Another Phoenix - Chapter 1-2

 短距離転移は一秒にも満たない時間で終了した。振動や加速度がほとんど感じられない上に比較対照物の存在しない衛星軌道上なので乗っている人間には感知し難いが、アースラはこの一瞬で『静止したまま』数千キロの跳躍をしていた。

 これは一つの世界のあるポイントから次元空間に入り、再び元の世界の別の場所に出現したことを意味する。四次元以上のn次元空間においては何の変哲も無い単純移動だが、三次元座標的な視点で見れば、非連続的移動――感覚的な表現で言うところの瞬間移動となる。

「転移完了。艦体セルフチェック・・・オールグリーン」

「目標コア、センサーで視認。軌道誤差、修正可能範囲内です。射撃位置まであと二〇」

「アルカンシェル、砲身【バレル】展開」

 コンデンサに蓄えられた魔力エネルギーが回路を走り、アースラ艦首部に砲身が形成される。そして自動装填装置がアルカンシェル弾頭を安全筒から取り出し、安全装置を外しながら砲身に送り出す。

「パラメータ入力完了。発射用意よし」

「火器封印装置【ファイアリングロックシステム】、起動【オープン】。命中確認後、反応開始前に安全距離まで退避します。準備を」

「了解」

 巡航L級のアルカンシェルは艦の規模や想定される通常任務に比して明らかに過剰な破壊力を秘めているため、濫用を防ぐための抑制措置がとられている。本局に提出する義務のある分厚い使用報告書(これを現場指揮官は一番嫌がる)は言うまでも無いが、より直接的な手段がこの火器管制装置だ。この装置に予め登録された責任者の生体コード(体表静脈パターンや脳波等)と物理的な「鍵」が同時に入力されない限り、発射シークエンスは活性化されない。

 これまで部品の再構築に専念していたコアに異変が発生したのはこのときだった。突如近隣に現れた特徴的な波長反応――アルカンシェルチャージ時の魔力光に防衛プログラムが反応を示したのだ。

 防衛プログラムはこれまで何度も「暴走した闇の書」として管理局部隊と対峙しており、幾度と無くアルカンシェルによって破壊された経歴を持つ。転生時に「闇の書に書き込まれた情報」の大半が消し飛んでしまうとはいえ、守護騎士達が以前の覚醒時の記憶をある程度持っている事からも明らかな様に毎回新規データの全てが消し飛んでいるわけではない。戦闘ユニットとして重要な戦闘経験に関するデータとなれば、尚更高い優先度で保存されているはずだ。

 もちろん防衛プログラムの保有する戦闘情報のなかにはアルカンシェルに関するものも含まれていた。そのデータから判断する限り、この状況は恐ろしく危険な兆候――アルカンシェル被爆による蒸発の可能性大――を示しているといってよい。防衛プログラムと名付けられた高度戦術AIはこのような判断に従い、生存のために『積極的な対処行動』を開始した。

 もちろんアースラに搭載されたセンサー類はこの動きを見逃さない。目標コア質量再生速度の若干低下、更に魔力反応が急速増大。分析プログラムは直ちにこれを異常の兆候と判断した。

「何だ、これは・・・まずい」

 そして同じデータを見る現在の分析プログラムの親分、観測員のランディもコンピュータに数秒差でその兆候を見出していた。そのタイミングでコンソールにブザーと共に警告メッセージが浮かび上がる。転送途中の防衛プログラムに攻撃の兆候あり。ランディが慌ててコアの画像を拡大すると、一目で砲台と判るパーツが形成されつつある。

「目標が砲撃モードに入りました。目標本艦!」

「エイミィ、副砲射撃開始【開いて】。制圧を」

「りょ、了解!」

 エイミィのディスプレイ最前面には、本体コアへのフルオート射撃を行うダイアログが既に表示されていた。アースラ戦術コンピュータもそれが必要と判断しているのだ。エイミィは細かい設定に悶着することなく、射撃承認コマンドを入力するだけでよかった。

 即座にアースラ両舷に備えられた二基の連装砲から一門あたり四発――合計で一六発の魔力弾が発射される。全搭載火器の照準は予めコアに向けられていたため、発射そのものは簡単だった。ただしアルカンシェルの発射にエネルギーをとられているためコンデンサが急速充電できず、発射できたのは結局その一射撃だけだったが(アースラ副砲の発射速度は最優先状態で毎分約八〇〇発、ただし砲身加熱のため連続発射時間は長くない)。

 発射された魔力弾は正確に目標を捕らえ、今まさに発射しようとしている砲身のいくつかを蒸発させた。破壊された砲身にチャージされていた魔力が暴走(融爆)し、敵コアを切り刻む。再生中のメインボディにも一弾が直撃して大穴が開いた。

