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櫻大戦1940 急進 西方電撃戦

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プロローグ

 ここ数年周辺へ勢力を拡大すること著しい右肩上がりの帝国、大ドイツ帝国第一の軍港都市キールに存在する大型艦用ドックは多数の人間で満たされていた。大砲好きの国家元首が国軍の大拡張計画を押し進めつつあるこのご時世において、大型艦を建造するためのドックに人がいるのは全くもって当たり前のことであったが、それでも今日のドックはその日常といささか毛色の違う雰囲気に満たされていた。

 いつもならば薄汚れた作業服に身を包んだ屈強な男たちが溶接の火花を散らせ、リベットを撃ちつける音を響かせている作業現場は小奇麗な服を身に着けた軍人や軍属、政府関係者などという普段とは明らかに異なった職種の集団に占拠されていた。いや、いつもならばこの場の主役である作業員たちもいるにはいた。だが彼らの服装も(礼服とは言いがたい物だが)小奇麗なものになっていた。そう、今日は彼らが数年の年月をかけて作り上げた巨大な作品の発表式典が行われる日なのだ。

 この種の風景独特の喧騒に取り囲まれた船台の上に横たわる『作品』、全長二〇〇メートルに達する細長い鋼鉄の塊の出来栄えは胸を張って世界に、否、歴史に誇れるものである、と作り手たちは確信していた。

 

「諸君」

 ドックに横たわる鋼鉄の塊、その頂に作りつけられた演説台にセットされた音響設備の末端はその隣に立つ長身の男の声を拾い、ドック、いやこのドックの存在する軍港施設にいるすべての人々(そして若干のタイムラグを許すなら全ドイツと連合国政府機関の熱心な人々にも)に響かせた。

「二十八ヶ月の月日を経、我等が空軍の新たなる最強の矛がここに完成した。余はこの矛が英国を屈服させる最終兵器であることを予見し、その名と快挙が歴史に燦然たる輝きをもって永久に刻まれるであろうことをここに確信するものである」

 観衆の一部――主に圧倒的な英軍の戦力の矢面に立って戦っている海軍関係者――が顔面に密かな笑いを浮かべた。

「さて、諸君らはこの場において今暫く余の演説を聴くことを望むやも知れぬが、本日においてはそれは取りやめ、いち早く、我等の新しき矛の目覚めの儀を執り行おうと思う――」

 男はその精悍な顔に清々しい笑みを浮かべ、それを聴衆に投げかけた。同時に腹に力を込め、演説台の脇に取り付けられた青白い球状の水晶に手を乗せる。

「本日只今をもち、この『仮称艦Z』に偉大なる祖国、 <グロス・ドイッチェラント> の名を与えんとす。一九四〇年四月二日、大ドイツ帝国総統、アドルフ・ヒトラー」

 

 彼は青白い球体(霊力―霊子力コンバーター)にかざした手に力を込めた。手が、球体がぼんやりとした光を発し、彼の手を発生源とした霊力(精神エネルギー)がコンバーターでより無機物に親和性の高いエネルギーである霊子力に変換され、それと特に親和性の高い霊子水晶で作られた回路に流れ出す。流れ出した霊子力は彼の立つこの鋼鉄の塊の内部を縦断する回路を人間にはほとんど知覚できない速さで走り抜け、回路が最終的に接続された艦深部の霊子核機関まで一秒とかからず到達した。僅かなノイズ、回路によって伝達されたエネルギーを火種に搭載された重霊子水晶が次々に延焼を開始する。そうして燃え始めた燃料である重霊子水晶がさらに大きなエネルギーを発し、次々と周囲の他の燃料を反応させていく。さらに大きなノイズが響く。

「連鎖反応開始。霊子炉始動、各炉反応速度異常無し」

 霊子核機関の脇に陣取るスタッフがその場を取り仕切る長、機関長に報告する。まもなく出力安定点。全炉正常に反応中。第一出力点到達。安定しました。

「各炉、制御棒三本抜け」

 機関長の命令が実行されると、機関部はくびきを解かれた荒馬のように全身を振るわせた。発生するノイズと振動が人間にもはっきりと感じ取れるようになるほど大きくなる。ディーゼル機関等に比べればその音や振動は無に等しいほどであるが、重霊子水晶の制御された分解反応を力の源とする霊子核機関でもある程度のそれは発生する。

 機関長はさらに制御棒を引き抜く命令を下し、反応速度の限界を少しずつ上昇させてゆく。それとともに、霊子核反応の副生成物であり霊子炉の存在理由たる『浮力』、地球の重力に抗う反重力も次第にその強さを増してくる。やがて、その出力はあっさりと <ドイッチェラント> の全重量を超えた。艦体が震え、二年半の建造作業のうちに降り積もった埃を払い落としながら艦体が船台から離れた。

「各炉出力安定、離床出力に到達、各炉出力バランスよろし」機関長はそのように、艦橋にいるたった今命名された新鋭艦 <ドイッチェラント> の首脳部達と甲板上に立つ政府閣僚たちに伝えた。

 

 観衆が、そして総統が静かに立ち尽くす中で、 <ドイッチェラント> は静かに浮上を開始した。前後左右、全くといって良いほど傾いていない。 <ドイッチェラント> の浮上を取り仕切る機関長は『この前の戦争』の頃、つまり一九一九年からのヴェルサイユ体制下で大っぴらな霊子学関連の研究が禁止される前から霊子核機関を捏ね回していたというドイツ空軍空中艦隊きっての古強者だった。そうでなくては国家元首を乗せての新鋭艦の進空式などという難易度の高い儀式をこなせるはずがない。これでもしもの事があったらと考えると、総統の後ろに構えるドイツ空軍総司令官たる”ビヤ樽”ヘルマン・ゲーリング元帥氏の心境も複雑極まったものであることは間違いない。

  <ドイッチェラント> は秒間数センチという常人にはほとんど静止しているのと変わらないスピードで浮上を続け、船台から三〇メートルほど浮き上がったところで先ほどとまったく逆の手順で出力を減らし、浮力を艦体重量に一致させてぴたりと静止した。歓声。軍楽隊のファンファーレが鳴り響き、白い鳩の群れが大空に放たれて羽音を残して飛び去る。くす球が割られ、 <ドイッチェラント> の艦体を色とりどりのテープや紙片が覆った。

「全ドイツ将兵を代表し、 <グロス・ドイッチェラント> を作り上げた設計者、作業員の諸君らに感謝の言葉を述べる。よくやってくれた。ありがとう。祖国万歳」

 更なる歓声。天まで届くかと思わせる『ジークハイル』の連呼。式典は最高潮に達した。ゲーリングや <ドイッチェラント> の乗組員たちは肩をなでおろしていたが、観客たちは自分達の新しい帝国が保有することとなった世界最強の『矛』の完成に酔いしれ、偉大なる祖国の未来に期待と希望の念を新たにしていた。祖国万歳、祖国万歳、祖国万歳・・・・・

 時に一九四〇年四月二日午後二時、勃発はしたもののゲームプレイヤーたちが積極的な動きを見せないがために『奇妙な戦争』とすら呼ばれている第二次世界大戦は未だ子供の火遊びのごときもので、その炎で世界中燃え上がらせる気配を微塵も匂わせてはいなかった。

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Last UpDate : 2004-04-01, WebMaster : Haruna Nowaki