'02 May



May / 01 / 2002

 そろそろ入学式から一ヶ月が経ちます。先月初め、サークルの勧誘活動について話しました。今日はその中間報告です。

 剣道サークルの方はまったく問題ありません。むしろ人多過ぎなんですが、全員が一年の最後まで残るというワケではないので、とりあえずは安泰です。新歓コンパでも、元気なヤツ、うるさいヤツ、悪酔いするヤツ、メガネをなくすヤツ、大人しいヤツ、不機嫌そうなヤツとバラエティー豊かでした。

 さて、サイクリング。勧誘を初めてわずか2日で集めた名前は20、ウチ男子12人、女子8人。コレはここ数年間を見ても信じられないほどの快挙だったようですが、僕ら2年生の力不足が原因なのか、ダメでした。女子がいません。未だ1人も。最初にいた8人にはすべて逃げられました。男子は一週間に1、2人ずつぐらいのペースで今なおも増加中、多分15人ぐらいはいるのではないでしょうか。一年のこの時期は勧誘→維持と難しい時期なのですが、それでも本当に残るヤツは残ると思います。

 別にサイクリングに女子がいなくても構わないんですよ。他の部員は色々と期待や幻想を抱いているようですが(・・それは僕も例外ではない)、この不況と総理大臣支持率低下の時代、人を集めるのは大変なようです。思うに、サイクリングの集団の中に女子がいるコトによって、体力差によるペース配分や距離などの増減を学ぶコトもできるし(建て前)、何しろ華がありますから(本音)。今年のオリエンテーションのサークル紹介の本には(僕が書いたのですが)、部員27名(内・女子9名)と嘘の報告書を提出しました。この数字は昨年の我がサークル紹介にあったものと同じ数字だったのですが、今考えると、この数字も嘘だったコトが分かります。僕が入った時も、こんなにいませんでした。現在、現役部員で活動しているのは3年生に1人という状況なのですが、そんな彼女も今年の夏からオーストラリアに1年間留学するコトになり、このままだと見事に女子0名になりかねません。女子の新入生も、サークルに女子の先輩がいた方が入部の際に安心できるという心理もあるかと思いますが、今のこのサークルはデフレ・スパイラル状態です。これも、今の我ら2年生の責任であるコトを強く認識し、議員辞職を考えざるをえません。

 この不況から抜け出すには、来年のサークル紹介にも部員27名(内・女子9名)と、疑惑付きの報告をしなければならないようです。こうして何年間も続く企業ぐるみの隠蔽工作は、いずれ不正が発覚した際に、未来の後輩達がツケを払うコトになるのでしょう。







May / 02 / 2002

 今日、生まれて初めて合コンに行って来ました。僕のデビュー戦です。

 合コンと言うと、一般的にはチャラチャラ、ムラムラしているイメージが強いものです。テレビ番組や若者向けの雑誌などを見ると、それがよく分かります。あまりそういうモノは好きではないのですが、せっかくの大学生活で一度ぐらいは経験してみた方が絶対に良いと常々感じていました。今からおよそ一年前、大学に入学する頃にコンビニで「ホットドッグ」という雑誌を買いました。合コンに関する特集が載っていたからです。入学前は夢いっぱい希望いっぱいで、大学生活で合コンぐらいはきっとするだろーと思って購入したのですが、ようやく活躍する時が来たのです。・・と言っても、さほど参考にするコトもなく、飽くまでも素で行こうと思っていました。

 合コンではメンバー編成が大事だと言います。盛り上げ役、突っ込み役、ギャグ役、クール役、・・など、各々のポジションの役割を果たさなければなりません。それぞれの連携プレイによって、合コンは成功するのです。今回の合コンは相手側が「帰国子女の男子希望」というコトだったので、めでたく僕もスタメン入りしました。僕ら、いわゆる海外組です。我がチームは、FW(フォーワード)にニューヨーク生まれニューヨーク育ち、センタリングも上げれば自分でシュートも狙う友達のK君。DF(ディフェンダー)に、やや無口だかそのクールさがウリ、パスはほとんどしないが、たまにオーバーラップをかけてシュートをするT君(K君の友達)。そして、MF(ミッドフィールダー)に通りもしないスルーパスをよく連発すると評判の僕。肝心の相手チームは東京の某超有名国立大学の女子生徒3人、初戦の相手として不足はなさすぎです。

