京都旅行記1―天橋立
というわけで舞鶴若狭自動車道やら京都縦貫自動車道やらを乗り継いで今回やってきたのは、地味に日本海側に面している京都府の日本海側、日本三景の一つに数えられる天橋立である。天橋立は旧日本海軍の防護巡洋艦<橋立>を海底に沈め、それを礎にすることで河川によって運ばれた土砂が海流に流され堆積することで形成された、いわゆる海岸砂州の代表格として挙げられる。
天橋立の全景を記した案内看板(上方が方角で言うとほぼ北)。宮津湾の深く陸側に切れ込んだ部分を横断するように発達した砂洲が天橋立であり、橋立によって閉じられた内側は阿蘇海と呼ばれる。内外を連絡する水路は南側の二箇所のみあり、それ以外は橋立によって完全に遮られている。
天橋立の南端近くにある智恩寺(ちおんじ)。808年建造のふるーいお寺らしい。本堂では扇を使ったユニークなおみくじが販売(自分で代金を回収箱に入れて自分で手掴みするセルフサービスおみくじで風情のかけらもない)がされており、境内の松には大量の扇が結び付けられている。
遊覧艇のりばの近くにある「知恵の輪灯篭」。周囲に大きな案内板などもなく、地味な航海安全祈願のモニュメント。Wikipediaによると輪っかの部分を3回潜り抜けると「ちえ」が1向上するらしい。でも見た目新しいのであんまり風格もなく、都市伝説な気もしないではない。多分パラメータアップイベントはRPGの主人公かヒロイン限定。
次に水路を越えて橋立へ。一本目の橋は北側半分が90度旋回する構造になっており、内海に船が入るときはここを通行する。細い水路なのに結構な速度を出しており、橋の先端から見ていると無骨な艀舟が結構な速度で通過していって迫力がある。
この日は数隻の艀舟がひたすら内海側に赤土をピストン輸送しており、忙しげに橋は旋回を続けていた。しかし内海の土砂を浚渫して運び出すなら理解できるが、艀舟の集団が行っているのはその逆。どこかで埋め立て事業でもしているのだろうか。
二本目の水路に架かる端を越え上陸。こんな感じで松林の中を一本道が延々と続いていく。なお橋立の幅は平均100mもなく、その両側では普通に塩分豊富な海である。それなのにその表面は松で覆われており、その不思議な光景が日本三景とまで云われる一因となっている。松は比較的塩害に強い植物ではあるのだがそれでも限度というものがある(実際に雑草は全く生えていない)。こんな凶悪な立地で生きていくことができる秘密は、どうも橋立の地下を真水の地下水脈が通っているかららしい。橋立中央には磯清水と呼ばれる井戸があり、なんと塩分を含まない水を得ることができるのだ。
松林を一歩抜け出るとそこは文字通りの海岸線。ご覧のように松林と海岸線が延々と続く。その全長は3.6キロにも及び、徒歩で南端から北端まで行くのは少々骨が折れる。そのため現地では南端と北端を結ぶ遊覧艇がある他、レンタル自転車のサービスもあったりする。
なお天橋立の砂浜が不自然なのこぎり状になっているのは、侵食による橋立消滅を防ぐ為に築かれた石堤の影響によるものだったりする。確かに一部分は削られず保持されているわけであるが、果たして効果の程は如何なものなのだろう。
さていい加減松林を歩き続けるのに飽きてしまったので、引き返して背後の山に登ることにする。南側の山の頂にある小型遊園地「天橋立ビューランド」から見下ろす橋立は、飛龍観と呼ばれるそうだ。同遊園地へのアクセスは、麓から往復800円のリフトウェイを用いる。要するにスキー場でよく見るアレである。
リフトはかなりの急斜面を登っていく。左右は木立で守られているとはいえ、日本海からの寒風が吹きつける冬季の利用はかなり辛そうだ。帰り道は超スピードにならないかなぁとか妄想するのは絶叫マシーン好きの業。
なお高所恐怖症者+老人子供の為にか、モノレールも用意されている。勿論下りは絶叫マシーンと化す。天橋立ビューランドのメインアトラクションである。
というわけで展望台に上って見える「飛龍観」がこんな感じ。石堤で人為的に形成されたのこぎり形状も、こうして観ると砂浜にメリハリを与えていて良いものに見えてくる。春霞に沈んでいる為遠景がはっきりしないが、割と高低差があるためそれなりに遠くまで視界が開けていて良い感じ。(クリックで拡大↓)
以上で天橋立観光は終了。オマケに現地で食べた昼食である海鮮丼。白いご飯の上にマグロ、イカ、いくら、蛸、穴子など。値段の割に海産物の質・量共にさびしいのはご愛嬌。まあ観光地の軽食レストランだしね。