京都旅行記2―京都市内
天橋立に引き続き、今回は京都市内の観光。知らないうちに異様に綺麗かつ巨大な総合駅施設に変貌していた京都から山陰本線に揺られ、まずやってきたのは嵐山。JR嵯峨嵐山駅を降りた周囲はどこまで行っても普通の住宅街で若干不安になったが、世界遺産になっている天龍寺の門前付近まで出れば土産物屋が軒を連ねて完全な観光地に。そのままブラブラと食べ歩きをしながら、桂川にかかる渡月橋へ。河原に植えられた松とのマッチングがいい感じ。(↓クリックで拡大)
渡月橋を渡って対岸へ。ちなみに天龍寺は興味も時間もなかったので今回はスルーしている。それにしても川と橋、山の対比が綺麗だと思いながら風景を眺めていると・・・ん?
目に付く外側は木造なのに、河床に突き刺さっている構造基礎部分はしっかりコンクリート製であることを見せ付けられ少々ゲンナリ。まあそうで無ければ大型車を通せるわけ無いか。ちなみに渡月橋の車両交通量はかなり多く、かなり頑張らないと自動車無しの写真は取れない。
渡月橋を渡っている最中の一枚。遠景は風情があるが、渡っている最中はもう唯の橋そのものである。
渡月橋を満喫したら桂川に沿って上流方向へ歩き、有名な竹林(京都観光でよくお目にかかる例の竹林)を目指す。途中で見事な梅の樹にウグイス(追記:梅とセットなのはウグイスじゃなくてメジロだと突っ込まれたが、目玉が白くないからメジロでないようなきもする。謎だ)が止まっていたので撮影。望遠レンズとか気の効いた物は無いのでこれが限界。というかもう一枚撮ろうとしたら逃げられた。
そのまま亀山公園内部を続いていくと、道の両側が竹塀?になった。「これは地元の竹箒製造業者が箒にする前の竹を干している現場なんだよ!!!」(ナ、ナンダッテー。他にも百人一首を記した石碑みたい(QRコードが書いてあって携帯で解説が読める)なものがあったりして、割と結構遊び心が満載な公園だったりする。「この詩は片思いをする女の気持ちを綴った作品なのか」「しかし詩の内容を今風に解釈すると完全にメンヘラ女だよな」だめだこいつはやくなんとかしないと。
そのうちに植生?が変わり、周囲に竹林が目立ち始める。気が付いたら道の両側は竹ばかりである。竹の全長は恐らく20メートルくらいか。地上まで差し込んでくる日の光は少なく、まさに鬱蒼と云う感じ。
見上げてみるとこんな感じで、視界を埋め尽くすのは幾何学的な竹の幹。まさに圧倒的な和の世界。
ちなみにこの竹林の道であるが、実は遊歩道ではない。観光客を乗せたタクシーが空気を読まずにどんどん進入してくるので、うっかり上を見上げながら歩いたり、悠長に記念写真を撮っていると即座に轢き殺される虐殺街道である。いや、本当に空気読めよ。
人も車もいないとこんな感じで見事な風景に。近くの旅館にでも泊まって夏の日の出ごろとかに来てみると独占できていいかもしれない。
竹林を満喫したら再び門前町で食べ歩きをして、嵐電(京福電気鉄道)で路面電車ちっくな列車に乗り次の目的地へ。というか車両そのものは路面電車なのだが、今回利用した範囲は全て専用軌道で道路は走ってくれなかった。残念。ちなみに写真の嵐山駅にはなぜか温泉を引いた足湯(入湯料150円)がホームにあったりして、娘さんが足をパシャパシャさせていた。割と絵になる風景だったのだが、こっちはこっちで僅かな待合時間で路面電車を愛でるのに必死だったり。
路面電車運転席。比較的小奇麗にまとまっている。嵐電は全区間一律200円なので、運転手さんは比較的楽そう。
運転席後ろからの前面展望。禄にスピードを出さない路面電車なのに標準軌のレール幅を利用している辺り、やはりここは関西なのだなぁと感じる。関西圏の私鉄は「広いほうがスピードを出したとき安定するじゃん」という理屈で標準軌(新幹線など。JR在来線より一回り広い)がデフォルトなのである。
路面電車にサヨナラしてやってきたのは龍安寺。現在は石庭で有名だが、池を中心とした見事な庭園美もかなりいい。実際にここでも見事な梅の木がいい香りを漂わせていた。邸内の桜についてはどの品種もまだ2~3週間は早いようで、まだつぼみも綻んでいなかったが。まあ桜が満開の季節になったら観光客で酷い事になるので、これぐらいの方が丁度よい。
お目当ての石庭へ。石庭は水を用いず、文字通り15個の石と玉砂利のみで世界(海と陸)を再現したという日本式ワビサビの極地のような庭園様式。入り口から斜め見すると唯の狭い庭なのだが、正面からずっと眺めていると前述の世界表現に土壁の遠近法的表現が加わって広大な空間が広がっているかのように見えてくるのが不思議である。「雄大」というよりも、「吸い込まれるような」という枕詞がぴったりくる。春の日差しを受けながら、ゆったりと縁側で次に書く同人作品のネタとかを考える物思いに耽るのも趣がある。もしくは「地球連邦の興亡」の国場前連邦首相と砺波日本国首相の会談シーンに思いを馳せるも有り。そしてこの庭にいる限り、どこに立っても十五個全てを見ることはできない。常に一個は隠されている。我々はハイゲートの先でそれを無理矢理に見せられた。それだけだ。自慢できる話じゃない

なお15個の石5・2・3・2・3のグループに分かれて配置されているが、絶妙な配置により縁側から見ている限り必ずどれかが隠され「同時に全てを観測できない」という絶妙な配置になっている。昔の人はあーでもない、こーでもないといいながら石を左右させながら配置を決定したのだろうか(それとも設計図を引きながら悩んだのかな?)。とりあえずその真理は同時に全ての事象を知ることはできないという事であり、つまる所不確定性原理を巨視的に再現しているわけだ(ナニ
石庭と日本庭園は個人的にかなりツボだったので、今度時間が取れるときに一人でゆっくり時間をかけて来てみたい気がする。とはいえ今回は時間が押しているので次の場所へ。すし詰めの市営バスに乗って到着した先は有名な金閣寺。水面に移った金ぴかは綺麗ではあるものの成金趣味というか、このコントラストは正直どうなのという気もしないではない。大体このあたりから雲模様が怪しくなってくる。
次に銀閣寺。金閣と比べると小ぢんまりしていており、銀箔が貼られているわけでもなく、庭自体もただっ広い金閣とは対照的に密集型。この辺り室町幕府の衰退ぶりを体現していて涙を誘うが、裏山の高低差をも利用した庭園の美しさはこっちの方が上だと思う。あと写真にも写っているが雨は本降り。こっちは傘を用意していなかったため色々と必死になっている。でも銀閣の寂れた雰囲気には雨の方が逆に合っている気も。
最後に清水寺。この頃には雨に打たれて完全にグロッキー状態。特に何を見るまでもなく、清水の舞台から飛び降りる気持ちでスルー。ここは桜の名所たが、まだ時期が早いのでご覧の有様だよ。
オマケ・本日のおやつ。清水寺門前町にて「八橋クレープ(いちご味」。中にチョコフレークの代わりに砕いた八橋が入っています。残念ながら外側の皮は生八橋ではなく、普通にクレープ。