 だがアースラにできた牽制はそこまでだった。ディスプレイ上の本体コア付近が一瞬ホワイトアウトする。蒸発を免れた六本の砲身からエネルギー弾が放たれたのだ。

「敵発砲!命中まで五、四、三」

「わわ、総員、対衝撃防御を!」

 エイミィが古典的なデザインの赤い非常ボタンを叩きつけるように押し込み、アラートを全艦に響かせる。これが鳴るのはPT事件でプレシア・テスタロッサによる魔法爆撃を受けたとき以来だ。

「く、アルカンシェル発射。発射完了後直ちに転移【ジャンプ】を」

「了解、連動設定でオートジャンプ予約」

 アレックスは既に『できうる限り急速な』回避の準備設定を終えていた。これでアルカンシェルさえ放ってしまえば、自動的に短距離転移で安全圏に脱出できる。

 リンディは封印装置に鍵を挿入し、時計回りに回した。これで最終的なアルカンシェル『発射許可』が出された事になる。

(間に合って!)

 だがリンディの願いは通じなかった。

 実際のところアースラ各種兵装の発射処理は完全に自動化されており、実務的な意味での射撃判断はプログラムが行うシステムになっている。ミリ秒単位での射撃管制、各種機器の動作調整など人間には到底行えないからだ。

 操作者ができるのは、突き詰めてしまえば最終権限として『撃って良いかどうか』を判断することだけと言う事になる。このようなシステムの都合上、アルカンシェルの『発射承認』から『発射』までには確実なタイムラグが存在した。

 自艦の安全よりも目標破壊を優先する設定になっていたメインルーチンは、アルカンシェル射撃プログラムに最優先レベルを与えていた。敵が最適射撃座標に来るまで射撃管制プログラムが発射を行わないため、未だアルカンシェルは発射されていない。そのため航法プログラムによる自動転移も発動しなかった。

 そして全てが後手に回る結果となった。再生中の本体コアが放った魔力砲の一斉射は二五キロの軌道上空間を六秒弱で走破し、リンディがアルカンシェルの発射承認キーを回した直後にアースラへと達した。

 本体コアの放った六発の魔力弾のうち三発は急速斉射による照準不良で外れたが、残る三発はまともにアースラ船体部を捕らえた。高町なのはの最大威力スター・ライト・ブレイカーの十数倍に匹敵する規模の魔力弾が、数マイクロ秒の間隔をあけてアースラの装甲外壁【ハードバリア】に突き刺さっていく。

 これは次元航行艦の武装として見れば中規模砲レベルの威力でしかなかったが、根本的に治安維持目的の「巡視船」でしかないアースラにとっては明らかに設計時の想定を越えた規模のものだった。

 その上タイミングが悪い事に、本来ならば三重に張り巡らされている筈の魔力障壁【ソフトバリア】もアルカンシェル発射時の干渉を防止する為に消滅していた。そのため命中コースに在った三発は、全く魔力的な妨害を受けることなく目標へと到達する事になった。それがアースラの被害を更に拡大させた。

 三発のエネルギー弾がアースラにもたらした破壊は以下のようなものだった。

 まず最初の一発が中央ブロック下層部に命中し、リサイクルプラントや備品倉庫の置かれた区画に魔力エネルギーを撒き散らす。解放された魔力が光と熱に変わり、アースラスタッフが長期航海に必要とする消費物資類を次々と灰に変えていく。更に二発目が艦橋トップに着弾、その区画に埋め込まれた各種センシング機器の大半が使用不能なまでに破壊された。

 外見上、アースラに最も大きな損傷を与えたのは最後の三発目だった。この魔力弾は右舷スタビライザー――通常空間でアースラを浮かせるための浮遊魔法装置――に命中、その中枢部まで達した時点で周囲にエネルギーを解放した。これによって着弾部の周囲数メートル圏内に存在した物質が一瞬でプラズマ化、急激に拡散しようとするプラズマの内圧でスタビライザーが全体が弾けるように爆砕する。

 たった三発の命中はアースラは運動・索敵能力に致命的なダメージを与えていた。胴体部の二箇所には直径数メートルの大穴が開き、そこから焼け爛れた何かの残骸が噴出する艦内大気と共に艦外へと流れて行く。

 ほんの数十秒足らずの戦闘で、アースラは事実上大破状態に陥っていた。

 だが最も重要な点はここではなかった。三発のエネルギー弾の命中が与えた致命的な影響は、もっと別の場所に及ぼされていた。

 魔力弾の着弾はリンディのアルカンシェル発射承認コマンド入力の直後。そして被弾の時点で既に艦載コンピュータによるアルカンシェル発射シークエンスは取消不能な工程に入っていた。その状態でアースラが三発の命中弾を受けたため、弾着の衝撃によりバレルの方向が最適方位から約二・五度外れてしまっていたのだ。

 この角度の誤差は、二五キロ彼方では約一〇〇〇メートルのずれに拡大する。