 渋谷で待ち合わせ、早速今回のスタジアムとなる多国籍料理レストランへ。合コンっていうのはてっきり居酒屋でやるものだと信じ込んでいた僕にとっては、相当驚きでした。自己紹介などから始まり、とりあえず色々と話し、料理を食べて、お酒を飲んでマッタリ。その光景は、まさにお食事会そのもの。なんだか僕が 期待 想像していた試合展開と違う気がしました。お互い決定的チャンスのないまま、試合は0−0で延長戦へ。6人でビリヤードをして遊びました。ここで、ビリヤードが得意な我がチームのFWとDFが勢いづき、試合とは関係無いゴールを次々を決めていました。で、結局0−0の引き分けで試合終了。

 僕個人としては、「普通に渋谷で遊びましたな日」としてけっこう楽しかったのですが、FWのプレイヤーにとってはイマイチだったようです(多分、DFも)。僕は特に危なっかしいプレイもなく、FWにも4、5回パスをまわし、後半終了間際には何度かシュートを試みた感じです(これらがすべて微妙な表現なのは百も承知)。数日前から、盛り上げ役のFWには、ポジショニング、シュート・パスの仕方、チームの組み立て方などの基本を教わっていたのですが、本番では肝心の彼が、僕が思ったよりは活躍せず、本来のプレイではなかったような気がします。後で本人に聞くと、相手があまり可愛くなかったから・・・なんか微妙だった・・・とコメントしていました。その場の雰囲気でノリを変えるのは当然ですが、態度まで変えるのは僕は賛同できません。あまりにFWが点を取りに行かない様子なので、僕が攻撃に参加せざるをえず、MFとしての最低限の役割は果たしたと自覚しています。相手がどんなプレイヤーだろうと、常に同じプレイ・スタイルを保つのは、ある意味僕の特徴の1つなのかもしれません(ただ、自分の憧れのスーパー・プレイヤーが同じフィールドにいる時は、挙動不審になります)。まぁ、相手チームの1人は、僕はけっこうカワイイと思いましたけど。その子が早目に帰るコトになったので、下心剥き出しの 僕が駅まで送って行くというペナルティーキックで相手ゴールキーパーと1対1という絶好のチャンスがあったのですが、特に電話番号を聞き出したりするコトもなくサヨーナラ。なんだかいろんな意味で、自分らしい試合内容だったと思います。

 ・・・と、ゆーわけで、僕のデビュー戦の合コンは見事、お食事会として終了しました。色々とおいしいモノは食いましたが、何も喰いませんでした。今後、監督が僕を有力な選手として評価してくれるなら、また試合に出てみても良い気がします。でも、どうも僕は決定力不足。まさに、今のサッカー全日本代表の重要な課題と同じです。







May / 23 / 2002

 倫理学よっこらしょ その(1)

 大学の英語のクラスで倫理学をやっている。いや、「学」が付くほどのモノでもないのだが、毎回正解の無い問いに答えるという授業である。

 例えば。

 アジアの貧しい国にある某先進国の企業の工場では、現地の労働者を毎日の生活も苦しい安い賃金で働かせている。その給料では、家族に満足な食事を与えることもできない。子供も工場で労働する。これは本来違法行為なのだが、国の取り締まりもゆるく、工場側も大人より安い賃金で働かせることができるので採用する。結果、国が発展することもなく、飢える人々も増えてくる。さて、この現状を見てその企業に勤めるあなたは、どうするか?

 このような問題に、様々な角度から答えていくのである。しかし、損得や人徳などが交差し、どの答えも正解には成り得ない。企業側は、貧しい国に仕事を与えてあげていると答えるだろうし、企業とは何よりも利潤追求体である。労働者は、給料を上げて欲しいと訴えたいものの解雇される恐れがある。第三者は、給料上げてやれば良いじゃないか、子供たちにまで働かせるなんて酷すぎる、と言う。

 倫理とは、人のふみ行うべき道、道徳、といった意味である。言葉上の意味を取れば、そこには正しい答えがあるかに思えるが、実際には自分が立つ側によって見方は変わる。

 その英語の授業自体はそこそこ面白いのだが、なんとも言えないような答えを互いに言い合いながら終わっている。一年が終わる頃に、自分のモノの見方が変わっているとは思えないが、とりあえず、今の自分が以下の物事に対してどう思うかを述べてみる。僕は法律に詳しいワケでもなく、人よりも深い意見が言えるワケでも、変わった意見が言えるワケでもないので面白くもなんともないのが、コレを読んでいるあなたと比べてどうだろうか?

