'02 December



Dec / 28 / 2002

 聖なる夜、クリスマス・イブの出来事。

 昼、友人ケンイチが横浜にハードディスクを買いに行く用事に付き合って、夜は彼とプレステやってマッタリしていました。そこへ友人ASOが「ガン飲みしようぜ!」というメールと共に乱入し、酒を買いに行き、3人で部屋で騒いでおりました。

 僕は体調がけっこう悪かったのですが、そんなコトはお構いなしの(珍しくテンションが高かった)ASOは僕に飲みながら歌って踊れコール。僕はビール片手に、マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス 」("All I Want For Christmas Is You")を何度も歌わされ、踊らされ、飲まされました。ちなみに、その時の映像が動画で残っているのですが、ケンイチの感想通り、自分で見てもキモイです。酔って上半身裸になった状態でのマライヤ・キャリーは醜態です。

 かわいそうなハジメ君も、とうとうシャンパン1杯、ビール2本、氷結21℃(ウォッカ)のボトル1本を空けたトコロでイノセント・リバース。最初の一撃はビニール袋に放出できずに、ケンイチの部屋のコタツ、床、パソコン、その他諸々を汚しました。その光景は、まさに2002年を象徴するかのようなリバース。ケンイチはキレながら笑っていました。ASOは自分のコトでも自分の部屋でもないので、爆笑していました。

 さて、普通ならリバース後はすっきりし、飲ませてた方も手を止めるハズなのに、この日のASOは外道でした。その後も、僕にウォッカ(ちなみにストレート)とマライア・キャリーを強要しました。今度はJINRO(ウォッカ)、先程の氷結21℃よりずっと強力です。

 ・・・・・ぷつっ。

 ここら辺で、僕の記憶がお空に翔びました。その後のコトは覚えていません。

 生まれて初めて、酒で記憶が飛びました(日常生活での記憶パルプンテなら茶飯事ですが)。ケンイチがその時の様子をデジカメで撮影していたのですが、後になってそれを見ると記憶にない光景が。ハジメ君がASOに抱きついたり、暴れたり、酒を片手ににっこりしていたり。思わず、「オマエ、手に何持ってんだよっ!!」と突っ込んでしまいました。JINROは、一人でほとんどボトル空けたようです。ストレートで。素面じゃぁ、絶対にできません(ストレート嫌いだし)。

 ケンイチの話によると、その後も2度程リバースしたそうです(被害はあまり大きくなかったようですが、それも1度目と比べての話)。唯一覚えているのは、ASOが帰った後、ケンイチが僕を洗面台まで運んで顔を洗わせ、親切にも液キャベを飲ませてくれたコトです。ちなみに、せっかくケンイチが蛇口をひねって水を出してくれたのに、僕がすぐ水を止めてしまったのに腹が立ち(目の前に水が流れてるのを見るのも気持ち悪かったから止めたんだよ・・)、僕の背中を手でおもいっきり叩いたら「痛いよぉぉぉ〜・・」と情けなさすぎる嗚咽を漏らしたそうです。あと、朝トイレに篭城していたのも覚えています。もう胃液すら出ない状態で、「ぐおおおお」とビエリ(サッカー・イタリア代表)風の叫びをかましていました。

 今まで、どんなに飲んでも記憶だけは鮮明にあったのに。記憶が無い=理性が無い、下手するととんでもない国家秘密を口にしてしまうかもしれません。あぁ、怖っ。スパイになれません、僕。

 「責任とってよね。」 「は?」

 そんな男女の会話を思い出します。

 まぁ、世の中の若人がクリスマスのイルミネーションに胸をときめかせたり、子供たちがサンタさんが来るのを待ちきれずに寝てしまったり、サンタとトナカイが世界中の子供たちに夢を運んでいる間、僕は寝ゲロ。もう最悪。

 人生最も想い出に残るクリスマス・イブとなりました(後半記憶がないのに)。ケンイチも予想以上の僕の飲酒量に免じて、多少は大目に見てくれた・・・と思います。多分。多分ね。・・・どうだろね。彼のパソコンのモニターにもぶちまけちゃったからなぁ。

 ただ、腹立つのはこの晩、人に飲ませるだけ飲ませたASOはたったのビール1本とウォッカ1杯しか飲んでいないコト。ケンイチも言ってたけど、マジでアイツが一番タチ悪ぃぃ。







