないでしょ。 僕も今、色々と頑張っています。まだまだ頑張りは足りないかもしれませんが、けっこう楽しく毎日を過ごしています。30歳の自分は、これから先どうなるのかを全て知っているので、そこは少しだけ羨ましいような、淋しいような。今の自分には言われたくないだろうけど、「焦らず、ゆっくりと頑張れ」。 長い人生の中で、30歳なんてまだまだ若いぞ!!最近髪の毛が少し淋しいって気にしているみたいだけど、そんな小さなコト気にするな!!頑張れよ!!じゃあな!!! ついでに、1年後の自分にも手紙を書いてみます。 〜〜〜21歳の僕へ〜〜〜 よお、1年後のオレ。 元気か?まだ頑張ってるか?21歳か。いくらなんでも結婚はしてないだろうけど、彼女できたか、オイ?・・・お、何故目をそらす?こっちむけよ。 まぁ、なんだ。今の自分には言われたくないだろうけど、「とりあえず勉強しろよ!!」。 ハハハ。21歳かぁ。えーと、なんだ。最近彼女が自分に冷たいって悩んでるらしいけど、それはきっとオマエが原因だ!!ハハハ、頑張れよ!!じゃあな!!! ・・・なんだか書いててすごく淋しくなってきました。 ま、いいや!!20歳だ、20歳!!!"Fov Diary" 20代編、スタートです。ちなみに"Fov Diary"10代最後の日記が「ハナクソ」について語る内容だったので、かなりアホっぽいです。 両親と今までお世話になった多くの人たち、友達のみんなに 「ありがとう!」&「これからもよろしく!」。 Nov / 19 / 2001 しし座流星群である。僕は天文学の知識は皆無のため詳しいコトはまったく分からないが、ようするに流れ星がたくさん見られるのである。Yahoo Japanには「星が雨のように降り注ぐ流星ショー」とあった。なんともロマンチックな話ではないか。オマケに「流れ星」=「願い事」である。僕は夢見る少女にありがちな、流れ星にくだらない期待を寄せていた。 その流れ星が見られるというのが今日、夜の2時〜4時の間だと言う。ピーク時は1時間に4000個も観察できるのだそうだ。本来なら寝る時間であるが、翌日(19日)にフランス語の試験があり、流れ星も是非見てみたかったので起きていた。だが、あいにく空は曇り。真夜中だというのに雲だけが不気味に白い。3時頃、最初はベランダで待っていたが、結局厚着をして近くの川沿いに行くコトにした。 川沿いにはすでに何人か先客がいた。僕は一人でボケーと空を見上げて待っていたが、全然見えない。すると、15m程離れた場所にいたおばちゃん2人組が「あ、見えた!」と言うのが聞こえた。5分後、またおばちゃん2人組が流れ星を見つけたらしい。さらに5分後にも。けれど、僕はまだ何も見ていない。見ている場所がいけないのだろうか?暗闇の中、おばちゃん2人組をよ〜く見ると僕とは少し違う方向を向いているようだ。僕もそちらの方向の雲の隙間を凝視するが、流れ星は一向に見えない。今更、おばちゃん2人組に「あの、流れ星見えないんスけど・・」なんて話しかけられない。もう15分以上も寒い中待っているのに、君はまだ見てないの???と、バカにされるのがオチである。何故、僕には見えないのだろうか。僕の瞳に、本当の君は映らないのだろうか・・・などとポエムな気分になっている間に、おばちゃん2人組は帰ってしまった。その後もしばらく寒い中流れ星を待っていたが、無駄な努力であった。途中、友達数人からメールで「見えた」と届いた。20以上見た子もいたそうだ。コレもすべて、横浜が曇っているのが悪いのだ。 アパートのベランダ(2階)からでも見えるだろ・・と自分に言い聞かせ、結局僕は流れ星を1つも見るコトなく川沿いを後にした。再びベランダで空を見上げていると、一瞬雲の隙間に光が横切った。「ん?」としか言えなかった。もしや、今のが流れ星?1分後、また流れ星と思われる光が見えた。今度は「あ。」としか言えなかった。その後も2つぐらいは見た気がするが、「あ。」ぐらいしか言えない。コレではとても願い事なんて無理である。「あ。」の代わりに「世界平和。」なんて言える程、僕は頭の回転も反射神経も良くない。こんなコトでは「●△※@■◎♪&▼%。」(←怪しい呪文ではない)と願う暇はない。「こりゃダメだ」と(こういうコトだけは)諦めの良い僕は部屋に戻った。 湘南に住む友達とインターネットでチャットしたところ、湘南は晴れていたため、もう400ぐらいは見たと思うと言っていた。時間はすでに4時半。もう流れ星も残りカスしか流れないだろうと思っていたが、彼の話によるとピークはまだ続いているらしい。ベランダに出てみると、つい先程まで曇っていた空が嘘のようにキレイな星空に変わっていた。湘南のようには見えないようだが、数十秒おきに流れ星が見える。