 1)殺人

 日本人の多くが殺人は非道だと考えているのは間違い無いのだが、コレも世界の国によってはまた見方が変わってくる。あえて、日本国内の場合で言えば、殺人は許されることではない。しかし、あなたの愛する大切な人が殺された、殺されそうだ、暴行された場合、”復讐”という二文字が頭を横切るはずである。また、自分が他人の故意によって生命の危機にたっている時は”正当防衛”の権利を得る。復讐も正当防衛も、相手の命を奪った場合は呼び方は違っても殺人に変わりは無い。単純に、殺人は悪いと言えない難しさがここにある。故意の殺人はもちろんダメ、復讐もダメ、正当防衛なら良し。このぐらいしか答えられないのだが、自分が何らかの立場に置かれた場合、復讐を実行するのも当然考えられる。


 2)戦争

 日本人の大多数が戦争反対である。僕もその一人だが、戦争は罪かどうかは別の話である。はるか昔の侵略戦争とは異なり、現代では多くの場合、話し合いの交渉の最終手段として戦争は始まる。賛否はあるが、「戦争論」で有名な小林よしのりの思想に1つだけ同意できるコトは、戦争は「悪」ではないコト。彼は戦争を美化しているというより、日本の戦争行為をマクロではなくミクロ的に(変な表現だけど)書くコトによって、こういうコトもあった、こういう人もいた、というコトを本にしているのだと思う。しかし、戦争を実際に体験した人間でないと良いという意見も悪いという意見も軽く思える。

 今の日本では、有事法制問題によって多少戦争を身近に考えなければならない立場になっているが、僕はこの案自体は今の日本に適用できるものではない気がする。問題はあっても、日本はアメリカからお金で平和を買っている。臆病な国と呼ばれても、そっちの方が良い。最近では、物騒な事件がまるで日本社会崩壊の始まりのように言われている。それでも、平和ボケこそ現代の日本文化を象徴、日本の良いところと言いたい。日本の治安は世界中から羨まれているのだし。


 3)死刑

 世界中で意見が割れる罰であり、国によって法律も異なる。僕は、死刑は必要だと思う。死刑という罰則がない イコール 自分が何人何百人殺しても自分の命だけは法律で永遠に守られるコトになる。コレはおかしい。被害者の親族らの意見が必ずしも判決に影響されるワケではないが、死んで罪を償って欲しいと考える人もいれば、死ぬまで罪を償って欲しいと考える人もいる。先程、殺人はダメと言ったばかりであるが、それらは刑とは違う。罪を犯した者の人権を考えるのも大切だが、他人の人権を奪った人間に同様の死をいう罰則を与えるのは当然なのではないだろうか。


 多分、倫理学って人の意見や考え方を自分と比べてみてナンボで、自分の意見はできるだけ強く言うのが最も大切なコトだと思う。答えも人種、性別、年齢、経験、環境、性格によって変わってくる。今回書いて内容は主に争いに関わるもので、いざ書いてみると、どれもはっきり断言するのは決して容易ではない。よっぽど自信があるか強い思想がある人間でないと、「こうだ!」とはハッキリ言えないものである。今後挙げていく問題も、おそらく「たまには良い」とか「どちらとも言えない・・」みたいなものばかりになるであろう。それが倫理学、なのだろうか。







May / 28 / 2002

 the FIELD OF VIEW が解散します。

 その通知は、ファンクラブに入会している人達にダイレクトメールで送られたそうです。僕が知ったのはインターネット、自分のホームページの掲示板ででした。現在発表されている残りの活動は、7月10日にラストシングルとなる「Melody」をリリースし、11月に東京・大阪の2箇所でファイナルステージとなるライブを行なうようです。

 解散の理由として、本人達は「自分たちのそれぞれ目指しているものが”the FIELD OF VIEW”という枠の中には収まりきれなくなっていきました。」と述べています。コレを読む限りは音楽性などの問題があったと解釈できますが、実際のところはどうなのでしょうか。解散の理由の1つには、ここ数年のCD売上の低迷が影響していると思います。ミリオンセラーとなった「突然」と比べてしまうと、現在は当時の1/100も売れていない計算になります。どのような活動をしてようと、やはりファンの減少は深刻のようです。FIELD OF VIEWのホームページを作り多くのファンとの交流もあったため錯覚しやすいのですが、やはり邦楽界での彼らの注目度は低く、新しい作品をリリースする度に起こったファン離れも、これ以上彼らが同じバンドで活動を続けることをできなくしたのだと感じます。