Dec / 17 / 2002

 友人のススメでアニメ「フルーツバスケット」(全26話)を見た。原作(高屋奈月・月刊「花とゆめ」に連載中)は少女漫画である。よって、詳しいコトは分からないのだが、アニメは独自のエンディングで物語を終わらせている。なお、原作の漫画の方は「お茶の間ほのぼの系コミカル学園ラブラブちょっとふしぎ物語」なのだそうだ。

 本田透(ほんだ とおる)は女子高生。たった一人の家族だった母親を亡くし、山奥でテント暮らしをしながら学校へ通っていた。ところがその山は草摩家の敷地内で、ひょんなことからクラスメートの草摩由希の家でお世話になるコトとなる。しかし、草摩家には秘密があった。草摩一族は呪われた一家であり、異性に抱きつかれると動物に変身してしまうという十二支のモノノケにとりつかれていたのだ。ストーリーは基本的に一話完結型で、動物に変身してしまうというハプニングや、新たな十二支にとりつかれた人間が登場したりして物語は展開していく。透のキャラクターや、身の回りで起こる出来事が愉快なストーリーである。

 アニメでのストーリーは、「呪われた一家」であると同時に、各キャラクターの精神的な成長面を巧みに描いている。普通こういった少女漫画に恋愛はつきものだが(偏見か?)、不思議と主人公の透、由希、その他の中心人物の間でそのような情景はほとんど出てこない(原作ではあるのかもしれないが)。これは透のとぼけた性格と由希たち草摩家の陰の部分から成る構図なわけだが、それでもあまり暗い部分は見せずに「ワケアリ」を表現しているのである。ただ、呪いそのものである「動物に変身してしまう」部分は、物語後半からはほとんど重要視されず、それから起こるドタバタも少なくなってしまい、やや残念に感じる。せっかくの数多くの登場人物も、わずか数回の登場で姿を消してしまうのもモッタイナイ。無理矢理でも最後に全員登場させて活躍させる方がすっきりできるのではないだろうか。また、最後の25、26話だけそれまでの物語から外れた方向に飛んでしまうが、一応完結させるためには仕方なかったコトなのだろう。

 一番好きなストーリーは第八話。草摩一族の人間しかみない医者、草摩はとりが登場する話である。はとりはほとんど笑わない、クールで冷静な男である。第八話は、そんなはとりの過去の物語だ。昔、はとりには恋人がいた。彼女ははとりにとって、春のような温かい存在であった。そんな彼女と結婚するコトを草摩家の主である慊人(あきと)に告げると、慊人は逆上しはとりの左眼を失明させ、責任をすべてはとりの恋人に押し付ける。結果、病んでノイローゼになってしまった彼女を救うには、はとりの特殊能力でもある、記憶を消すコト以外になかった。第八話では、あまり語らないはとりの心情を絶妙に描いている。

 「雪が解けたら、何になると思いますか?」はとりの恋人は彼にこう尋ねる。はとりは少し考えて、「水になる」と答える。しかし、彼女が言った答えとは、「春になる」であった。第八話で、はとりと透が二人で庭に降る雪を眺めるシーンがある。はとりは、昔聞かれた同じ質問を透にもしてみるが、そこで透も「春になりますね」と答える。本来、草摩家の秘密を知ってしまった人間は絶対に記憶を消される運命にあるのだが、透だけは慊人が特別にそれを許した。はとりと透の応答は、その理由を説明するための、後の展開の前兆となっている。

 「フルーツバスケット」というタイトルの意味は第五話で分かる。ご存知、フルーツバスケットとは日本の小学校で大人数で遊ばれるゲームである。第五話で透は子供の頃に遊んだフルーツバスケットのゲームを思い出す。最初にみんながフルーツの名前を決められるのだが、透は一人だけ「おにぎり」になってしまう。透はそのコトについて、こう語っている。

 「それは多分、チョットした意地悪だったのでしょう。でも、私はそれに気づかなくて、・・・目の前で繰り広げられる楽しそうなゲーム、おにぎりと呼ばれるのをひたすら待った私、・・・・そう、昔から考えが足りない私なのです。おにぎりが仲間に入れるはずは、なかったのです。」

