Another Phoenix - Chapter 1-3

 着弾の衝撃がアースラを揺さぶり、照明が赤暗い非常灯に切り替わった。乗組員の悲鳴や何かの壊れる音が艦内のそこかしこから響いてくる。

 しかも艦体にダメージが加わったため、オートジャンプがコンピュータの判断で一時中断されてしまっていた(船体バランスが損傷で変化したため、パラメータを再設定しなければ最悪転移と同時に艦体が破壊される恐れもある)。そのため事前に設定された退避行動も遂行されず、アルカンシェル弾頭反応よって引き起こされた空間の歪みがアースラへ追い討ちをかけることとなった。

 この距離ではまだ大きな力を持つ潮汐力によって構造材が軋み、壁面に幾つも亀裂が入る。被弾で破壊され、剛性の低下したブロックが更に大きな損害を受けた事は間違いなかった。

「痛ッ。みんな大丈夫?」

 苦痛で顔をゆがませながらエイミィが周囲を見回した。艦の中枢であるブリッジは防護フィールドで衝撃や潮汐力等からある程度保護されている筈なのだが、それでも身体が内側から張り裂ける様な何とも言えない不快な感覚が体に残っている。

 それにしても体に妙な違和感があった。原因が何かと周囲を見回してみたが、すぐにそれが何なのか理解できた。ブリッジの床――つまり艦全体が傾いているのだ。姿勢制御系統に問題が発生しているらしい。

 他のクルーは皆うめき声を上げているが、外傷を受けた者はなさそうだった。一人を除いて。

「艦長ッ、大丈夫ですか?」

 ブリッジに居た人間の中ではリンディが一番大きなダメージを負っていた。アルカンシェル発射の為に艦長席【さるのこしかけ】を離れ、床に立っている状態だったから被弾の衝撃をまともに受けたのだろう。倒れた拍子にどこかにぶつけて切ったらしい。額から血を流している。

 本来ならばすぐに駆け寄りたいのだが、戦況とレッドアラート、更にエラーコードで溢れかえった個人ディスプレイがそれを許してくれそうになかった。医務室に連絡を取ってみるが、要領のある応答が還って来ない。向こうも混乱しているらしい。

「これくらい大丈夫よ。それより本艦の状況は?」

 血糊のついた手袋を一瞥したリンディの視点は既にディスプレイに向けられていた。リンディの負傷に気づいた三人のオペレータも、あわてて自らのコンソールに目を向けなおす。残酷なようだが、どう見ても指揮に問題があるほどの怪我ではない艦長よりアースラそのものが受けた損害のほうが大きい。

「う、右舷スタビライザー【浮遊魔法機】が脱落してます」

「制御プログラムの再構築で対応できる?」

「無理です。左舷スタビだけでは地球重力を支えきれません。このままでは一六時間程で地表に落着します」

 アレックスが腰をさすりながら報告する。それが何を意味するのか咄嗟に理解できたらしく、エイミィとランディの顔が蒼白になった。現在のアースラは海鳴市上空の衛星軌道上に在るが、人工衛星のように地球を周回しているわけではない。浮遊魔法装置を用いて海鳴市上空に『浮かんで』いるだけだ。

 浮遊装置が破壊されれば、当然現在の高度を維持できない。要するに現在のアースラは宇宙空間で『沈没』しつつあった。

「艦長、どうしましょう?」

「脱出にはまだ早いわ。救助が来るわけでもないし。応急対策を急ぎなさい。艦内の損害状況をまとめて」

「りょ、了解」

「ランディ、目標はどうなったの?」

 これまでコアを表示していたメインディスプレイは暗転していた。被弾によって艦橋トップに備えられた観測機器が破壊されたため、入力されるデータが途切れているのだ。

「当たっています。アルカンシェル弾頭発現確認。現在消滅反応中・・・ああっ、駄目です。溶け残りました。命中の衝撃でアルカンシェルの照準が敵中心からぶれた模様。本体コア健在」

 観測機器を別ラインに切り替えたランディの声に絶望的なものが混じる。その直後メインディスプレイにも情報が再表示された。

 狙いを外したアルカンシェルはそれでも一定の成果を上げていたらしい。コアは以前の数分の一にまで縮小していた。

「本体コア、再生シークエンスに入りました。質量再増大中」

 だが向こうはまだ『やる気』らしい。防衛プログラムは未だ活動を停止していない。すぐさまアルカンシェルを再発射したいところだが、この巨大特殊砲は再度の発射に十数分のチャージを必要とする。初期作戦構想が頓挫したのは明らかだった。