 僕がFIELD OF VIEWの音楽にはまったのは「君がいたから」を初めて聴いた時からでした。まだ当時は一番好きなアーティストといえばZARDだったのですが、その翌年、ここのホームページを作り始めた頃にはすでに逆転していました。ホームページを作りファンと同じ話題を共有したり、ライブコンサートへ行ったり、CDのリリースを楽しみにしたり。大袈裟でなく、FIELD OF VIEWの音楽は、僕の青春時代の一コマだったと思います。ただ、その多くも高校時代まででした。2001年にリリースされた「Truth of Love」以降の歌は、僕はどれも好きというものではありませんでした。結果、昔のように彼らの新曲をワクワク待ち望むコトもほとんどなくなってしまい、ホームページを作っておきながらも、どこか他のファンとは違った距離もあったのではないか、と思います。

 一番好きなアーティストが解散してしまうのは悲しいものです。解散を知ってもあまりショックや驚きはなかったのですが、今まで当たり前のようにソコにあった存在が無くなってしまうのだなと思うと、やはり残念で仕方ありません。解散にあたってのファンの反応も、おおよそ予想はついていたのですが、やはり様々でした。他のファンサイトの掲示板などを眺めてみると、ただただ悲しむファンもいれば、今後の彼らの活動に期待するファン、まだ混乱しているファンもいました。ただ、解散を前向きに取るのも良いのではと思います。彼らはthe FIELD OF VIEWというバンドは解散すると言っていますが、音楽活動を終えるとは言っていません。今までのバンドという形態では考えられなかったような音楽活動をやってくれるコトを期待しています。







May / 30 / 2002

 「あんなモノ こんなモノ いっぱいあるけど」

 ★★★連載27

日記


 昨年11月の20歳の誕生日以来、ずっと書き続けている日記があります。あの時、どういう理由で日記を書き始めようと思い付いたのかは覚えていませんが、誕生日という1つの分かりやすい区切りから書き始めるのはやりやすかったです。ちゃんとした日記帳なんてものではありません。普通のノートに、その日あったコト思うコトなどを、適当に書いているだけです。書く量が全然決まっていないトコロが書き易さの1つで、1行で終わる日もあれば、1ページぐらい書いてしまう日もあります。

 筋トレなど、継続的に続けなければならないコトはすぐに三日坊主になる僕ですが、不思議とこの日記はもう半年間も続いています。このノートも、あと1ページ弱で終わってしまいます。明後日あたりから新しいノートに変わるでしょう。

 この半年間で、僕の「根本的な部分」が少し変わったと言っても過言ではないと思います。先程、初めて今まで書いた半年分の日記を読みなおしてみました。あの時やっていたコト、考えていたコトなどを思い出し、自分を見つめなおして理解するコトができる良い材料だと感じました。

 この日記、人様に見せられるモノではありません。そもそも日記自体、他人に見せるモノではないのですが、万が一誰かに見られた場合、見られそうになった場合は、人の道を踏み外す行為をしてまでも阻止するツモリです。別にヤバイコトが書いてあるワケではありません。むしろ、このノート1冊読むコトによって、1人の人間の心情的な変化と、ほんのちょびっとの成長をうかがうコトができるので、ある意味興味深いと思います。ただ、今となっては恥ずかしく感じるコトなどもたくさん書いてあるので、すべて自分の中にしまっておきます。自分で書いておきながら、読んでみると少し涙が出てきました。改めて感じたのは、自分自身のコトながら、僕っていい加減なノンキ者でありながら、どっかクソマジメだというコトでした。

 日記、つけてて良かったと思います。今後もずっと書き続けて行きたいと思っていますが、果たしてジーサンになるまでずっと誰にも見つからずに保存するコトができるのでしょうか。

 さて。

 同じ「日記」でも、ここの Fov Diary は今日で4周年を迎えました。







May / 31 / 2002

 日韓共催FIFAワールドカップ開幕です。

 Jリーグが開幕してから、わずか10年でここまで来ました。早過ぎる感じもしますが、大会を通じて日本と韓国の交流を深めるのなら、それはそれで良い気がします。

 日本と韓国の、ワールドカップ開催についての意識はかなり異なったようです。日本のワールドカップの最大の感心は、「日本代表がどこまで勝ち進むのか」に対し、韓国は「母国の文化を世界中にアピールする大きなチャンス」と考えているようです。両国の歴史的背景や国民のアイデンティティーなどを考えると、どちらも納得できます。

 このワールドカップ、日韓「共催」のクセに、どうも「併催」って感じがします。互いの国を尊重する意識があまり無い気がするからです。せっかくの共催なのだから、もっと互いの文化を紹介したり交流を深めれば良いのに、上手くコミュニケーションを取れていません。もちろん、両国の間で文化交流は多くあったと思いますが、それもほんの一部で、大多数の国民は共催であっても、韓国について新しく学んだコトは少ないと思います。日韓共催というコトで、もうチョット発展があるかなと思っていたのですが、残念ながら大会が終わった後でも期待はできそうにありません。

