広島旅行記4―音戸

 合計四回にわたった広島旅行記もこれで最後、今回はコンクリート曳航船の眠る音戸へと向かうことにする。音戸町(前にも書いたとおり合併の結果現在では呉市音戸町)は呉市の南に浮かぶ倉橋島にあり、呉駅周辺からは駅前のバスロータリーから出ている呉市営バス一本で乗り継ぎ無しで行ける場所にある。そういう意味では交通アクセスの良い場所といえるだろう。なお呉駅前のバスロータリーは呉市営バスの各路線が集うターミナルになっており、一つの停留所から複数の行き先へ向かうバスが発車しているので注意が必要である。

 ここで乗るべきバスは昭和町経由倉橋方面のバスになるわけだが、これだけで大丈夫と思うのは早計である。停留所の前に来て驚いたことに、時刻表を見ると同じ昭和町経由でも経路分岐や途中折り返しがあって経由ルートと最終的な行き先が違うバスが一時間に1本ずつ出ている(やや誇張)のだ。しかもHPの時刻表は親切にルートごとに書かれているのに、現場では各ルートがごちゃ混ぜになっているから始末に悪い。しっかりと乗るべきバスを予習しておかないとここで手立ち往生する羽目になってしまう。要注意といえるだろう。なおここを訪れようとする方のために一応答えを記しておくと、倉橋島の北を経由する「田原経由」と書かれたバスであれば何に乗っても問題は無い。

 バスに乗るのが長くなった(実際筆者は長い時間がかかった)が、バスに乗ると後は一本道である。昭和町経由のバスは呉市南部の自衛隊関連施設の横を走っていくので、乗っていると停留所の名前に「総監部前」とか「昭和埠頭前」といったいかにもな名前のものがあって面白い。特に「潜水隊前」という停留所付近には「男たちの大和」の収録にも使われ、自衛隊の潜水艦が遠望できる日本で唯一の海浜公園があるとの事なのでバスを途中で降りて一枚写真を撮っておいた。護岸から相当距離はあるが、とりあえず肉眼でもわかる距離である。周囲は勿論自衛隊の敷地なので残念ながら筆者のような民間人はこれ以上接近できない。
[意外とうじゃうじゃいる潜水艦。どんな名前かは不明]

 潜水隊前停留所から再びバスに乗り(途中までは幹線なので10分に一本バスが来る)、平清盛ゆかりの地である音戸の瀬戸(本土から倉橋島へと渡る音戸大橋は圧巻)を超えるとやっと目的地に到着となる。降りるべき停留所は「坪井」で、そこからは西へ数百メートルほど歩くことになる。今回訪れるコンクリート曳航船は以前紹介した「武智丸」級が建造される以前に武智造船所で建造された無動力の燃料タンクとも言える存在で、特に固有の名前などは知られていない。

 合計で五隻作られたこの曳航船は本来通常船舶に曳かれる形で海外に出かけていき、燃料を詰め込んで帰ってくるという任務のため建造されたという(正確にはそういう目的で作られた鋼鉄製曳船のコンクリート版)。ただし潜水艦や航空機によって日本商船が多大な損害を被っていた御時世、そんなもの曳いて危ない海域に出かけられるか!と船員から総スカンを食らってしまいあまり活用されなかったようだ。結局これらの殆どは終戦まで港で燃料タンクの代わりとして過ごし、あるものは沈没、あるものは敗戦後堤防に転用されることになった。現在所在が判明しているのは五隻の内三隻で、音戸のほかに山口県の離島と硫黄島にその残骸が見られるそうである。音戸にある曳航船は昭和28年に設置され、後に階段と堤防が増設されてたが今でも原型を良く留めており(というよりも船そのもの)その全体像を詳しく観察することができる。
[全景]

 陸地からは堤防を伝って船首から乗り移ることになる。船首部は武智丸級と同様、鉄製のシールドによって防護されていた。上方から観察するとこのシールドは厚さ数ミリの鉄板を貼り付けただけのもので、それより内側はコンクリートになっていることがわかる。要するに外側だけなのだ。こういったところからも極力鉄の使用量を極力減らそうという姿勢が見受けられる。
[船首部]

 船首部分から船体を見てみると、船体の部分が通常の船と違い円筒状になっていることがわかる。これは鋼鉄製の曳船には見られずコンクリート曳船に特有の構造らしいが、整形に手間がかかりそうだし何の理由があってのことなのだろうか。
[まさに燃料タンク]

 今はごちゃごちゃと増設整形されているが、本来甲板の部分には何もなかったらしい(無人無動力の曳航船だから当たり前だが)。文献によると燃料を満載したときは喫水線が甲板近くにまで達し、船首部の上のほう以外は完全に海中に没していたらしい。
[階段は船に飛び移るためのものか?]

オマケ

 夕暮れ時でひっそりと静まりかえる坪井漁港は呉市の対岸にあり、曳航船の上から呉市の方角を望むと停泊中の艦船がいくつか散見できた。護衛艦は基本的に接岸しているのか殆ど見かけることができなかったが、運良くおおすみ級輸送船がいたので最大望遠で撮影した。まあこんなフォルムではマスコミがヘリ空母と騒いでも仕方は無いなとも思える。後で調べた所おおすみ級は三隻とも呉を母港としているようだ。
[かなり望遠してます。これ以上は本格的な望遠レンズ付きのカメラと三脚が要る]

 以上で長くなった広島旅行期は終了となる(筆者の行動ルートとしてはこの後呉線で広島に抜け、そこから新幹線に数時間揺られるという行程があるのだが)。いくつかはブーム物や期間限定イベントではあるがいかがだっただろうか。今回は行動ルートを詳細に記しながら記事にしてきたが、巡ったスポットは幸いなことにいずれも公共交通機関から近い位置にあっるものばかりだ。そのおかげもあって半日で全て回りきることができたのだが、行く場所を限定するか広島か呉辺りで宿泊場所さえ確保してしまえばいずれの場所も比較的訪れやすい場所ばかりといえるだろう。興味を持たれた方は訪れてみてはいかがだろうか。
[旅の締めとして広島焼。広島駅隣接ショッピングモールにて]