長崎旅行記―軍艦島・佐世保

 云わずと知れた九州の国際観光都市・長崎。その立地は海と山に挟まれており、開発可能な土地がそれほどないためか比較的高層ビルが多い。そのため地方の観光立脚都市であるにもかかわらず、中央市街は非常に大都市的な表情を持つ不思議な都市である。

 このように長崎は海と山に挟まれた細長い市街地をもつ為、市民の足としては路面電車が主に活躍している(JRは典型的な地方観光路線)。ラッシュ時になると路面電車が団子になって走っている位で、ダイヤなんて意味ないんじゃないかという程の過密運転だ。乗客積み残し? もう後ろに来てるでしょ、そっちに乗ってというレベル。加えて一日乗車券を買ってしまえば低コストで何処までもいける為、地元に足のない観光客にとっても非常に優しい路線である。ちなみに利用した路面電車の中には、昭和26年製などというとんでもない古株も居たりした。恐らく外側以外はパーツ交換でほぼ別物になっているだろうとはいえ、物持ちのいい事である。

 数は少ないが、こいつのような完全新型の車両も数編成は在籍している。昨今の流行である超低床路面電車だ。

 なお今回の第一の目的地は端島。より一般に通った名でいうと『軍艦島』、海底に眠る石炭を採掘する為に建造されたコンクリート製の半人工島である。数年前から長崎市によって観光船による見学ツアーが行われるようになっており、今では(上から下まで完全武装の廃墟マニアでなくても)気軽に行くことのできる廃墟として日本中に名を轟かせている。この「気軽に」という所が味噌でかなりの人気ツアーであり、事前の電話予約は禄に通じず、仕方なくキャンセル狙いの飛び入りでなんとか乗船とかこつけた。

 波止場から遊覧船に乗り、軍艦島までは片道50分と比較的長い船旅になる。波止場は長崎港の最も奥まった繁華街近くになるため、しばらくは港湾施設や三菱の造船設備などを眺める事ができる。出発していきなり見えて来たのは海上自衛隊のイージス護衛艦<ちょうかい>。フェイズドアレイレーダーの部分がブルーシートに覆われており、なにか整備をしているらしい。

 次に見えてきたのは三菱重工の一番ドックで建造中の自動車運搬船。普段は船の内部構造など見ることはできないので、結構貴重なショットではないだろうか。

 それにしてもでかい。とんでもなくでかい。自動車を保管するであろうデッキの構造が目視できるだけでも5層あることが判る。まさに浮かぶ立体駐車場である。

 長崎港を出ると一気に両岸の風景はローカル色に染まり、建設中の吊橋やら、離島からにょきにょきと生える風力発電の羽根車が目立つようになってくる。視界を通り過ぎていく島には南国リゾート風の家屋が立ち並び、非常に長閑。そして30分以上経ったところで、視界の先に異様なシェルエットが見え始めてきた。

 ここで参照のため、Wikipediaの軍艦島地図に参照リンクしておく。基本的に地図の上方が北であり、長崎港は北東(右上)の方角になる。クリックするとウィキメディア・コモンズの巨大な元サイズ画像に。

 視界の中で徐々に大きくなってくる、海上に浮かぶコンクリート要塞『軍艦島』。遊覧船は島の東北端(軍艦で言えば艦尾部)をかすめ、東岸(左舷)に新設された桟橋へと向かう。

 東北(艦尾)エリアに林立する高層ビル群を船上から眺める。左のビルは小中学校(なんと7階建て)。最上階は保育園になっており、滑り台やプールもあるらしい。右のビルは病院で、人口の割りに非常に立派な規模なのは事故の多い炭鉱仕事ゆえ。給料だけでなく福利が充実していないと熟練工員さんが留まってくれないのである。またこのエリアは1990年代には台風で堤防が決壊、地盤が海に流出して小中学校ビルの基礎が露出するような惨状を呈している。そのため観光ツアー開始前に長崎市によって堤防が再建されており。堤防だけは真新しい。

 小中学校ビルの隣に見えてきた鉄骨の露出した屋根を持つ低層建築物は体育館。コミケ常連の廃墟サークルさんの同人誌によると、この体育館も近年一気に崩壊が進んだ施設(撮影初期はテントを張ってベースにしていたが次第に難しくなった)なのだそうだ。

 遊覧艇はそのまま島の東岸(左舷)をそろそろと進んでいく。このあたりは採掘した石炭の仕分け・積み出しエリアである。往時は写真手前右の船着場などから製品としての石炭が搬出されていたわけだ。なお小高い山の上に立っているのは幹部従業員向けのマンション。

 そしてめでたく軍艦島に上陸。『第一見学広場』から右手の小中学校ビル方面を撮影。今日は波も穏やかで天気もよく、絶好の接舷日和だそうだ。軍艦島は東シナ海に面しているため時化時は小型艇での接舷が難しく、上陸ツアーが中止になることも珍しくない。なお天気がいいと逆に水分不足になりやすい為、飲み物の用意は必須である。無人の廃墟の為水道水はおろか自動販売機もない。