流れるたびに「おお。」と喜ぶが、一瞬で消えてしまう。10分程流れ星を眺めていたが、しばらくして願い事のコトを思い出した。よし、次あの辺で流れる星に願い事を言おうと決め、本当に流れた流れ星は、今まで見た中で一番大きく美しく、光の尾をひいてハッキリと見えた。今度はちゃんと、声にだして「●△※@■◎♪&▼%。」願い事が言うコトができた。なんだか、すごく嬉しい気持ちになれた。 再び部屋に戻る。あ、そうだ。今日はフランス語の試験があるんだ。あの時、「試験で良い成績おくれ。」と頼んでおけば良かった・・・と悔やまないよう、今から少し勉強してから寝ようと思った。 Nov / 25 / 2001 現在、真夜中の2時半。 明日(25日)は正午からバイトがある。今日は肉体的にとても疲れていたせいもあって、1時に寝ようとベッドに入った。ところが、1時間半経った今も全然眠れない。ベッドの中で色々とくだらないコトを考えていたのだが、一向に眠くならない。だから今、こうしてパソコンの前にいる。 特に書こうと思うコトはないのだが、何か思いつくままに書いてみようかと思う。 僕は小学校3年生から高校3年生まで海外に住んでいた。たまに夏休みや冬休みに一時帰国で日本には帰っていたし、海外でも日本の情報や文化を多少は学ぶコトはできた。しかし、知らないコトや想像できないコトは多かった。中学生の頃、学研の「中学●年生コース」という雑誌を購読していた。その雑誌は、学校、芸能人、音楽情報など中学生向きの話題が多かった。一番興味深く、新鮮に感じたのが学校に関する話題であった。勉強。友達。異性(思春期)。先生。部活動。先輩・後輩の上下関係。そしてイジメ。頭でイメージは膨らんでも、分からないコトが多かった。アメリカという国文化では、学校に日本のような先輩・後輩の上下関係というものは無い。基本的には互いに無干渉なのである。しかし、雑誌で知る日本の中学校では、後輩は先輩に敬語を使う、キチンと挨拶をする、部活動などでは先輩の言うコトを聞いて従わなければならない。そして、気に入らないと目をつけられる。この日本的な文化風習を否定するツモリは無いのだが、どこか理不尽に思う。それは日本で育った人でも同じなのではないだろうか。 中学校3年生から高校3年生までの4年間、僕はニューヨークの高校に在学しており、寮生活をしていた。そこは日本の学校であるが、海外に住む中学生を入学の対象とし、バイリンガル・バイカルチュラル教育を行なうというものだった。バイリンガルとは2カ国語を自由自在に扱い、バイカルチュラルとは2カ国の文化を学び知る人という意味だ。ここでは日本とアメリカを指す。僕は初めてそこで、先輩・後輩関係というものを本当に知る。9年生(中学3年生)という学校で一番下の学年から入学した自分にとって、同級生以外は全員先輩にあたった。入学当時、嫌な思いをした。同級生数人から呼び出され、自分は先輩に対して挨拶がまったく出来ていないから生意気だとか、色々言われた。バイカルチュラルがただの学校側の教育方針だとは言え、こういう妙なところは日本っぽいところがあった。そんなコトは何も分からない自分が、いきなりルールに従えと言われても無理なのである。 やがて学校の色に染まっていくにつれて、自分も上級生に対しては敬語を使う、挨拶をするぐらいのコトはしていた。そして自分が先輩になった時、今度は後輩が自分たちに対して同じコトをしてきた。敬語は構わない。何かの用事で相手と話す場合、いわゆる目上の人に対して使うのは「日本の社会」の中では大切なコトである。しかし挨拶は微妙だ。挨拶といっても、最初は誰も「こんにちは」と言うのが、だんだん「こんちわっす」→「ちわっす」→「っすー」・・と、最後はすれ違う時に蚊が鳴くような声を出しているにすぎない。まったく意味がないうえ、先輩の方は挨拶されても知らんぷり、相手の目を見ようともしない。知っている者同士の挨拶は当然の礼儀であるが、まったく知らない人に対して「っすー」と言ってすれ違うのは、果たしてどうなのだろうか。 挨拶・敬語だけではなかった。上級生は気に入らない下級生を見つけると文句をつけたがる。当然、自分たちの方が強い「立場」にあるからだ。幸いなコトに自分は上級生に呼び出されアレコレ言われるというコトは一回も無かったのだが、多くの同学年の友達がそれを経験した。何かとイチャモンをつけられたり、時には暴力行為にまでおよぶ。下級生は反抗できない。寮の上級生の部屋に一人で呼ばれ、複数の人間から好き放題やられるのだ。下級生に非があったかどうかは別として、その行為は許しがたい。そういうコトもあって、僕は9年生の頃、仲の良い先輩以外の上級生は、基本的に避けていた。