 開幕式で「君が代」を流したり、日本語の曲を歌ってメディアに流すのはある意味発展なのかもしれませんが、どうも形だけという印象が残りました。まず、開幕式のセレモニー、韓国一色でした。共催なのだから日韓半々でパフォーマンスすれば良いのに、開幕式と閉幕式で分けてしまっています。この時点で、もう共催とは呼べないのではないでしょうか。開幕式→開幕戦よりは、決勝戦→閉幕式の方が世界中は注目するらしいのですが、果たしてその時、日本はどのようなパフォーマンスをするのでしょうか。

 ワールドカップが開幕する数ヶ月前から、韓国側のイチャモンは続いていました。アメリカに対しても弱腰の日本ですが、韓国の言うコトも1つ1つ聞いていたのでは良いハズがありません。僕が大学で履修しているフランス語の授業はフランス人の先生なのですが、周りにいる生徒は皆、先生に(日本語でもフランス語でも)話しかけられるとビクビクし、「怖ぇ〜」「おっかない」「話しかけて欲しくない」と言っています。全然怖い先生ではないのですが、外国人相手に島国根性丸出しの他の生徒たちを見て、正直驚いてしまいました。そのような国民性を持ち、なおかつ近年の国民コンプレックスを抱える(日本の未来は真っ暗と考える)日本人が、外交を上手く行なえるハズがありません。(よく帰国子女は態度がデカイと言われますが、その所以はここら辺にあるのではないかと。)

 問題は山積みです。その1つが、韓国側ではチケットがたくさん余っているというコト。日本では、どんなマッチでも「ワールドカップ」を見たいと思っている人がたくさんいるタメ、もう瞬間蒸発です。一方、韓国では韓国戦でさえチケットが余っているという酷い現状というコトを聞きました。サッカーというスポーツが、韓国ではそこまでメジャーではないからでしょうか。日本で言うと、バレーボールぐらいに相当するのではないかと思います。

 そんな中、開幕戦、フランス対セネガル戦がキックオフ。なんとセネガルが、前大会優勝国のフランスを1−0で破るという波乱の幕開けとなりました。このワールドカップ、まだまだ何が起こるか分かりません。

 僕は日本代表はベスト16まで勝ち進むと思います。つまり、予選リーグは突破するという予想です。最低それくらいやって欲しいという希望も含まれているわけですが、当然前回同様3連敗する可能性も充分にあるワケです。ちなみに予想優勝国はイタリア、予想得点王はヴィエリ(イタリア)です。

 代表チームというのは儚い存在で、ほんの一瞬のタメに集まり、それが終われば各々自分たちのチームへ戻っていきます。そこに、サポーターたちの期待と夢が託されているワケです。トルシェ監督が選んだ代表選手23人は、案の定、予想外の選手も含まれていました。中村俊輔選手が代表落ちしてしまったのは残念です。友達とワールドカップの話題となると、彼が落選してしまったコトが納得いかないという意見が多く、改めて彼はスーパースターなのだなと感じました。4年後、背番号10をつけてピッチに立って欲しいと願っています。

 日本代表の勝敗も気になるコトながら、最も気になるのはスタメンGKの座です。現在、GKは川口能活選手で決まりだろうという意見が大多数ですが、楢崎正剛選手のファンの僕としては、ぜひ彼にゴールを守って欲しいと祈っています。彼を初めて知ったのは、シドニーオリンピック準々決勝、日本対アメリカ戦で、単純な僕は鼻の骨を折り流血するという大怪我をしながらも懸命にゴールを守る彼の姿を見て、コロッとファンになってしまったワケです。もう1つは、彼のインタビューの記事などを見て知ったのですが、彼のプレースタイルが好きなのです。ゴールキーパーは常に冷静ではないといけない、と。それでも強い闘志を心に秘めた彼はカッコイイと思います。もちろん顔もカッコイイし、僕も出来ることならああなりたいと願っているのですが、残念ながら身長が全然足りません(楢崎選手は185cm)。いや、それ以前の問題であるのは充分理解していますが。

 余談ですが、FIELD OF VIEWにしろ、スマップの稲垣吾郎にしろ、楢崎選手にしろ、僕はどっか地味だけどクールで少しオチャメな有名人が好きなようです。楢崎選手のオフィシャル・ページにある彼のメッセージを読むと分かる通り、けっこう面白そうな人なんですよ。






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