 逆方向の左手、地図上では選炭機や巻揚げ櫓の有ったエリア。完全に廃墟と化してしまっている。なお公開されている見学コースは柵に囲まれた赤いルートであり、そこからおもに採掘設備の廃墟(地図上紫の建造物)を眺める形になっている。廃墟本の人たちが取材しているような社宅(青色)や公共施設(緑色)の内部部分は崩壊の危険もあり、ツアーでは入る事はできない。もし行きたいのなら最低でも鉄板の入った安全靴を履き、それなりの上下と道具食料一式を揃えて行きましょう。自己責任で。

 『第一見学広場』正面。コンクリートの城壁がひたすら積み重なっている。本来の端島は海上に突き出した岩塊であり、このあたりがその本体。他の平地部は基本的に炭鉱採掘の為の埋め立てによるものであったりする。岩山の最上部にあるコンクリート製の建物は上水道の貯水槽。本土から水道管を引いてここまで汲み上げ、改めて全島に供給する形をとっている。

 出荷される石炭を運ぶベルトコンベアの基礎部分。

 赤錆の塊と化し、何であったのか判らなくなっている鉄塊。耐えず潮風の吹きつける離島という環境は、人工物、特に鉄製品にとっては過酷極まりない自然条件である。

 見学ルートを歩き、第二見学広場へ。丁度このあたりは採掘工場の事務所があったエリア(左舷前部)で、見事な赤レンガ製の建物・・・の残骸をみる事ができる。

 島を回り込むことで、貯水槽の裏手に立てられた真新しい灯台が見えてきた。これは島が無人になった後で設置されたもので、これは1998年に建て替えられた二代目。

 この南西エリアは往時から特に台風などによる堤防決壊が激しく、建造物は見事に波に晒され破壊されてしまっている。

 青空とコンクリート塊のコントラスト。鉄筋がほとんど入っていないとはいえ、まさに大自然の驚異。

 見学広場の直ぐ手前。このあたりは見学ルートの安全確保のために均され、大き目のガレキなども撤去されている様子。

 もうここまで来ると爆撃にでもあったかのような感じである。最盛期は高度経済成長期なのだが、戦時中に米軍の攻撃を受け放棄された要塞、といわれても納得しかねない光景。

 第三見学広場へ移動しながら撮影。もともと南西端(艦首)部は波による浸食が激しかったため、見学広場建設の際にまっさらにされてしまっている。これは状態がよかったのか、地ならしを免れた仕上げ工場の一部。解説員のおじさん(当事はここで働いていた)によると色々な工作機械が入った建物だったとか。

 古くからの堤防(右)と、決壊した為作り直された堤防(左)、こうしたツギハギは随所で見られる。

 第三見学広場の背後にある謎の床。何かと思って聞いてみたら、プールの跡地らしい。真水は貴重品なので、島内のプールは保育園児用の一つを除き全て海水。風呂も海水風呂でジャブジャブ洗い、上がり湯だけ真水。逆に島の周囲は投棄されたボタ(石炭を取った後のゴミ土砂)と赤痢菌で汚染されていたため海水浴は硬く禁じられていたとか。とはいえ40年近くも経った今では汚染も薄れ、前述の同人誌によると今ではサザエ・ウニ・アワビなどが取れるとか取れないとか(注:不許可採取は密漁です)。

 第三見学広場を見た後は船に撤収し、島の西岸を回りながら長崎港へと帰還する。島の南西端(艦首部)を撮影。こうしてみるとまさに軍艦。ちなみに軍艦島は全長が480mあり、大和級戦艦の倍近い「超巨大戦艦」である。

 島の西岸(右舷側)に林立する高層建築。これらはほとんどが島で働く工員さんの社宅である。ちなみに外洋に面しているのはこの西側なので、大波の時は海水が入ってきて大変だったとか。下級従業員の住居は盾代わりで、幹部従業員のマンションは岩山の高台、最も重要な炭鉱設備はその後ろ側。何とも残酷なリスクマネジメントだ。そして船は軍艦島を離れ、長崎港に帰還する。

 軍艦島上陸ツアーの後、バスを利用して訪れたのは軍港の町佐世保。呉・横須賀と回ったからにはここに来ない道理はない。舞鶴は一度行った事があるので、これで一応はコンプリートか。次にいくとしたら大湊?

 とりあえずJR佐世保駅近くの臨海公園に行ってみたものの、休日なのに湾内にはあまり艦艇の姿はなかった。

 佐世保自体、あまり海軍の町として売り出しているような感じではないのかもしれない。少なくとも駅やバスターミナルから近い位置にミリタリー関係の観光施設はないし、それといった案内もない。とりあえず時間も限られているので、海上自衛隊佐世保史料館・通称セイルタワーを見学することにした。旧日本海軍佐世保鎮守府敷地内の小高い丘の上にあり、図ように歴史を感じさせる一・二階部分は佐世保水交社の社屋を流用しているそうだ。

 セイルタワーの所蔵物は当然旧海軍~現自衛隊に関する資料であるわけだが、全般的には明治期、つまり海軍黎明期から日露戦争あたりまでがメインという印象を受けた。ついでに最上階の最も眺めの良い場所から軍港方面を撮影。やはり閑散としている・・・。

 以上で長崎旅行記は終了。長崎―佐世保を往復するのは意外と時間がかかり、一日で回るの少々厳しいスケジュールだったと言える。