 「フルーツバスケット」は、そんな「おにぎり」がフルーツバスケットの仲間に入る物語である。母親を亡くし、一人ぼっちになった透。しかし、草摩家の人々と出会い、家族のように一緒に暮らし、自分が一番幸せに感じる居場所を見つける。透が親戚の家へ一旦は行ってしまう話もあれば、他の登場人物の家族の事情を描写している話もある。前述で、少女漫画なのに恋愛シーンが少ないと書いたが、アニメ「フルーツバスケット」はラブ・ストーリーではなく、家族を描いた心温まるストーリーなのである。

 ちなみに、一番好きなキャラクターは草摩紫呉(しぐれ)である。彼は由希のイトコで、保護者的な存在の女子高生好きな作家である。それと、世の中、透みたいな女の子はいない。いや、いると思いたいけど、会ってみたいけど、多分死ぬまで会えない。







Dec / 06 / 2002

 IKEA(アイキア)というスウェーデンの企業がある。誰もが簡単に組み立てられるシンプルなデザインの家具を世界中で低価格で販売している。この企業は、大きさでいえば世界トップ10に軽く入る実力を持つ。過去に何度か日本にも進出したが、その時は失敗して撤退している。数年以内にまた日本にも来るそうで、個人的に楽しみにしている。

 1ヶ月程前に、大学のとある授業で「台湾のIKEA」についてグループで調べた。台湾での実績やデータなどを元にして、SWOT分析などを行う内容である。せっかくだから、ここの Fov Diary にも載せようと思う。

 台湾の人口は焼く約2200万、面積は九州の約85%。多くのアジアの国々が経済的に厳しい状況の中で、ここ数年はやや厳しいのもの台湾の経済は成長している。台湾は、もはや成熟しはじめた国と言える。日本の企業も多く進出しており、大きな街ではファミリーマートやセブンイレブンなどのコンビニの店舗なども数多く見かけるコトができる。

 台湾の家具には二種類ある。一つは伝統的な台湾風(中華風)スタイルであり、中高年や老人がいる家では見かけられるが若い人には人気がない。もう一つが西洋風であるが、台湾で作られた物は洗練されておらず、我々から見れば妙なデザインに映る。

 台湾には IKEA は二店舗ある。週末や休日は人で賑わい大盛況である。台湾人の多くは西洋風の生活に憧れており、洗練されている IKEA の家具はバリエーションも多くて人気が高い。ただ、値段は台湾内では決して安いと呼べるものではなく、どちらかというと中〜高級といったブランド・イメージである。海外では安いブランドも、台湾では必ずしもそうではない。洋服の青山などもその一例で、台湾ではやや高級スーツの部類に入るそうだ。

 IKEA の世界戦略は非常に優秀である。組み立てる家具なのでスペースを取らず、価格を抑えるコトに成功している。店の立地も都市部や港の近くなどの工夫を施しており、子供が退屈しないようにと店舗内に遊び場も設けてある。家族揃って訪れて楽しむコトができるのだ。値段を下げても、決してブランド・イメージを崩さず、消費者に安物を買わせているという印象を持たせない。前述のように、決して IKEA の家具は台湾では安くないが、ブランド・イメージを確立するコトには成功している。

 台湾の IKEA の弱点の一つに、店舗数が挙げられる。双方立地条件は良いのだが、店舗数を更に増やせば IKEA の可能性や価格も変えられるのではないだろうか。また、台湾の伝統的な文化のせいで、中高年は IKEA のような西洋的な家具には馴染めずにいる。庶民の家も狭いため、あまり大きな家具を購入するコトもできない。ただ、台湾人の生活水準の向上は IKEA にとっても大きなチャンスである。現在、台湾の街は激変しており、一戸建てが激減し、人々は中・高層マンションに住み移る傾向が目立つ。当然、新規に家具を売る大きなチャンスであると言える。

 IKEA は現在、台湾では成功している。ただし、ライバル会社の出現もあり、現在の状態がいつまでも続く保証はない。IKEA も常に発展していかなくてはならないのである。台湾という、まだ未開拓な部分が多いマーケットでは、新しいライフスタイルをプロモーションする提案型にするべきであろう。やがては家具も今より若干ランクの高い物を販売すれば、台湾人の理想的な生活水準も向上して需要が伸びるのではないだろうか。