嫌い、というワケではないのだが、ある意味上級生全般に恐れていたのだ。 10年生、日本で言う高校1年生になった。初めて自分たちより下の学年ができる。ある日、同学年の子たち数人の話を聞いていると、下級生(9年生)に関するコトだった。誰かが「オレ、あの9年生むかつくんだよ。目つきが悪くて、挨拶も全然しないし。」と言い、周りの子たちもそれに賛同した。その時、ものすごく悲しい気分になったのを覚えている。自分たちがされたコトと同じコトを、今度は下級生にたいしてしているのだ。学年が上がっても、何一つ成長していない。 僕の学年は、色々と問題はあったものの平和的だったと思う。最上学年である12年生(高校3年生)になった時も、下級生を部屋に呼び出したり、暴力行為をふるったりするコトは少なかったはずだ。僕が知らないだけなのかもしれないが、それでも絶対に自分たちが9年生だった頃よりは学校全体の雰囲気は変わったと思う。しかし、その雰囲気というものは、僕が最上学年になった時に感じたものであり、その時の下級生たちはどう感じていたのかは、きっと僕には分からない。 僕は12年生になっても、下級生の知り合いは少なくはなかったが決して多くもなかった。大半が部活動や委員会活動を通じての仲だった。自分の性格もあってか、下級生に対して横暴な態度は取れないし取りたくもなかった。露骨に先輩面するのも好きではなかった。部活動などでは当然、経験の浅い者には色々と指導したりする必要はあるのだが、それ以外の場ではできるだけ「友達」でいたかった。向こうは敬語を使ってくるものの、互いにただ仲良くなるコトが一番だと思っていた。自分も下級生だった頃、本当に尊敬できる先輩数人に出会うコトができた。僕は彼らのようにはなれないが、一種の憧れのようなものは感じて学ぶコトは多かった。 実際には一学年の生徒のほとんどは平和的であり、下級生に対して特に難しい感情は持ち合わせていない。挨拶なんてされなくても気にしないし(むしろありがたい場合もあるけれど)、目つきなんてどうだっていい。後輩に対していちいちむかついているのは、一部の素行の悪い(・・と言っては失礼なのかもしれないが)生徒だけに過ぎない。思えば、自分が9年生だった頃に見ていた上級生も、大半が普通の生徒だったのだろう。それでも、やはり上級生=怖いという印象はあった。 高校を卒業し、今は日本で普通(?)の大学生になっている。大学というのは不思議な場所である。上下関係が厳しいのは体育会ぐらいのもので、普通のサークルは敬語ぐらいは使うものの和気藹々としている。中学・高校とはまったく違う。大人の場所と呼べればそれで良いのだが、どうもそんな感じではない。若者の場所、と呼んだ方が的確だろう。大学で多くの人と知り合った。彼らは、ずっと日本で育った人間で、受験に合格して入学した者が多い。人間は出身・育ちなど問題無しに分かり合えるものだが、話題によっては自分とはチョット違うなぁと感じるコトがある。大幅に考え方や価値観のズレがあるワケではないのだが、細かい違いはたしかに存在する。それは大学に入ってからの半年間で多少分かった。しかし、それはそれでけっこう面白いものだ。中学生の頃は印象でしかなかった遠い日本の同年代の子たちと、今まさに仲良くやっているのだから。 ・・・・3時半になった。まだ全然眠くならない。長々とマトマリの薄い文章を書いて疲れた。内容も、なんちゃってマジメだし・・。あぁ、お腹すいたなぁ。けど、今から食べてもなぁ。 Nov / 26 / 2001 オレは今、ラーメンを食べている!! 初めてそのラーメンを知ったのは、大学生になってからだ。最初は本当に驚いたね。こんなラーメンに出会ったのは本当に久しぶりだったし、ラーメンってものにこれほど興味を持って深く考えたのは初めてだったよ。ほら、ラーメンってさ、まず目の前に置かれたのを目で見て、匂いを楽しんで、それからスープを飲み、麺と具を食べていくじゃん。だけど、そのラーメンはどれも新鮮な味がしたんだよ。常に食べていたいと思ったよ。もしかしたら、それは究極のラーメンじゃないかもしれない。友達は、けっこう普通だって感想だった。けれど、いいんだ。このラーメンこそが、オレが求めていたラーメンだったんだ!!もう、最高なんだよ。 もう、街で簡単に買えるような安いラーメンなんて食べられない。何故ならオレは、このラーメンの味を知ってしまったのだから。ラーメンの中で生まれて、ラーメンのために生きて、ラーメンのために死ぬ。これこそ、ラーメン道!!極めてやろうじゃねえか!! 冬は寒いさ!!今年も冷えるだろう、雪だって降るだろう。だからこそ、あたたかいラーメンに決まってるだろ!?みんなラーメンを食べて、心も体も暖まろうぜ! 今日の日記 ・ 協力 nagata |