「本体コア、被弾の衝撃で流れていきます。距離二七キロ」

「まずいわね。ランディ、予測される軌道の算出を」

「了解」

「エイミィ、副砲は使えて?」

「右舷副砲コンディション・レッド【物理破損】。左舷副砲は電路切断中、補回路四番に切り替えます・・・OK。現在自己診断中。先程の射撃でコンデンサ内魔力を出し尽くしているので再起動まで最短三〇かかります。すみません」

「ふう・・・」

 アースラと防衛プログラムは互いに沈黙を守りながら、次第に距離をとりつつあった。両者共に相手の砲撃で甚大な損害を被っており、手も足も出ない状況がその奇妙な状況を作り出していた。

 だがブリッジクルーの戦闘はまだ小休止には入っていなかった。

『艦長、こちら医療班。損傷で第二デッキの気密が破れています。五人収容しましたが、何人かは外に吸いだされた模様』

「何ですって」

「救出ビーコン四つ確認!。次第に離れつつあります」

 被害状況をまとめていたアレックスが割り込むように報告する。先ほど受けた被害――コアの砲撃によるものか、起爆したアルカンシェルの潮汐力によるのかは判らないが――によって外壁に亀裂が発生し、そこから艦外へ放り出されてしまったのだろう。

「信号解析完了。生命反応は四人とも微弱。既に仮死状態になっています」

「エイミィ、大至急転送魔法で回収を」

「駄目です。艦橋トップが破壊されたのでセンシングシステム網を再構築中です。砲撃・転送共に精密照準ができません」

「一番・二番転送ポート共に被弾で使用不能。エイミィ、第三ポート【かもつよう】では設定を変えても高速移動物体は捉えきれないよ」

 被弾による破壊は、アースラの持つ基本的な機能を根元から奪い去っていた。本格的な戦闘艦で無いアースラは、どうしても損傷時の能力低下が大きくなってしまう。

 アースラクルーの制服には緊急時用の生命維持魔法が付与【エンチャント】されているが、これは宇宙服のような完璧なものではない。あくまで真空状態で数十分の間中枢神経系を生存させるだけだ。急激な気圧の低下によって意識は最初の一分以内に途絶えてしまう。一刻も早い救助が必要な状況だった。

 しかしアースラは宇宙船ではなく次元航行船だ。次元空間用の気密作業服が何着かあるだけで、大気圏外活動用の小型宇宙船など搭載されているはずもない。

 その上アースラは落下中で身動きが取れない状態だ。たとえ気密服を着て船外に出ても、乗組員を回収して戻ってこられる可能性は零だった。運良く防衛プログラムに攻撃されなかったとしても、アースラに帰還するだけの推進装置が気密服には備えられていないのだ。

「艦長、コアが砲台の再形成を始めました。魔力反応あり、現在チャージ中」

「あーもー、この忙しいときに!」

「こっちも駄目です。傾斜は何とかしましたが、浮力の方は回復の見込み在りません。いや、現状では水平維持にリソースを回しているせいで降下速度が上昇傾向です。地表落着予想時刻は一二時間後」

 何もかもが最悪の状況だった。アースラは半身不随状態でまともな回避行動が取れない上、ここで戦闘が始まったら外に居る乗組員に流れ弾が当たりかねない。特にアースラの副砲は、射撃に伴って盛大に衝撃波や放射線を撒き散らすのでそれだけで危険だった。

「まずいわね・・・。乗員救助にしても、コアの追跡にしても、まずはアースラの落下をどうにかしないと」

 だがリンディのような実戦経験を優秀な積んだ高級士官でも、容易に解決方法は思いつかなかった。浮遊装置も丸々吹き飛んでいるのでは、いくら修理用ガジェットの尻を叩いても修理のしようがない。何事にも限度という物がある。

『艦長、大丈夫ですか?』

 辛うじて維持できている通信回線を通し、地上に居るクロノの声が届いた。アースラの被弾を察知し、通信を送ってきたらしい。

 リンディの脳裏に一つの解法が浮かび上がった。危険な任務に息子を向かわせるのはやぶさかではないが、この状況では他に選択肢が無い。持つべきは優秀な息子。たまには息子に頼ってみてもいいだろう。リンディはそう判断した。そして彼女は息子にも聞こえるよう、わざと大きめの声でその一言を口に出した。

「そうね、クロノが居たわ」