 IKEA はその国によって戦略が異なる。当たり前といえば当たり前なのだが、どの企業もそう簡単に真似できるものではない。当然、台湾や中国のように成功している国もあれば、進出に失敗している国もある。日本という国は、IKEA にとってはどうしても進出したい国であるコトに間違いない。絶対的な家具メーカーが存在しない日本の家具業界、安く良い物に趣向が集まる現代、日本で成功する可能性も多いにありうる。コストコやカルフールなど、多くの外資系大型店が進出している幕張などに大きな店舗を構えるのはどうだろうか。







Dec / 01 / 2002

 the FIELD OF VIEW が約9年間の活動を終え、今日また新しい道を歩き始めました。

 1994年2月、VIEW というバンドがシングル「あの時の中で僕らは」でデビューしました。翌1995年5月、FIELD OF VIEW としてシングル「君がいたから」で再デビューし、7月にリリースされた「突然」はミリオンヒット曲となり一躍有名アーティストになりました。2001年5月、バンド名が the FIELD OF VIEW に変わってからはシングル計3枚をリリースし、12月1日の赤坂BLITZで行われたファイナル・ライブコンサートを最後に解散しました。

 僕がはじめて FIELD OF VIEW を知ったのは1996年、「突然」のシングルCDを友人から借りた時でした。当時、僕は海外に住んでいたタメ、日本の音楽に対して大きな興味や憧れを持っており、その中でも特に ZARD や WANDS など、ビーイング系と呼ばれるアーティストが最も好きでした。FIELD OF VIEW もその一つで、サウンドが親しみやすかったのだと思います。そして、同年夏に出会った友人から借りたカセット・テープに録音されていた「君がいたから」を初めて聴いた時の感動は今でも忘れられません。以降、僕は FIELD OF VIEW の大ファンとなり、1998年3月にここの FIELD OF VIEW のファンサイトを始めました。

 思えば、FIELD OF VIEW は僕の高校生活そのものでした。多くの曲に想い出が込められています。ただ、2000年に僕が高校を卒業してからは昔程彼らの曲にはまるコトも少なくなり、彼らの音楽活動も行き詰まっているようにも見えました。僕も大学生になって、今年5月、the FIELD OF VIEW が解散するコトを知りました。自分がずっと憧れていたアーティストが解散してしまうのはとても残念で、できるコトならいつまでも活動してほしかったのも本音です。

 今日の最後のステージへ行けたコトを本当に幸せに思います。メンバーも意識してか、元気の良いアップテンポな曲を中心に歌ってくれました。「渇いた叫び」「風よ」など、僕が大好きな歌も演奏し、ライブ中の「THINK OF MYSELF」ではヴォーカルの浅岡さんと目が合いました。・・と、こんなコトを言うと「それは思い込みだよ」とか言われそうですが、僕も恋する乙女のように嬉しくなってしまい、ときめいてしまいました。この「THINK OF MYSELF」は、将来への道について歌った曲で、今は高校時代に初めて聴いた時より、歌詞の込められた想いが伝わってくるような気がします。自分の青春時代に聴いていた歌は、その頃だけでなく、大人になって聴いてもまた新しい味があるように思います。いつまでも FIELD OF VIEW の音楽を聴き続けて行きたいと思います。

 今まで4度彼らのライブへ行きましたが、今日の解散ライブが最高のステージだったと思います。終盤では泣き始める女性ファンも多く見られました。僕も泣きはしませんでしたが、やはり一番最後の「君がいたから」のメンバーとファンの大合唱ではグッとこみ上げてくるものがあり、ほんの少しだけ目に熱いものがたまりました。

 最後のメンバーからファンへのメッセージでは、小橋さんの「いいバンドでしょ。」という一言が、強く印象に残りました。ファン想いの、最高のバンドに出会えて本当に良かったと思います。解散と聞くと寂しいですが、メンバーはこれは最後ではなく出発で、必ずまた会えると言ってくれました。

 メンバーが最後にステージ脇に姿を消す時。浅岡さんだけが立ち止まり、振り返ってマイクを使わずに大きな声で「ありがとう!!」と叫びました。僕も FIELD OF VIEW からもらったものは多かったです。FIELD OF VIEW、ありがとう!!いつまでも、FIELD OF VIEW のメロディーは僕の中にあります。






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